「毎回、花火が終わると、夢洲がすごく温かい空気になるんですよ。会場の皆さんが、拍手してくれはるのが聞こえる。
2025年大阪・関西万博の閉幕から半年近く。名物となった“万博花火”を連日打ち上げた地元・大阪の花火事業者・葛城煙火が3月半ばに開いた写真展で、喜田真史常務が、当時の思いを語ってくれた。
万博では4月13日の開幕から184日間の会期のうち70日、花火が打ち上げられた。当初の予定は会期を通して9日。それが実際には、およそ8倍に増えた。
最終的に国内外から約2600万人が訪れ大成功となったものの、万博は当初、費用が膨らんだことなどへの批判から、スロースタートだった。来場者満足度をさらに高めるべく、万博協会(日本国際博覧会協会)が人気の高かった花火を一気に増やすと決め、葛城煙火に打診したのが6月。「7月半ばから夏休み期間の8月末まで毎日できますか?と話が来て驚きましたが、やれるところまでやりきります、と受けたんです」
花火の製造から打ち上げまでを一気通貫で行える葛城煙火は、日本三大祭りのひとつである大阪天満宮の天神祭りを含め、関西圏を中心にひと夏70カ所以上で花火を打ち上げている。それに加えて万博のために請け負った花火は63日分(天候理由の中止は3日)。「週7日労働どころか、8日労働に近い感覚の挑戦で、ただただ必死でした」
■北から南まで、日本の花火の良さ発信
万博花火では毎回、5分間に140発を打ち上げた。「その日に訪れる人だけでなく、通期パスで何度も通う人、毎日働くスタッフもいる。
大勢の人が訪れる会場で、安全を確保して花火が打ち上げられる場所は、大屋根リングの外側、大阪湾との間に広がる「つながりの海」の水上。葛城煙火の社員と現場ごとに訪れる協力花火師らが、その日上げる花火と発射台を積んだ「台船」を日の高い炎天下に小型ボート「花煙号」で引っ張っていき、規定の位置に据える。海沿いなので、通常の花火大会とは異なる風や波との戦いももちろんあった。
■花火師に聞こえた拍手
初日の打ち上げを終えた後に、来場者の拍手が聞こえた。それが、2日目、3日目と、どんどん大きくなり、花火師たちが夜、打ち上げの操作を行う場所にも、歓声とともに届くようになった。「うれしかった。ひたすら駆け抜けている夏の活力でした」。
花火打ち上げの担当だった万博協会イベント局は、同じ夜間に行われた水上ショー「アオと夜の虹のパレード」、ドローンショーがある「One World, One Planet.」との共生、来場者の安全に配慮したスケジューリングに加え、打ち上げ場所から特に近い大屋根リング上やウォータープラザ付近の観覧者に対する花火ダストの注意喚起を行った。イベント終了後には、出口へ集中する帰宅者への安全な誘導にもイベント局員総出で対応し、汗をかいた。
当時、三菱UFJ銀行から協会に出向し、イベント局の担当部長として花火運営に携わった寺澤寛幸さんは、「今回の写真展を通じ、改めて花火が想像以上に多くの人に喜んでいただけていたと実感した。葛城煙火さんの協力のもと、イベント局として裏方から携われたことの喜びを強く感じている」と話す。
3月20~22日、葛城煙火は万博花火の写真展「5分間の光」を、寺澤さんがエグゼクティブマネジャーを務める大阪市内の関西イノベーションセンター(MUIC Kansai)で開催。入場の事前予約枠2400人分は、わずか5時間で埋まった。
展示では、喜田さんと協力者のカメラマン3人が撮影した万博花火の写真20点余りのほか、つながりの海に浮かべた台船や発射台の実物、実際に使われた花火玉のレプリカなどもお目見えした。写真には、台船が映り込むなど、花火師ならではのアングルのものも。当時の花火を投影した動画モニターからは打ち上げ音が響いた。
「一生分の感動をもらった、ありがとう」「楽しかった時間がよみがえり、涙が出そうになった」。大屋根リングの上で見た花火、パビリオンの中にいて音だけの花火、帰り道にゲート越しに見た花火――。会場に設けられたノートには、訪れた人それぞれが感じた“5分間の光”の思い出と感謝がぎっしりつづられた。
「一瞬の輝きを一生の思い出に」。葛城煙火が1950年の創業来掲げるスローガンだ。











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