毎日のお洗たく。汚れがすっきりと落ちて、ふわっと、しゃきっとした肌触りがよみがえると何ともうれしい気持ちになる。


そしてさらに、お洗たくするたびに、汚れを落としやすくなるとしたら。

これは、花王の衣料用洗剤『アタック ZERO』に採用された、繊維の表面を親水化して皮脂汚れを落ちやすくするセンイ改質技術AC-HEC(エーシーヘック)の開発・生産に奮闘した花王の研究員たちのエピソードである。

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“繊維に汚れをつきにくく、落としやすくする”ことができる? 

~0から1を生み出す、研究開発

衣類の汚れといって思い浮かぶのは、子供の食べこぼしや靴下の泥汚れだろうか。

しかし実のところ、肌に触れる衣類の汚れでくせ者なのは、体から出る皮脂。この皮脂汚れ、形状記憶や保温効果などのある化繊(ポリエステルなど) でできた肌着やシャツなどには付きやすく、日ごろのお洗たくでもなかなか落とし切れないのだ。

お洗たくで、衣類に汚れをつきにくく、落としやすくする?! 0を1に、1を∞に。モノを生み出して届ける仕事


 そこで、始まったのが“繊維に汚れをつきにくく、落としやすくする技術開発”というミッション。

花王のマテリアルサイエンス研究所の研究員、齋藤隆儀が注目したのは「木綿は、化繊と違って汚れが落としやすい」ことだった。

なぜ木綿は汚れが落としやすいのか?

花王の得意とする界面(物質と物質の境目)科学に着目すると、その理由は繊維の表面の性質にある。木綿の表面は、水になじみやすく油をはじく性質を持っているのだ。

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 だったら、化繊の表面を木綿のようにする、つまり、洗たくの際に水になじみやすい性質で化繊の表面の状態をかえて、油をはじく性質をつくれたら、汚れが落としやすくなるのでは?!

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 齋藤が相談を持ち掛けたのは、同じ研究所で同期入社の伊森洋一郎。入社以来ずっと木綿と同じ植物由来素材(セルロース)の有効活用を研究テーマとしていた伊森は、この発想にいたく共感。齋藤とともに、実現できるかどうか保証もない研究を自己裁量で可能な研究テーマとしてスタートさせた。


 洗濯の最重要ポイントは汚れを落とすこと。だから洗剤には、衣類の表面やすき間に入り込んだ汚れを繊維から引きはがす界面活性剤が入っている。そのなかで、表面の性質をかえる成分だけを化繊の表面に残すという検討は困難を極めた。

 そうして2年かけてつくりだしたのが、AC-HEC(エーシーヘック)という繊維改質成分。

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 それは、セルロース由来の原料に、化繊に残すための2つのパーツを化学合成によって付加したもの。洗剤の中にあっても洗い落とされることなく、衣類などの化繊表面を“親水化”して、皮脂などの油汚れをつきにくくさせ、落としやすくする、まさに次世代の機能が誕生した。

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AC-HECを生活者に届ける ~1から∞をつくる工業生産の道のり

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完成したAC-HECは、その価値を期待され、花王主力の衣料洗剤『アタック ZERO』に使われることが決定。実用化に向けた一大プロジェクトが発足した。そして、2018年にメンバーに加わったのが矢野貴大(マテリアルサイエンス研究所)。課せられたミッションは、実験室で完成したAC-HECを“確実に作る”ための技術開発である。

最初の壁は、セルロース由来の原料にあった。

セルロースは、環境配慮の観点から注目されている素材だが、品質にブレがあることが弱み。
採れた山、木の微妙な違いによっても、できるAC-HECの性能に差がでてしまうことがあった。

矢野らは、同じセルロース由来原料を数十個取り寄せ、片っ端から実験。原料の品質ブレが影響しない製造方法にたどり着いた。



花王の研究員の仕事場は実験室にとどまらない。
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「汚れが付きにくい」という価値をお客さまにお届けするには、一度にたくさん、問題なく生産することが必須。工業生産の技術開発は、例えるなら、レシピをもとに、10,000人分の料理をおいしく一度に作る方法を開発する、というとイメージしやすいかもしれない。

 
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 100回中1つでも成功したら御の字の研究の世界と、100回製造して100回成功が当たり前の工業生産の現場はまるで違う。“確実に”のプレッシャーに拍車をかけたのは、今回、検討にかけられる時間が圧倒的に少ないという事情もあった。

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こういうとき大切なのは、起こりうるトラブルを想像する力、そして、「もしかしたら」の気持ちを切らさず精緻な実験を重ねることのできる忍耐力である。



 投入する原料の量や温度は、どのぐらいの誤差なら生産に悪影響がないのか?実験室と工業生産で違う点はどこか?

矢野ら研究メンバーは、その具体的な答えを見つけるため、さまざまな条件を少しずつ変えながら実験を繰り返した。その回数は、600回以上にも及んだという。

そうこうするうちに、本格生産に向けた新しい生産設備が完成。


さまざまな工程を経てできたAC-HECは、フィルターでろ過して生産完了となる。

満を持して臨んだテスト生産1回目は成功。



 しかし、2回目、フィルターが目詰まりしたとの連絡が入る。矢野ら研究員が現場に向

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かうと、1回目の生産では見られなかった塊がフィルターの上に残っていた。

実は矢野らは600回にも及ぶ事前の検討のなかで、連続してAC-HECを製造すると、容器に残ったAC-HECが次の製造の際に水に溶けない小さな塊として残る現象を確認していた。

「フィルター上の塊はこれだ!」

ちなみに、その量は完成量のわずか0.001%。事前検討をしてなかったら、解決に相当の時間を要する大きなトラブルにつながっていただろう。

100発100中でAC-HECを工業生産できるめどが立ったのは、本格的な生産スタートのわずか1カ月前であった。

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 こうして、AC-HECは初代『アタック ZERO』に配合され、繊維の表面を親水化して皮脂汚れを落ちやすくするという価値をお客さまに体験していただけるようになった。

そして、今年2021年。さらにバージョンアップして、皮脂だけでなく粒子(泥など)汚れが、お洗たく中に繊維につきにく、汚れ戻りしない、という進化も遂げた。

 「AC-HECはこの後も進化します!今はその研究の真っ最中。
自分の携わる研究が皆さまの役に立てるという実感は、研究者冥利に尽きますね。(矢野)」
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