【最新公開シネマ批評】
映画ライター斎藤香が現在公開中の映画のなかから、オススメ作品をひとつ厳選して、本音レビューをします。
今回ピックアップするのは、ノーベル賞作家カズオ・イシグロ原作小説の映画化『遠い山なみの光』(2025年9月5日公開)です。
試写で鑑賞してきました。では、物語から。
【物語】
日本人の母・悦子(吉田羊さん)とイギリス人の父を持つニキ(カミラ・アイコさん)。長崎で原爆を体験し、イギリスに渡り、2度目の結婚をした悦子の半生を小説にしたいと、母から長崎時代の話を聞くことに。
若き日の悦子(広瀬すずさん)と最初の夫・二郎(松下洸平さん)のエピソードと共に強烈な印象を残すのが、近所に住む佐知子(二階堂ふみさん)と娘の万里子(鈴木蒼桜さん)のエピソードです。
「米兵の恋人とアメリカに行くの」と語る佐知子ですが、どこまで本当のことを言っているのかわからないような、とても不思議な女性だったのです。
【登場人物それぞれが抱える秘密】
戦後の長崎で生きる人々の物語を描いた感動作かと思ったら、ミステリー要素をふんだんに盛り込んだ映画だったので驚きました。トリッキーな構成で、そのトリックにある人物の思いが詰まっているという、とても複雑だけど胸を打つ作品なんですよ。
まず驚いたのが、最初にイギリスで暮らす悦子の描写がくること。母と娘の関係が描かれ、そこから悦子の回想として長崎の物語が始まります。長崎編で若いころの悦子を演じるのが広瀬すずさんというのもビックリ。
その悦子と二郎の家に二郎の父(三浦友和さん)が訪ねてきて滞在することになるのですが、二郎は父親をやんわりと避けています。なぜ父と息子はギクシャクしているのか、そりが合わない息子の家になぜ二郎の父は来たのか……。
登場人物それぞれが何かを抱えていて、「何があったのだろう」「何を隠しているのだろう」という謎が物語を牽引していくのです。
【強烈なインパクトを残す佐知子】
そんなミステリアスな物語の中でも印象深いのは、米兵とお付き合いしている佐知子。
「彼と一緒にアメリカに渡るの。自由の国だから女性だってなんだってできるのよ」と悦子にうれしそうに語ります。しかし、娘の万里子はあまり気乗りしない様子であることに加えて、佐知子の娘に対する圧が強いような……。
万里子が行方不明になったとき、狂ったように娘を探す佐知子。母と娘の関係や佐知子の精神の不安定さなど「この母娘は何者なのか」と、気になって仕方がなくなるのです。
【吉田羊の英語のお芝居と二階堂ふみの存在感】
とにかく、俳優さんたちがみんな素晴らしい!
広瀬すずさんの役は穏やかな性格の専業主婦で、自由を求める行動的な佐知子を眩しく見つめる女性。強いキャラクターではないので、逆にスター俳優の広瀬さんが演じることで悦子の存在感はマシマシになっていたと思います。
悦子のイギリス編を演じた吉田羊さんのセリフはほぼ英語。
また、二階堂ふみさんは登場シーンから妖しく美しくオーラがすごかったです。「何が何でもアメリカへ行く」という強い意思と娘に見せる不安定な愛情のアンバランスさに何度も心がザワザワしました。佐知子が出てくると何かが起こりそうで、彼女の存在が映画のレベルを引き上げ、観客をグッとスクリーンに釘付けにしていたと思う。本当に目が離せなかったですから!
1952年代の女性たちのファッションもおしゃれですし、イギリスの悦子の家やインテリアなども素敵でしたよ。俳優、物語、ヴィジュアルなど全てがハイレベルの作品は秋にぴったり!
ぜひ劇場で観てほしい映画です。
執筆:斎藤 香(C)Pouch
Photo:©2025 A Pale View of Hills Film Partners
『遠い山なみの光』
2025年9月5日(金)より全国ロードショー
監督・脚本・編集:石川 慶
原作:カズオ・イシグロ/小野寺健訳「遠い山なみの光」(ハヤカワ文庫)
出演:広瀬すず 二階堂ふみ 吉田 羊
カミラ アイコ 柴田理恵 渡辺大知 鈴木碧桜
松下洸平 / 三浦友和
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