トランプ米政権による関税引き上げ政策は、これまでの自由貿易推進とは真逆の動きとなり、世界経済の不確実性を高めている。特に、日本では雇用される人口が多く、裾野の広い産業である、自動車メーカーへの影響が大きい。

総合人材サービスなどを提供するNISSOホールディングス(東証プライム市場9332)の清水竜一代表取締役社長執行役員兼CEOは、自動車など製造業を取り巻く環境について「100年に1度の大変革期」との認識を示した。清水社長にNISSOホールディングスのグループ会社である日総工産とSUBARU(スバル)との新会社設立など直近の取り組みについて聞いた。

▼度外視できないサプライチェーン

――トランプ米政権の高関税政策による、日本経済への影響をどう見ていますか。

 「日本の高い技術力を背景に、世界2位の米国市場で販売を展開する中、今回のトランプ政権による、自動車本体、部品への追加的な関税は、影響が必至だといえます。先日、米国と英国との交渉がまとまりましたが、日本とは協議が現時点で継続中です。

 最終的に日米交渉で、関税の税率がどこに収まるのか、がポイントになると見ています。自動車の場合ですと、メード・イン・アメリカの自動車の何パーセントの部品が海外から輸入しても関税がかからないのかどうかや、部品の関税率がどのくらいのレベルなのか、これによって構造が変わると考えるからです。影響がでるのは間違いありません。

 それぞれの国内自動車メーカーと情報交換をさせていただいています。これまで積み上げてきた世界的なサプライチェーン(供給網)をトランプ氏は度外視することができず、結局のところ、関税税率で一定程度のレベルでの落としどころが出てくるのではないか、という見通しを聞くことが多いです」

——米国での日本車の人気は高く、一方、日本で米国車は多くは見かけません。

「ある自動車メーカーの話ですが、米国の現地工場での生産能力を上げるそうです。ご存じのように、米国で自動車を組み立てている日本のメーカーは、部品を周辺のカナダやメキシコから調達したり、日本から部品を取り寄せたりするなど、サプライチェーンが成り立っています。

米国では日本車への人気がある中、現在のサプライチェーンを踏まえないで、このまま高関税で突き進めば、米消費者は値段の高い日本車を買わざるを得ないという状況に陥ってしまいます。値段が比較的安価だからといって、米国車の売り上げが大幅に増えるのでしょうか。

 先ほどの自動車メーカーは、北米の市場でとても人気のある車種を多く扱っています。これも周知の事実ですが、米国人は日本車が好きですね。車の性能、デザイン、省エネ、なかなか故障しないなど、多くのメリットがあるから、支持されているわけです。

 この現状から考えると、米消費者が乗りたいと感じられる自動車を開発し、市場に投入していけばいいのではないでしょうか。しかし、高関税を課すことで、結果として、日本車の販売不振を誘導させる、という取り組みには無理があると考えます。高関税に伴い、米消費者が支持している日本車が単純に高価になるでしょうから、米世論もいろいろと反発が出てきて、トランプ大統領も考え直すという場面が想定されます。ただ、日本の自動車メーカーには多かれ少なかれ間違いなく影響は出ますけれど」

▼市場価値の高い人材育成が重要

――国内自動車メーカーへの影響は、御社のような製造業向けの人材サービス業にも連動します。どのような対応を考えていますか。

 「今回の関税交渉の行く末は、ソフトランディングするのか、ハードランディングするのか、いくつかのシナリオが予想されます。それに伴い、人材サービス業を手がけるわが社にとっても、短期的、あるいは中長期的な影響は当然出てきます。

 自動車産業の外的環境の変化については、『100年に1度の大変革期』という認識を持たなければいけないと思います。中国のモーターショウなどを見ても感じますが、世界の自動車は生成AIの活用、自動運転技術、EV化、コネクテッドカーの台頭・・・、などソフトウェアの開発競争が激化し、デジタル化戦略の成否が、大きな鍵を握る時代に入っているからです。

 つまり、自動車の作られ方が、これまでとは大きく違ってきている、ということです。自動車の製造に当たっては、メーカーの社員、人材サービス業の外部労働者ら、さまざまな力が加わっていますが、デジタル化戦略が急速に進められることで、これまでにない新しいオペレーションが求められています。

 新しいオペレーションに対応できる人材をどうするのか、われわれにとっても非常に重要なポイントになっています。人材サービス業界としては、関税の影響も加味しながら、新しいオペレーションが求められる時代の中で、市場価値の高い人材をどのように育成していくのかが、ますます重要になっています」

▼〝スバル経済圏〟の確立

――SUBARUなどと共同出資して、人材サービス会社を新設すると先ごろ、発表されました。これも、市場価値の高い人材育成につなげようという考えからですか。

 「今の時代は、とても将来が見通しづらい状況です。そんな中、働く人たちが流動的にうまく機敏に対応し、一つの会社の枠組みのだけではなくて、会社をまたいでとか、あるいはリスキリング(学び直し)、キャリアチェンジをして、新しい職種の中で活躍するということがとても大事だと思います。そういった時代環境に先駆けて、今回、当社とスバル、われわれの同業であるワールドインテックの共同出資で、人材サービス業の会社「SUBARU nw Sight(スバル ニューサイト)」を設立することになりました。

 自動車メーカーとしては、言うまでもありませんが、車のボディィーをどのように変化させ、見せていくのかは、とても大事なことです。それに加え、今の時代は、ボディーに加え車の価値を構成する、デジタル関連の部品のサプライチェーンの構築、ネットワークの形成が求められている、と考えたからです。

 例えば1台の電動カーをみてみましょう。多種の電子部品、バッテリーなどで成り立っていますが、それらの関連部品などのサプライチェーンが、新しい時代に対応した製造と開発の体制を築きあげていくことが重要だと思います。新会社名の『ニューサイト』という言葉の中には、新しいという意味もありますが、ネットワークという意味合いも込めています。

 ですから、この新会社はサプライチェーンのネットワーク化を推し進め、全体として価値を高めていくという狙いがあります。スバル向けだけの人材サービスをどうするかというよりは、〝スバル経済圏〟といっていいかと思いますが、スバルの多くの取引先を含めたところで、一体として価値を増していこう、時代の変化に対応していこう、という思いから、新会社の設立に至りました」

—―ただ、新会社は御社の業務と重なり、ライバル関係にならないでしょうか。

 「いろんな見方があると思います。当社グループの中に、人材サービス業の会社が2社になるのでは、という指摘があったことは承知しています。ただ、スバル、ワールドインテック、当社のそれぞれの強みを生かして、大手メーカーと一緒に組んで、市場価値の高い人たちが活躍できるようなスキームに挑戦したいという判断がありました。

 自動車メーカーにとっては、市場のことをよく理解しながら、車を開発する、作るという技能レベルを向上させ、機敏に対応していくということが急務でしょう。同様に、社員の方に加え、われわれ外部労働力を含めて人材をマネジメントしていく。通常ですと、人事部のカテゴリーになるかもしれないですけど、ここにもさまざまな課題があるようです。これは、おそらくスバルだけではなくて、全メーカーが直面している課題なのではないでしょうか。

われわれとしては、スバルという大手メーカーとおつきあいすることで、製造業の課題や、深いニーズを理解することができますので、それらへの人材面でのソリューションも提案していきたい。これらの課題は、スバルだけではなく、国内自動車メーカーにも共通しているでしょう」

▼スタートした業界再編

――自動車関連に強い、名古屋の同業Man to Man(マン・トゥ・マン)ホールディングスも今年4月、完全子会社化を決定しました。その狙いはどこにあるのですか。

 「大局的にみれば、製造系の人材サービスの業界の再編という動きが背景にあります。今回の完全子会社化は、最後の最後といえる製造系人材サービス業の再編がいよいよスタートを切ったかな、と感じます。当然、業界再編ということになると、いくつかのグループになってくると思いますが、その時にMan to Manホールディングスというのは、当社と同じ領域で仕事をしているものの、当社にはない形で自動車メーカーの支持を得ているというような特徴をいくつもお持ちです。双方の強みを生かして、よりお客さまの課題解決にコミットしていくことができるパートナーだという判断がありました。

 われわれは、全国展開でシェアを広げているわけですが、Man to Manはどちらかというと、東海、中部というエリアを中心に大手企業としっかりとコミットをして仕事をしている会社ですので、われわれとは戦略が違います。

 当社は全国的にスケールをアップしながらも、もう少しきめ細かく地域のニーズや、労働市場の特性などを吸い上げながら、その地区で成長していくという要素も取り入れていこう、という判断があります。Man to Manは、地域に強い会社であり、当社の拡大戦略に合致した1社だと思います」

――今後も地域の同業への子会社化などの取り組みは強化されるのでしょうか。

 「資本業務提携や、子会社化などケースバイケースですが、その方向性は維持していきたいと考えています。自動車業界の『大変革期』を迎え、人材サービス業としては、課題解決のため、スケールの確保などが必要になってきます。

われわれは、自動車メーカーへのトップベンダーであり続けたいと考えており、Man to Manのような、地域で強い会社を仲間に加えながら、お客さまの課題解決をしていきたいと考えています。

  人材が足りない、あるいは変化に対応するための人材育成という、量と質の両方を解決していかないといけない時に、1社ですべてをやるより、数社の知恵や知見を集結させることが、お客様の課題解決の近道になる。その一環がMan to Manのような会社と一緒にやっていくという意義になります。

 当社は、企業買収で大きくなっていらっしゃる同業他社の大手と違って、自力で確実に、どちらかと言うと歩みは遅いのですが、お客さまのニーズを的確に捕まえながら先を見て、いろんな育成の仕組みやアレンジメントシステムをつくってきた会社です。ですので、業界内では、他企業の買収という経営戦略にかじを切ったというように受け止められているようです。

 これまで、まったく買収をしてこなかった訳でありません。Man to Manの約5分の1の規模感のものはありました。ただ、われわれのやりたい領域にきちんとコミットしているような会社の買収が主眼であり、規模の拡大は最優先ではない、やり方でした。今回は一定程度のスケールも確保できる上に、これからの地域戦略をどうするかと考えながら、成長できる会社になるでしょう。

 地域の人材がどのように活躍していただけるのか、そのために地域をどう巻き込んでいくかといった観点は、当然のことながら、地域に強い会社の方が、きめ細かくやられていますので期待できます」

▼警備分野に初進出

――これまた4月に、名古屋の競馬場などでの警備にあたる会社「オールジヤパンガード」の子会社化を発表されました。御社としては、警備分野に進出するのは初めてということですが、その狙いをお聞かせください。

 「今、日本の労働市場で最大の問題というのは〝高齢化〟対応なのです。

少子高齢化の中で、特に高齢の人たちが活躍する場所というのが、もっと必要になってくるはずです。ただ、警備業のいろんな方々の話を聞いてみると、人材の確保に相当困っていらっしゃるようです。

 今回、買収する会社も、働いている方の平均年齢は72歳前後です。そういう年齢の方であれば、われわれはたくさん確保できるのではないか、と一定のビジネスチャンスがあるのではないかと考えました。少なくとも人材の確保面でいえば、当社が直接雇用をしている、製造現場で働いている多くの社員も、あと10年もたてば高齢者の仲間入りをするメンバーも増えていきます。

 寿命が長くなっている日本で、この方々がセカンドキャリアを考えると、健康で働けるならば働きたい、というニーズはあるでしょうから、当社で雇用した人たちの次のキャリアとして、警備分野というのは一つの方向性だろうなというふうに考えました」

――昨年8月に公表された中期計画で、人的資本経営の実践という中で、ダイバーシティ経営というのを掲げています。今回のオールジヤパンガードの子会社化なども、その一環なのでしょうか。

 「その通りです。われわれは、人材サービス、人材派遣のほかに、業務受託、請負などの仕事もやっています。お客さまにそのまま人材をお届けして活躍するだけではなく、お客さまの仕事の一部を受託し、先ほどのシルバーの方もそうですし、性別も関係なく障害者の方も含めて、いろいろな属性の方々が活躍できるように仕事をうまく切り出しながら、多様な人たちが力を合わせて一つの仕事をやり上げていくことを大きな目標にしています。

 この目標には、外国の方も当然含まれます。日本の場合、ものづくりにはコミュニケーションが大事なのですが、言葉の壁があります。コミュニケーションをより取れるような仕組みを使いながら、相手の特性に合わせながら、障害を持っている方も、実は障害の特性によっては、健常者より優れた能力を持っている方もたくさんいらっしゃいますから、それはそれぞれの特性の中で、特色を発揮しながら一緒に仕事ができる環境を作っていきたいと考えています。

 特に外国の方については、日本はそのうち、アジアの国々の人材から見放されてしまうのではないか、という危機感があります。外国為替市場の円安進行による賃金の低下を背景に、日本に来る魅力がないというように感じられているようです。

 しかし、先日、出張で訪れたベトナムで感じましたが、日本でエンジニアとしてベトナムの方を受け入れ、日本人とは隔てなく、能力に応じてちゃんと報酬を払う仕組みさえ作ることができれば、日本で活躍したいという方がたくさんいらっしゃいます。

 トランプ関税措置を受けて、日本の進路として、アジアの経済圏を作るという構想はありだと思います。われわれ民間企業のレベルでも地道に関係を積み上げていき、しっかりコミットしていかなければならない、重要な取り組みだと思います。

 たとえば、ベトナムの方が日本で能力を磨いてくれて、日本っていい国だな、日本と一緒に仕事をしたいなと、日本ファンの人をたくさんアジアに作っていくということがとても大切です。これは日本の国益にもつながってきます。ダイバーシティ経営は、簡単ではありませんが、外国の方ともしっかり向き合い、日本ファンをもっと増やしていきたいと思っています」

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