箱を開けた瞬間、目に飛び込んでくる色とりどりのお野菜たち。農薬や化学肥料を使わず育てられた個性豊かなお野菜は、季節の移ろいとともに表情を変え、食卓に新しい発見をもたらしてくれます。
株式会社坂ノ途中(以下、坂ノ途中)の「お野菜セット」は、そんな旬のお野菜をバランスよく詰め合わせてお届けするサービスです。しかし、このサービスは、おいしいお野菜を提供するだけではありません。背景には農業と暮らしの持続可能化を目指す思いが隠されています。
坂ノ途中の「お野菜セット」は、なぜ、どのように生まれたのか。そして、この「お野菜セット」を選ぶことが、私たちの暮らしや農業の未来にどうつながるのかを紹介します。今回はEC事業部 執行役員 坂本洋二と、坂ノ途中の研究室の渡邊春菜に話を聞きました。
■季節の移ろいを楽しむ「お野菜セット」
「100年先もつづく、農業を。」をビジョンに掲げ、2009年に創業した坂ノ途中。その背景には、「環境負荷の小さな農業を広げたい」という強い思いがあります。
現代の農業は、農薬や化学肥料といった外部資材に頼ることで、石油や天然ガスなどの限りある資源を大量に消費してきました。また、森林伐採などの過度な土地利用が、生物多様性の喪失や土壌劣化の主な要因となっています。
そこで当社では、環境負荷の小さな農業に取り組む人たちを増やし、100年先も続く農業の形を作ることを目指しています。
このビジョンを実現する取り組みの一つが「お野菜セット」です。全国約400軒の提携農家さんから、化学合成農薬や化学肥料を使用せず育てられた野菜を仕入れ、セットにしてお客様にお届けしています。
セットの内容を決めているのは立案チームです。季節ごとのお野菜の彩りやボリューム、お料理での使いやすさなどを想像しながら組み合わせを考えています。年間で取り扱うお野菜は500種類以上。定番のものから珍しいものまで、その時々の旬がぎゅっと詰まっています。
季節ごとに旬のお野菜が届く「おまかせ」スタイルだからこそ、普段自分では選ばないようなお野菜との出会いがあり、約8割のお客さまから以前より季節を感じたり楽しめるようになった、料理のレパートリーが広がったといった声が寄せられています。

(写真:旬のお野菜セット(Lサイズ))
また、お客様から特に高い評価をいただいているのが、お野菜そのものの「味」です。
「お野菜セット」で届けられるのは化学合成農薬や化学肥料に頼らない栽培方法で育てられたお野菜。畑がある地域の気候や土壌などの自然環境に合わせて、適した時期にじっくり丁寧に育てられるため、お野菜の味が濃くなりやすいです。
適した時期といっても、いわゆる旬のど真ん中だけを指すわけではありません。同じ野菜でも季節の移ろいとともに、その表情や味わいは変化していきます。
例えば、夏のはじめに出回る『はしり』のナスは皮が薄く水分が豊富で、さっと焼くだけでみずみずしさを存分に楽しめます。その後の『さかり』の時期が終わった『なごり』のナスは、ゆっくり育つ分、皮が厚くなり、うま味がぎゅっと凝縮されるため、ステーキのようにじっくり焼くと格別のおいしさです。
鮮度も重要な要素です。各地の提携農家さんから京都本社の出荷場に届いたお野菜は、出荷スタッフが検品、箱詰めし、お客様のもとへ出荷されます。畑で収穫されてから食卓に届くまでの時間が短いこともおいしさに繋がる重要な特徴です。
「『お野菜セット』で届くお野菜は味が濃く、季節によって品目も変化していくので、シンプルな調理やいつもの料理でも変化が生まれ、楽しくおいしい食事を召し上がっていただけると思います。多忙な方が多く、時短が注目されることも多いですが、こなす食事ではなく、ささっと短時間でも季節感のある食事や料理の時間を楽しんでもらえたらと思っています」(坂本)

(写真:EC事業部 執行役員 坂本洋二)
■約8割が新規就農者。少量で不安定な生産に対応した流通の仕組み
「お野菜セット」誕生の背景には、日本の農業が抱える課題がありました。「日本の有機農業の取組面積は、実はまだ耕地面積の約0.7%ほどしかありません。国も普及を目指していますが、従来の農家の方々が有機農業に転換するのは、技術や販路の面でハードルが高いのが現状です。一方で、新規就農者の方々は、有機農業への関心が非常に高い。しかし、彼らの多くが経営難に直面しており、全国新規就農相談センターの調査では新規就農者の約76%が『生計が成り立っていない』と回答しています」(坂本)

新規就農者が経営を成り立たせることが難しい理由はいくつかありますが、大きな理由が販路開拓の難しさです。新規就農者は小規模で始めることが多く、生産が不安定で、少量多品目になりがちです。
一方で、新規就農者の方々は非常に勉強熱心で、品質の高いお野菜を作る力を持っています。そこで坂ノ途中では、生産の不安定さや少量多品目の出荷にも対応できる流通の仕組みを作り、新規就農者の販路を確保につなげてきました。
これにより新しく有機農業にチャレンジする農家さんを増やし、ひいては環境負荷の小さな農業の広がりに貢献できると考えています。実際に、現在当社で提携している農家さんの約8割が新規就農者です。
また、事前に約束した量を出荷する「契約栽培」とは異なり、長期の作付け予定から相談し、出荷の前週や直前にも数量等を調整することで、農家の方々は過度なプレッシャーを感じずに済むという利点があります。

(写真:淡路島の島ノ環ファームさん)
一方でこのシステムは、当社にとっては、お野菜の種類や量の予測が難しいという課題もあります。特に近年は気候変動の影響も大きく、猛暑による不作や、特定の野菜が一度に大量に採れる豊作など、想定外の事態も増えています。こうした課題を解決するために重要となるのが、「農家さんとの密なコミュニケーション」「産地リレー」「社内のオペレーション」です。
まず農家さんとは、毎週のように電話や社内システムを通じて情報交換を行っています。例えば、関西の農家さんに対して「長野で葉物が9月にたくさん採れそうだから、出荷時期を少し早めてもらえないか」といった具体的な相談や調整も日常的に行います。加えて年に2回は農家さんと一緒に「作付け計画」を立て、二人三脚で安定供給を目指しています。
それでも、急な天候の変化などで出荷直前に内容を変更せざるを得ないこともあります。そうした事態にも迅速に対応できるよう、産地担当のスタッフと出荷場のスタッフが連携を取れるようにしています。
また、届いたお野菜をお客様に余すことなく楽しんでもらうための工夫も欠かせません。「お野菜セット」には、それぞれのお野菜の産地や生産者名、特徴、保存方法、おすすめの食べ方を載せた「お野菜の説明書」を同封しています。ウェブサイトでは1,000件以上のレシピを公開し、さまざまな調理法を提案しています。

(写真:お野菜の説明書)
■食卓から始まる変化。農業と暮らしの好循環
「お野菜セット」を利用し続けることは、単においしいお野菜を食べるというだけでなく、環境負荷の小さな農業の広がりを支え、持続可能な暮らしを実践することに繋がっています。
実際に提携農家さんの経営状況にも変化が見られています。2022年に当社で行った調査では、「経営が成り立っている」と回答した農家さんは取引開始前は49%でしたが、取引開始後では81%にまで上昇しました。当社の流通、販売の仕組みが持続可能な農業経営の一助になっていることが伺えます。

変化は、農家の方々だけでなく消費者にも及んでいます。

(写真:坂ノ途中の研究室 渡邊春菜)
「利用者の6割は、もともとオーガニックにこだわらずにお野菜を買っていた方々なんです。環境問題に関心が高い方だけでなく、お野菜セットを楽しみながら続けていくこと自体が、野菜中心の食生活への変化など、サステナブルなライフスタイルにつながる、これが『お野菜セット』の大きな価値だと感じています」(渡邊)
さらに当社ではこれまでの事業を通じて得た知見をもとに、より広く社会に貢献する活動も展開しています。例えば、「坂ノ途中の研究室」では独自の生産者調査や統計データを集約し「有機農業白書」を発行したり、自治体と連携し、生産者向けの研修や、有機農業推進計画の策定支援をしたりと、活動は多岐にわたります。

「100年先も続く、農業を。」というビジョンの実現には、特別な取り組みが必要なわけではありません。日々の食卓で「おいしい」と感じていただくこと、旬の野菜を味わう喜びや新しいレシピに挑戦する楽しみ。そうした何気ない日常の積み重ねが、環境負荷の小さな農業に取り組む農家さんの活動を後押しし、持続可能な社会へ近づいていくのだと、私たちは考えています。
■株式会社坂ノ途中
環境負荷の小さい農業を実践する生産者の増加を目指し、農薬や化学肥料不使用で栽培された農産物の販売を行っています。全国約400軒の生産者と提携し、うち約8割が新規就農者です。「坂ノ途中の研究室」では、自治体、大学や企業と連携した調査、研究のほか、就農希望者向けの研修を実施。農業分野を代表するソーシャルベンチャーとして事業成長を続けています。
京都市「これからの1000年を紡ぐ企業」、経済産業省「地域未来牽引企業」「J-Startup Impact」など、受賞多数。
・代表者:小野 邦彦
・本社所在地:京都市南区上鳥羽高畠町56
・設立日:2009年7月21日
・資本金:50百万円
・会社URL:https://www.on-the-slope.com/corporate/