昨年の暮れ、6年ぶりに鹿児島県・加計呂麻(かけろま)島へ向かった。日が沈み、視界が刻々と色をなくしていく中、奄美大島の古仁屋からフェリーに乗る。
フェリーを降りると、懐かしい顔が出迎える。宿「ゆきむら」のお父さんだ。「女将(おかみ)さんの体調は、どうですか?」と聞くと、「来月から治療を始めるよ」と穏やかに答える。
16年前、当時編集者として働いていた私は、担当していた著者の島の取材に同行して加計呂麻島へやって来た。濃い自然の色彩や匂い、きゅるるると鳴くアカショウビンの美しい囀(さえず)り、見たこともないほど透明で神秘的な海の碧(あお)に息をのんだ。
集落には神々が通る「神道(かみみち)」があり、背後にはその神々が天界から降りてくるとされる「神山(かみやま)」が聳(そび)える。神々の祭祀(さいし)には、古来、ノロが年間さまざまな神事を執り行ったそうだ。人々の悩みを解決へと導く民間シャーマンのユタという人たちもいるという。東京で育った私には、見ること聞くこと全てが別世界に思えた。
その時に泊まった宿が「ゆきむら」だ。現在はノロもユタも島にいないが、ユタの家系に生まれた女将さんは小さい頃から不思議な体験をたくさんしてきたと聞かせてくれた。
「ただいま! お久しぶりです」
宿に着くなり女将さんに飛びつく。やれやれと苦笑いしながら、あたたかい目で迎えてくれるのはいつものこと。滞在中、近況報告や思い出話に花を咲かせたり、海辺でサンゴを拾って風鈴にしたり、レモングラスを刈って茶葉にしたりと、やっぱりいつもの滞在と変わらないスローな時間を慈(いつく)しんだ。
「はい、これ持っていきな」
帰る日に渡されたのは、女将さん特製の調味料で、島ではキキャアミカンと呼ばれる喜界島発祥の蜜柑(みかん)を使った蜜柑唐辛子。それに島の柑橘(かんきつ)数個とお父さんが用意してくれたリュウキュウイノシシの冷凍肉。
ずっしりとした重さでも、不思議と力が湧いてくる。今年は女将さんの治療が始まるため、宿は閉業する。その前に会いたくて、駆けつけてよかった。また、「ただいま」と言えるその日が待ち遠しい。
【KyodoWeekly(株式会社共同通信社発行)No.4からの転載】
KOBAYASHI Nozomi 1982年生まれ。
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