「明けない夜はない」。八方ふさがりの気持ちになっていた20代のある日、70代の先輩記者にそう励まされた。

半信半疑だったが、年を重ねるにつれてその言葉を実感できる。折に触れ私も口にするようになった。だが、この言葉を言えない事件が最近、あった。

 2025年11月初旬。「10代の弟と妹がキャンプを抜け出し、音信不通になった」と27歳の友人Jが連絡してきた。

 Jは、ミャンマーのイスラム系少数民族、ロヒンギャだ。1980年代に軍事政権に国籍を奪われ、迫害を受けている人々である。2017年8月、ミャンマー軍がロヒンギャに対し大規模軍事行動を起こした。1万人以上が殺害された「ロヒンギャ危機」と呼ばれるこの事件を、米国は「ジェノサイド(集団殺害)」と認定している。夥(おびただ)しい人々が国境を越えてバングラデシュのコックスバザールに避難し、100万人以上を収容する世界最大級の難民キャンプが生まれた。一家で避難したJは、この難民キャンプで暮らして8年になる。

 彼らの避難生活に今、大きな危機が迫っている。

国際援助の削減が、キャンプの食糧や医療などに大きく影響し、同時に犯罪組織が活発になって強盗や誘拐が多発しているのだ。

 キャンプでは高等教育や就業の機会はない。「将来が見えない」「ここに閉じ込められたままなのか」と、若者たちは絶望感や疎外感、苛(いら)立ちを募らせる。そんな彼らに、人身売買組織が近づき、マレーシアなどへの密航を誘うのだ。多額のお金を要求される上、リスクが大きい。当局に捕まったり、殺人やレイプ、知らない男に売られたりすることもある。海路では5人に1人が死亡するといわれる。

 「2人は危険を承知だった」。可能性に賭けたい、と言う2人の気持ちをJは痛いほど分かっていた。1人35万タカ(約44万円)の料金は「働いて取り戻せる」とブローカーは言った。

 11月半ば、2人がブローカーの携帯電話で連絡してきた。タイ中部のジャングルにいるという。

数百人とともに人身売買組織の収容所で寝泊まりしており、数日中に車でマレーシア国境に向かうという。Jの眠れない日は続き、キャンプで2人に会っていた私も毎朝、無事を祈らずにはいられなかった。

 結末は残酷だった。12月6日。ブローカーが、2人が交通事故で死亡したと知らせた。タイ中部の町で、定員以上を乗せて走っていたバンが川に落ちたのだ。 「2人はたくさんの夢と希望を持っていたんです」。僕の一部も死んだ、と涙を流すJに「明けない夜はない」は安易に思え、私は口にできなかった。

 国際社会の関心は薄く、ミャンマー軍事政権は彼らの故郷に空爆を続けている。危険な賭けなどせず、キャンプにとどまっていれば良かったか? 未来を切り開くための勉強や挑戦ができる日、平和な日常が取り戻せる日は来るのか?

 「希望のないロヒンギャ難民の窮状は、時限爆弾のようなものだ」。バングラデシュ暫定政権のユヌス主席顧問は、国際社会に支援を呼び掛けている。

 はにかんだような2人の微笑(ほほえ)みは、しばらく私の脳裏から消えないだろう。

【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.1からの転載】

舟越美夏(ふなこし・みか)/ 1989年上智大学ロシア語学科卒。元共同通信社記者。アジアや旧ソ連、アフリカ、中東などを舞台に、紛争の犠牲者のほか、加害者や傍観者にも焦点を当てた記事を書いている。

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