■社員こそが最大の経営資産。AXを経営施策に

日立ソリューションズは、日立グループにおけるデジタル事業をけん引する中核企業です。
高度なソリューション・サービスを支えているのは、技術と経験を備えた「社員」であり、同社にとって社員こそが最も重要な経営資産です。

こうした考えのもと、同社では2024年度より、AX(AIトランスフォーメーション)を経営施策として全社的に推進しています。人事、調達、営業、開発など、さまざまな業務領域でAIエージェントの適用を進め、業務効率化を図ってきました。

その中心的な役割を担っているのが、AIトランスフォーメーション推進本部 AX生産技術部 AI業務改革グループ グループマネージャの白子哲さん、技師の向井明代さんたちが所属する業務革新統括本部です。業務革新統括本部には200人以上の社員がおり、全社AX推進の中核組織として位置付けられています。統括本部長であるCIO※がAX推進のトップを務め、現場改革をけん引してきました。

一方で、業務革新統括本部では、効率化とは別の視点からAI活用を模索していました。それが、「経営や組織の方針の浸透」や「社員のエンゲージメント向上」といった、人的資本経営を強化するためのAI活用です。

企画・開発を担当した向井さんは、現場に近い立場から役員AIエージェントが誕生するきっかけになった背景をこう振り返ります。

「若手社員や異動してきたメンバーから、『自分が担当する業務と組織方針のつながりがわからない』『CIOは何を大事にしているのか』と聞かれる場面が増えていました。一方で、役員に直接聞くのは心理的ハードルが高く、結果として理解が追い付いていないケースも少なくなかったと感じています」

こうした問題意識は、白子さんの考えとも重なっていました。

「業務効率化だけでは、組織は強くなりません。
社員一人ひとりが、自分の判断が組織の方針のどこにつながっているのかを理解し、納得感を持って行動できる状態をつくることが重要だと考えました」

そして、この課題に対する一つの答えとして示されたのが、CIO自らの提案による役員AIエージェントの活用でした。

※CIO:Chief Information Officer

■判断のスピードが、組織の競争力を左右する時代へ

地政学的リスクの拡大、AIの急速な進化、顧客ニーズの多様化などにより、企業を取り巻く環境は先行きを見通すことが難しい時代になっています。こうした状況の中で企業に求められているのは、現場が自律的に判断し、アジャイルに行動できる組織運営です。

SIベンダーである日立ソリューションズにとっても、開発モデルやビジネスモデルの再構築は避けられないテーマでした。その中で課題として浮かび上がってきたのが、経営判断や組織の方針をいかに速く、的確に現場へ届けるかという点です。

従来、会社方針は役員から管理職、そして担当者へと階層的に伝えられてきましたが、変化のスピードが加速するビジネス環境では、現場が判断に迷った際、その都度上位の意図を確認する必要が生じ、結果として組織の意思決定に時間を要する場面も増えています。

さらに、新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに浸透した在宅を中心とする働き方により、CIOと若手社員との物理的な距離が広がりました。組織の規模が大きくなるほど、CIOの考えや人となりに直接触れる機会は限られていきます。

白子さんは次のように語ります。

「本来であれば、CIOが社員一人ひとりと直接対話し、相互理解を深めることが理想です。ただ、組織規模の拡大や働き方の変化により、直接対話の機会にはどうしても限りが出てきました。役員AIエージェントは、役員との対話を代替するものではなく、対話に必要な『前提となる理解』を深めるために開発されました。
社員は、AIを介して役員の考え方をあらかじめ理解することができますので、実際の対話や行動はより質の高いものへとつながっています」

向井さんも、この取り組みが「AIありき」ではなかった点を強調します。

「今回の役員AIエージェントは、AIを使うことが目的ではありませんでした。まず『組織内コミュニケーションの質をどう高めるか』という問いがあり、その解決手段としてAIを活用することで実現できるのではないかという判断に至りました」

開発にあたっては、CIOの全面的な協力のもと、中期経営計画や年度方針、過去の会議資料や議事録、イントラやMicrosoft Teamsでの発信内容など、公式情報を中心にAIへ学習させました。さらに、組織体制の改編時にはその理由や背景をインタビュー形式で取得し、学習データとして丁寧に反映しています。特にこだわったのが、「正解を返すAI」ではなく、「役員らしく振る舞うAI」をめざした点です。

「AIを『判断する存在』にしてしまうと、人が考えなくなってしまいます。私たちは、AIを『関係性をつなぐ存在』として設計しました。CIOの考え方や価値観を共有し、判断の土台をつくることが役割です」(向井さん)

そのため、性格診断や個別インタビューを行い、口調や思考の癖といった「その人らしさ」まで再現する工夫を重ねました。



AIエージェントが、CIOの経営方針説明や資料レビューをアシスト ~従業員サーベイのコミュニケーションやリーダーシップのスコアが伸長し、人的資本経営にもAIを有効活用~
業務革新統括本部 AIトランスフォーメーション推進本部 AX生産技術部 AI業務改革グループ

左:グループマネージャ 白子哲・右:技師 向井明代

■2つの役員AIエージェントが完成。「怖いくらいそっくり」と話題に

こうして完成した役員AIエージェントは、目的の異なる2つの形で運用されています。

①方針説明やCIOの考えが聞けるAIエージェント(2025年3月運用開始)

2025年3月、まず運用を開始したのが、主任や担当者など、普段、CIOと話す機会が少ない社員向けのAIエージェントです。組織方針やその背景を対話形式で確認でき、自分の業務にどう活かすかを考えることを目的としています。



AIエージェントが、CIOの経営方針説明や資料レビューをアシスト ~従業員サーベイのコミュニケーションやリーダーシップのスコアが伸長し、人的資本経営にもAIを有効活用~


役員の考えや方針をAIで可視化し、社員との対話を補完する仕組みを示した図

②CIO視点で資料をレビューするAIエージェント(2025年9月運用開始)

続いて2025年9月には、CIOの視点で資料をレビューするAIエージェントの運用がスタートしました。たとえば、企画書の構成や論点整理、経営方針との整合性についてAIに事前確認することで「どの観点が足りないのか」などを整理した上で本番のレビューに臨めるようになっています。いきなり本人に相談するのではなく、事前にAIに壁打ちすることで、資料の完成度を高める狙いがあります。

これらのAIエージェントを実際に使った社員からは、「口調までそっくりで、CIOそのものすぎて怖い(笑)」といった声も上がっています。再現度の高さが話題になるほど、CIOの判断軸が身近なものになっています。

向井さんは、使われ方の変化について次のように話します。

「以前は、資料を探したり、人に聞いたりすることに時間がかかっていましたが、『まずAIに聞いてみよう』という行動が定着しつつあります。方針の背景がわかった状態で動けるため、その後の業務もスムーズになっていると感じています」

現在、業務革新統括本部の約半数の社員が利用しています。

また、「飲みに誘ってもいいですか?」といったこれまで本人に直接聞きづらかったことや、好きな食べ物、リフレッシュ方法などプライベートな質問についても、AIを通じて確認する社員も現れています。こうしたやり取りをきっかけに、実際の対話や相談へと発展するケースも生まれており、役員と社員の距離を縮める補完的な役割を果たしています。

AIエージェントが、CIOの経営方針説明や資料レビューをアシスト ~従業員サーベイのコミュニケーションやリーダーシップのスコアが伸長し、人的資本経営にもAIを有効活用~
役員AIエージェントとのやり取り(質問内容)のキャプチャー画像



■役員AIエージェントの活用の“効果”と、これから

 日立ソリューションズの役員AIエージェントの特長は、一般的なAIとは異なり、対象者の性格や思想、口調など、人となりをリアルに表現していることです。開発においては、社員が組織方針の内容を理解するだけでなく、その裏にある思いを知ること、プライベートな情報も答えることで共感できる関係性につなげることをめざしました。



業務革新統括本部の2025年度の従業員サーベイでは、「経営層のリーダーシップ」「コミュニケーション」の項目が前年比で大きく向上しました。役員AIエージェントは、方針理解とコミュニケーションの質を高める一因となっています。「人と組織の絆を、テクノロジーで太くする」というアプローチによって、役員の知見を社員に継承し、組織内の意思決定のスピードを向上させることで、変化に強いしなやかな組織にすることができると考えています。他の事業部長からも関心が寄せられており、今後は役員AIエージェントの開発・展開が広がる予定です。

日立ソリューションズでは、カスタマーゼロ戦略として、業務や目的に応じてさまざまなAIを自社で活用し、最適なAIを選択できる環境づくりを進めています。今回の役員AIエージェントを実現しているオルガナイズ社の「Alli LLM App Market」をはじめ、マイクロソフト社のMicrosoft 365 Copilot、Google社のGeminiなど、お客さまに提供し、実績を有する複数のAI基盤を利用可能とし、多様なニーズに柔軟に応えられる体制を整えています。

さらに日立ソリューションズでは、グループ会社も含め、社員がAI活用のアイデアや事例を応募するアイデアコンテストを2025年に開催し、1,800件を超える応募が集まりました。単なるアイデアの提案にとどまらず、実際の業務、開発工程で活用できる水準にまで作りこまれたAIエージェントが数多く生まれています。中でも、開発プロセス全体にAIエージェントを適用し、実務での成果が確認された取り組みが社長賞を受賞するなど、挑戦を後押しする文化づくりも進んでいます。

最後に白子さん、向井さんは、今後の展望を次のように語ります。

AIエージェントが、CIOの経営方針説明や資料レビューをアシスト ~従業員サーベイのコミュニケーションやリーダーシップのスコアが伸長し、人的資本経営にもAIを有効活用~
「会社として社会課題の解決に取り組む中で、役員や管理職層が日々の意思決定の中で培ってきた暗黙知は、企業にとって重要な財産だと考えています。こうした知見はAIを活用することで、言語化され、経験の浅い社員でも再現できるものになります。
経験の少ない次世代の社員の判断をサポートし、業務効率化や事業創出など、さまざまな成果につなげられるAIエージェントを増やしていきたいと考えています」(白子さん)

AIエージェントが、CIOの経営方針説明や資料レビューをアシスト ~従業員サーベイのコミュニケーションやリーダーシップのスコアが伸長し、人的資本経営にもAIを有効活用~
「AIを使いやすくするだけでなく、資料や情報を“AIフレンドリー”に整えることも大切です。そのような環境が整うことで、AIは業務の延長として自然に使われるようになり、仕事の進め方や判断のスピード・質も変わり、DXが着実に進んでいきます。AIを活用して人財不足を補いながら、知識やノウハウを組織に蓄積・継承できるようになるため、価値を継続的に創出できる基盤が整います。このようにして、企業としての持続力を高め、社会やお客さまから信頼されるSXの実現へとつながっていくのだと考えています。」(向井さん)

AIを安心して便利に使える技術とノウハウとして磨き上げ、それをお客さまや社会へ提供していく。役員AIエージェントは、その第一歩であり、日立ソリューションズがめざす組織づくりや人財活用の方向性を示しています。
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