2026年3月28日、東京・銀座の街に、沖縄の島々の風を運ぶ三線(サンシン)の音が響き渡った。ヤマハホールで開催されたのは、レクチャーコンサート「しまの音(しまぬうとぅ)―研究と演奏でひもとく、三線の未来―」だ。

これは2023年に始動した「沖縄三線文化継承プロジェクト」の一環であり、三線という楽器を「モノ」と「感性」の両面から科学的に解明しようとする試みの共有の場である。 主催はヤマハ(浜松市)、後援には沖縄県三線製作事業協同組合(三線組合)、沖縄県立芸術大学、琉球大学が名を連ね、職人の技能、大学の専門知、企業の技術が結集した。

 第一部の講演では、まず三線組合事務局長仲嶺幹(なかみね・みき)氏が登壇。自身も職人である氏は、三線の歴史を14世紀末に中国から伝わった「三絃(サンシェン)」にまで遡り、琉球王国時代に士族の教養として花開いた歩みをひも解いた。

 三線は沖縄の精神性と深く結びついた楽器で、古典・民謡・ポップスとさまざまなジャンルで用いられている。2018年には国の伝統的工芸品にも指定された。しかし、現在その製作現場は深刻な危機に瀕しているという。

 主要材料である黒檀(コクタン)の枯渇、職人の後継者不足、安価な海外製品の流入といった構造的課題に加え、県外で注目される一方で地元の発信力が薄らぐ「文化のドーナツ化現象」も深刻だ。仲嶺氏は、職人の磨き上げた感覚を可視化し、材料による音色の違いを科学的に解明するなど、三線を客観的に再定義することの重要性を訴えた。

 これに続き、沖縄県立芸術大学准教授の遠藤美奈氏と琉球大学の特命准教授山田典子氏が、それぞれの役割を表明した。世界でも類を見ない「琉球芸能専攻」を擁する県立芸大は今回のプロジェクトでは音楽文化・演奏などの専門知識を提供。遠藤氏は、沖縄音楽の多様性を次世代へつなぐことが大学の使命であるとし、研究者と実演家、製作者の知識を相互補完する重要性を説いた。

県内唯一の国立総合大学である琉大は、幅広い分野の専門知を生かし多角的に協力。山田氏は、三線文化の持続可能な未来を創り出す決意を語った。産官学が連携し、三線を単なる「地域の宝」から「未来へつなぐ文化資産」へと昇華させようとする熱意が、会場を包み込んだ。

技術で文化と社会に貢献

 注目すべきは、このプロジェクトにおけるヤマハの役割と姿勢である。ヤマハの先進技術開発部・森隆志 副部長と同部新価値グループ稲岡紋子氏の解説によれば、同社は単なる技術提供者としてではなく、地域文化の当事者とともに歩む「共創」のパートナーとして参画。その根底にあるのは、技術を通じて社会や文化の多様性に貢献するという強い信念だ。プロジェクトでは、ヤマハが長年培ってきた「モノ(楽器)」と「ヒト(感性)」の研究ノウハウが、三線の「現在地」を解き明かすために惜しみなく投入された。

 具体的な研究内容は、驚くほど多角的かつ精緻だ。まず「材料」の研究では、枯渇する黒檀の代替を探るべく、振動試験や多角的な分析を実施。三線に使用されたことのない国産材や、西洋楽器で使われる木材までを視野に入れ、三線の音色の本質をつかさどる物理的特徴を可視化した。また、「楽器のふるまい」の調査では、職人が感覚で調整する「皮の張り加減」をレーザー計測によって数値化。長年「師匠の背中を見て学ぶ」とされてきた暗黙知を、科学という共通言語に変換することで、技能継承の新たなステップを提示した。

さらに、演奏家と職人の間で使われる、感覚的で共有しづらい「音色の表現語」を収集・整理し、コミュニケーションツールとして体系化する試みも進められている。

 ヤマハにとって、自社で製造していない楽器をこれほど深く研究することは前例のない挑戦であったという。しかし、西洋楽器の視点から三線を捉え直し、ギターやドラムといった他の楽器と比較することで、三線特有の「ふるまい」がより鮮明になった。この「知の結合」こそが、プロジェクトに数多くの発見をもたらした。伝統をただ「変えずに守る」のではなく、その本質を科学的に理解し、未来の形を共に模索する。その姿勢は、外に開かれた視点を持つ沖縄の人々の精神性とも深く共鳴している。

三線音楽には地域ごとに特徴のある豊かな多様性が

 第二部のコンサートは、第一部で研究対象であることが示された三線を、血の通った「音」として体感する時間となった。タイトルの「しまの音」には、琉球王国で体系化された「古典」、シマ(各集落・各地域)で愛好された「民謡」、そして各島固有の文化が築いた「離島の音」という、沖縄文化の重層的な多様性が込められている。

 舞台では、次世代を担う実演家たちにより、琉球古典音楽、沖縄民謡、沖永良部民謡、八重山古典民謡・古謡の四つのジャンルが披露された。古典の独唱「赤田風節」(歌三線・親川遥)の静ひつな節回しから、舞踊「稲まづん節」(舞踏・山里静香/歌三線・新垣俊道、親川遥)の優美な踊り、民謡「廃藩ぬ武士」(歌三線・仲宗根創)の時代に翻弄される悲しさ、民謡「ひやみかち節」(歌三線・仲宗根創/太鼓・豊里美保)の民衆の力強さ、沖永良部民謡「永良部百合の花」(歌三線・前田博美/太鼓・豊里美保)の本土の民謡を感じさせるこぶし、そして八重山古謡「とうばらーま」(歌三線・小渡大海/囃子・豊里美保/笛・新垣俊道)の哀愁漂うしみじみとした響きまで、それぞれの「しま」が育んできた音色がホールを彩った。聴衆は、第一部で学んだ楽器の構造や職人のこだわりを念頭に置きながら、一音一音に込められた歴史の重みと、未来へ向かうエネルギーを感じ取っていた。

 終盤には、沖縄県立芸術大学准教授の新垣俊道氏と、ヤマハ執行役員の杉山啓子氏、三線組合の仲嶺幹氏が登壇しあいさつ。

新垣氏は、三線が人々の暮らしや精神文化と密接に結びついた、沖縄人のアイデンティティーを保つ存在であることを再確認し、根底にある精神性を次世代に受け渡していきたいと決意を表明。

 杉山氏は、「演奏された三線音楽は、耳で聴くというより心で受け取るような感動があった。ヤマハは音や音楽の力を信じている会社。我々ならではの技術と感性で社会課題に向き合う存在でありたい。さまざまな課題に直面している沖縄三線を未来に継承していくためにも、その技術と感性がお役に立てればと願っている」と述べた。

 仲嶺氏は、「今回のプロジェクトでは沖縄で作った三線を湿度の違う東京で使うと何ヘルツ音が違うということもわかってきた。東京で使う三線はどう仕上げればいいかがわかる時代がすぐそこに来ている。コンサートで聴けたように各地域・各ジャンルにはそれぞれの“らしさ”がある。それぞれの三線文化が広がっていって沖縄全体の三線文化が深く広がっていけば」と締めくくった。

 そしてコンサートのフィナーレは、出演アーティスト全員による沖縄民謡の代表曲「安里屋ユンタ」の演奏である。会場の聴衆も手拍子で参加し、「さぁ~ユイユイ♪」と合の手を入れる。舞台と観客が一体になり、盛り上がりは最高潮だ。

プロジェクトを通じて生まれた人と人との新たなつながりが、さらなる広がりを見せることへの期待を込めて、会は幕を閉じた。

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