傘を閉じ、雨粒を払って留めひもで閉じる。雨の日に繰り返されるこの動作、面倒だと感じたことはありませんか?
キッチン・バス・ハウスケア・バッグなど、生活雑貨の企画・製造・販売する株式会社マーナは、2023年5月に留めひもや留め具がなく、閉じるだけで一気に畳まれる長傘「Shupatto アンブレラ」を発売しました。
この革新的な傘が生まれた背景や開発の苦労談、開発に挑戦したことで見えてきた新たな提供価値について、Shupatto アンブレラ プロダクト担当 谷口さんに聞きました。
◆人・モノの観察から生まれる「暮らしを、いいほうへ」変える製品
――まずは谷口さんのこれまでのご経歴、マーナに入社された理由について自己紹介をお願いできますか?
私は大阪芸術大学附属 大阪美術専門学校の出身で、卒業後は自動車会社に就職し、自動車の車体の見栄えを評価する仕事をしていました。その後、デザインの仕事がしたいと思い、デザイン事務所に転職。その会社の主なクライアントに農業機器メーカーがありまして、次はその会社に移り、農業機器にまつわるデザインの仕事を経験しました。
ここまでBtoB(企業対企業)の仕事を続けてきたため、一般消費者向けのデザインの仕事がしたいと思いはじめ、マーナに転職しました。開発している商品が多岐にわたり、オリジナリティあるデザインができるメーカーで働きたいと思ったのが、マーナを志望した理由でした。
入社後は、バッグ以外のプロダクトに携わり、現在はすべての製品のデザインを監修しています。2025年で入社して10年目です。

――谷口さんから見て、マーナの製品づくりにはどんな特徴があると思われますか?
マーナは、企業理念の「Design for Smile」にもあるように、人を笑顔にする製品づくりを目指している会社です。最近はブランドスローガンを「暮らしを、いいほうへ。」と変え、笑顔を増やすだけではなく、暮らし自体を製品によってより良いものにする製品開発に力を入れています。
世の中にすでにあるものが本当に最適解なのか疑問を持ち、1番いい状態を考えて開発しているのが、他のメーカーさんとは異なる特徴だと思いますね。まな板の開発をした際は、キッチンの頭上に定点カメラを設置し、調理中の動きを調べることで、人が気付いていない課題や不満を洗い出し、新商品の開発に活かしました。

――Shupatto アンブレラも、既存の傘に対する課題から着想を得たのでしょうか。
きっかけは、社長の実体験です。雨の日、店先の入口で傘を閉じながら、ふと周りを見ると、エントランスにいる多くの人が傘を閉じ、紐で閉じ、傘袋に入れ…という行動をしているのが目に入り、「手間なく、一気に傘を閉じられたらうれしいんじゃないか」と思ったそうです。
その想いを社内に持ち帰った社長が、最初に私たちに口にしたのは「傘がぎゅってなったらいいよね」。その「ぎゅっとなったら」を実現するにはどうしたらいいのか、既存の傘を使ってプロトタイプの試作を始めてみたのがShupatto アンブレラ開発のスタートでした。2018年2月頃だったと思います。
◆完成まで約5年。極秘に進められたShupatto アンブレラ開発プロジェクト
――社長から「傘がぎゅってなったらいいよね」と言われたとき、谷口さんはどう感じましたか?
「確かに便利だろうな」とは思いましたが、同時に「どうやったら作れるんだろう」という思いで頭がいっぱいになりました。
――まずは既存の傘を使ってプロトタイプの試作を始めたというお話でしたが、感触はいかがでしたか?
プロトタイプ自体は、比較的スムーズに作れました。このプロトタイプの目的は、「傘がぎゅっと閉じるって、こういう感じ」を可視化することだったので、その後の製品化のことは一旦置いておき、とにかく閉じるだけで傘がぎゅっと畳まれる動きを実現できれば良かったんです。まずは傘を買ってきて、どうやったら一気に閉じられるんだろうと考えながら、ゴムの紐を付けてみたり、骨を増やしてみたり、ひとりで試行錯誤を続け、完成させました。
社長の言葉「ぎゅっとなったら」を具現化したプロトタイプを見せたところ、その場にいた全員が「これは便利だ」「革新的なものだ」と思ったため、正式に開発を進めることに。今までにない革新的なアイデアが漏洩してはいけないと判断され、会社のトップシークレット扱いとなり、秘密裏に進めていくことになりました。ここまでのレベルで内密に開発が進められるのは、なかなかないことでしたね。
ただ、ここからが難関でした。最初はゴムで引っ張って生地を中に入れる仕組みを考えたのですが、量産できる品質ではなかったんですよね。製品化するには、基本的に傘の部品を使って作る必要があります。これが大変でした。プロトタイプを作ったときもそうですが、1日中、自席で傘を閉じたり開いたりして観察していることもありましたね。ただ、先ほどもお話したように極秘プロジェクトだったため、プロジェクトの存在を知らない方から仕事をしてないんじゃないかと言われたこともありました(笑)。

――それは災難でしたね(笑)。どのようにして困難な状況を打破したのでしょうか。
やはり観察ですね。
この方が本当に部品に詳しく、運命的なものを感じたほどでした。100個以上は部品の見直しを行いましたが、やり通せたのはエンジニアの方のおかげでもあると思っています。
――どういう理由での見直しだったんですか?
閉じるために必要な力を減らすためですね。従来の傘を閉じる動作だけで、留めひもがいらないレベルにまで閉じてほしいわけですが、細く閉じるようにすればするほど、閉じる動作に必要な力が大きくなってしまうんですよ。Shupatto アンブレラの閉じたときの見た目が少しふんわりしているのは、男性ほど力のない女性でもスムーズに閉じられ、かつ細くなるバランスを見極めた結果なんです。「これ以上細くした場合、ボディビルダーじゃないと閉じられなくなりますよ」と言われながら、調整を重ねました。
――開発にあたり、譲れなかったこだわりはありますか?
2つあります。まずは、とにかく「閉じるだけ」にこだわったこと。
――最初のきっかけが「閉じるだけでぎゅっとなる傘」ですもんね。
そうなんです。社長には「がんばります」と伝え、初心を守って動作を加えず閉じるだけにこだわりました。
2つ目は見た目ですね。革新的な傘ではあるのですが、見た目は既存の傘と変わらないものにしたかったんです。
――それはなぜですか?
これはShupatto アンブレラに限らないのですが、私たちが作っているものは暮らしの中で使うものなので、生活になじむことを重要視しているんですよ。今回の傘も同じで、世に出たときはイノベーションなのですが、いつかは当たり前になってほしいという想いがあります。ですから、一見ふつうの傘にしたかったんです。ただ、何も説明なしに店頭に並べられると、何がどう違ってこの価格なのか伝わりづらいため、売る人たちが大変だったという後日談があります(笑)。

――約5年間という開発期間は、谷口さんの中で長いほうでしたか?
とても長いですね。これだけの時間をいただけたのは、Shupatto アンブレラへの期待感があったからこそだと思っています。技術に対しても並々ならぬ想いがあり、「これは盗まれてはいけない技術だ」ということで、特許を取得するなど万全の準備を進めました。会社としても、革新的なアイディアに自信を持ってくれていたのだと思います。
――極秘プロジェクトの主なメンバーは、エンジニアさんと谷口さんの2人だけだったのでしょうか。
そこに生産担当を加えた3人がメインメンバーですね。生産担当も情熱的かつ前向きな方で、「より良い傘を作ろう」と一致団結して取り組めた素晴らしいチームでした。マーナの社員は基本的に前向きな人たちばかりなのですが、その中でも特に情熱的な方が集ったチームだったなと思います。
開発を進めていくなかで、Shupatto アンブレラの新たな価値にも気付けました。当初は「手を濡らさずに一気に畳める」ことが価値だと考えていたのですが、試作品を実際に使ってみたら、手が濡れないこと以上に、建物への出入りがスムーズにできるようになり、それが最高の体験だったんですよね。その気付きから、行動がスムーズになること、スマートになることも謳ったほうがいいのではと考え、コミュニケーションチームとキャッチコピーを考えました。

――確かに、車やバスなど、乗り物への乗り降りのシーンをイメージすると、スムーズになることがいかに快適さにつながるのかが想像できます。
そうなんですよ。あと、行動がスムーズになる利点は、雨の日だけの話ではないということも大きかったです。手が濡れない良さは雨の日だけに感じられるものであり、極めて限定的なんですよね。
そのため、日傘版Shupatto アンブレラの企画書を書いたときに、「日傘は手が濡れないですが、どんな良さがあるんですか?」と突っ込まれてしまいまして。スムーズに閉じてくれることで動きが阻害されないという良さは、天候に関係なくうれしいポイントだと思っています。「手が濡れなくてうれしい」は、マイナスからゼロへの変化ですが、「動きがスムーズになる」は、ゼロからプラスへの変化といえるのではないかと思いますね。

――閉じる際のもたつきがなくなるだけで、それだけ快適感があるというのは確かに気付きでしたね。そうして完成したShupatto アンブレラ。商品名については、どのように決められたんですか?
マーナには、「Shupatto バッグ」という両端を持って引っぱると一気にたためるバッグがあります。この「簡単に、きれいに畳める」価値がバッグと傘との共通点になるため、「Shupatto」というブランドとして傘も知ってもらおうということで、「Shupatto アンブレラ」という商品名に決まりました。ただ、ShupattoはあくまでもShupatto バッグとして成長させていくべきだという考えもあり、相当議論になりましたね。ぜひ、Shupatto バッグ、Shupatto アンブレラ共にご愛用いただけるとうれしいです。

◆「行動がスムーズになる」特徴は、老若男女、国内外を問わず伝わる価値に。
――2023年5月に販売後、反響はいかがですか?
マーナは生活雑貨メーカーであり、傘メーカーではありません。だからか、発売時に「異業種の会社が画期的な傘を出した」と紹介いただけることがありました。確かに、傘メーカーではなかったからこその発想であり、挑戦だった部分もあるのかもしれません。
お客様で印象に残っているのは、ポップアップイベントにお越しいただいた方ですね。20代の方で、これまでは世の中にある傘からどう選べばいいのかわからず、結果的にビニール傘を使われていたそうです。InstagramでShupatto アンブレラを知り、「これならほしい」と思ってご購入いただきました。感動しましたね。
レビューや口コミには、車やバスの乗り降り時に便利さを感じるといった内容が多く寄せられていまして、やはり後から気付いた価値こそがShupatto アンブレラの大きな魅力で合っていたんだなと感じています。店頭では「ベルトがない、閉じる傘」というコピーに「どういうこと?」と引っ掛かりを覚えて、手に取ってくださる方がいるそうです。
――どういった年代、性別の方が使われているのでしょうか。
開発中は、Shupatto アンブレラのコアなお客様は30~40代ぐらいの男女かなと思っていたのですが、発売してみたところ、若い方や年配の方まで、想像以上に幅広い年齢層の方に支持いただけるものだとわかりました。
――Shupatto アンブレラは、「2023年度グッドデザイン賞(グッドデザイン・ベスト100に選出)」、「2024 年 iF デザイン賞」、「2024年 レッドドット・デザイン賞(プロダクト部門)」と数々のデザイン賞も受賞しましたね。これらは狙っていたんですか?
プロトタイプの頃から狙っていました。社内で優れた製品をエントリーしようと決めているため、無事エントリーしていただき、受賞という結果につながったことをうれしく思っています。特に、グッドデザイン賞のベスト100の選出は、マーナ史上初だったんです。本当に光栄ですね。デザインチームのメンバーも湧き上がっていました。
――Shupatto アンブレラは、海外でも展開されています。海外の方にも、同じように価値を感じていただけているのでしょうか。
海外のエンドユーザーの方の声まではあまりヒアリングできていないのですが、海外チーム曰く、閉じていく動きのおもしろさがバイヤーの方に人気だそうです。動きがスムーズになるところがうれしいと思ってくださっているようなので、感じていただけている体験価値は私たちとそう大差がないのだろうと思っています。
傘の消費量は、世界で日本が1番多いとされていて、年間1億本以上になるそうです。これはビニール傘が手軽に買えるからでもある数だとは思いますが、分母から考えると、傘の開発により得られる効果が大きいことに間違いはないだろうと思いますね。
ただ、傘は雨が降る地域であれば世界中どこでも使われるものなので、今広げているアジア圏だけではなく、ヨーロッパ、北米のマーケットにも可能性があると思っています。

◆お客様からの声を活かし、これからもより良い製品づくりを
――今後の展望についてお聞かせください。
いろいろな声をいただいているので、それらを開発のヒントにし、さらに改良を進められたらと思っています。
Shupatto アンブレラは、バッグと共に「Shupatto」ブランドのひとつです。バッグは販売開始から間もなく10年となります。まだまだこれから。Shupatto アンブレラを仲間に加え、これから長く支持されるよう、ブランドとして成長させていきたいです。
また、他の製品たちも「マーナ」というブランドで選んでいただけるよう、開発力を上げ、お客様とのコミュニケーションも深めていきたいと思っています。
――最後に、あらためて「Shupatto アンブレラ」をどんな方に使っていただきたいか、メッセージをお願いします。
私は雨が好きではなく、雨天時は外出がおっくうになって家に引きこもりたくなるタイプなんです。そんな私のような方にも、ぜひShupatto アンブレラを使ってみてほしいですね。傘を畳む手間がなくなるだけで、かなり快適になると感じていただけるはずです。
また、面倒だからか傘を巻かずに街中を歩いている人も多く見かけますが、そうした方には、「Shupatto アンブレラを使うことでスタイリッシュにお出かけできますよ」とお伝えしたいですね。この快適さは体験していただけるのが1番わかりやすいので、ぜひ一度お手に取っていただけるとうれしいです。