タキイ種苗が初めて発表した単為結果ナス「PC筑陽」(2017年)

 ナスの栽培は歴史が古く、多様な果形や肉質が特徴の在来種が各地方に定着しています。栽培方法によって産地が異なり、露地栽培は在来種の多い新潟県を筆頭に全国各地で行われています。

一方でナスの年間出荷量の多くを占め、高い反収を誇るハウス栽培では、促成栽培を行う高知県、熊本県、福岡県、佐賀県、岡山県、愛知県、半促成栽培を行う群馬県、埼玉県、大阪府などが有名です。

 このような産地が抱える課題の一つに、生産者の高齢化や後継者問題などによる人手不足があげられます。さらに、ハウス栽培を中心に全労働時間の3割にも上るホルモン処理がナス生産の大きな負担になっているのです。

 タキイ種苗は2007年に発見した単為結果性(※1)をもつ育種素材を使って、ホルモン処理のいらない品種の開発を行ってきました。今回は単為結果性を備えたナス「PCシリーズ」(※2)の品種開発の裏側と産地との歩みについてご紹介します。

※1 単為結果‧‧‧受粉しなくても果実が肥大することをいう。

※2 PC‧‧‧単為結果の英語Parthenocarpyにちなむ。

ハウス栽培に欠かせなかったホルモン処理

 ハウス栽培には夏に定植し翌年6月まで収穫する促成栽培と、冬に定植し秋まで収穫する半促成栽培があり、栽培期間には低温や高温といったナスの生産が難しい環境も含まれます。

 ナスは気温が低いと花が咲いても花粉の活性が落ちるなどの理由で結実しないため、人工の植物ホルモンを花に噴霧するホルモン処理という作業を行います。この処理を行うと安定して着果肥大し、質のよいナスが収穫できるようになります。具体的には、オーキシンという植物ホルモンを含む着果促進剤をスプレー容器に入れ、天気のよい日に花にだけ噴霧します。このとき、成長点にかかると生育を抑制してしまうためナスの株全体に噴霧することができず、1花ずつ噴霧する必要があり非常に手間がかかるのです。

ナス栽培の未来を変えた一瞬の“気づき”‐単為結果品種誕生と産地との歩み‐


1花ずつ行うホルモン処理はナス生産の作業時間の3割を占める

 秋から冬は、ナスの生育が緩慢なためホルモン処理作業が間に合いますが、春以降は生育が早くなり花数が増加するためホルモン処理を含めると管理作業に手が回らなくなってきます。

それを補うために受粉用のハチが利用されることが多いのですが、人によってはハチアレルギーなどの危険性も伴います。

ナス栽培の未来を変えた一瞬の“気づき”‐単為結果品種誕生と産地との歩み‐


ハチ利用によるホルモン処理の省力化は、ハチアレルギーや薬剤散布のしにくさを伴う

理想のナスを追い求めて

 新たな品種開発のために「どんなナスがあったら喜ばれるか」と目標を探していました。 “収穫サイズで果実の肥大が止まる”“日もちする”“トゲのないナス”…などさまざまな“あったらいいな”を掲げていました。その中で、当時の育種担当者は過去にキュウリの開発を担当していた経験もあり、ナスもキュウリのように単為結果したら楽だなと思いを巡らせていました。しかし、単為結果性をもつナスは簡単には見つからず、「単為結果性をもつ育種素材はないか」と常に考えながら畑に出て観察を続けたのです。

 1990年代、ヨーロッパで米ナスの「Talina」という単為結果性をもつナスが開発されたというニュースが舞い込んできました。自社でも2000年代に入り「Talina」の単為結果性を使った品種育成に取り組もうとしました。しかし、「Talina」がもつ単為結果性は求めるレベルに達しておらず、当時の試験では単為結果率が50%にも届かない程度で収量も目標には程遠いものだったのです。他社でも「Talina」を元に日本向けの単為結果品種が育種されましたが、単為結果率や果実品質が求められるレベルに及ぶものはありませんでした。

追い求めた素材の発見

 当時の育種担当者はタネまきから栽培、栽培後の片付けに至るまで畑に張り付くように観察しながら、よい育種素材がないか探し続ける日々。当時はさまざまなタイプのナスのトゲなし化に取り組んでいたときで、既存品種をトゲなしにしようと育成していました。

 2007年のある日、トゲなし化の育成途中の個体の中で非常に着果がよい1つの素材に目が留まりました。その素材は交配用に花に袋をかけていたにもかかわらず、果実が膨らんでいたのです。通常は1株あたり5つの花に袋をかけても1つくらいしか実がつきません。
しかし、発見した素材はほぼすべての花が結実していたので、ピンッ!ときました。

ナス栽培の未来を変えた一瞬の“気づき”‐単為結果品種誕生と産地との歩み‐


【左】育成担当者は目標や素材をイメージしながら畑に植えたナスを観察。唯一の単為結果素材を見逃さなかった(写真はイメージです)

【右】育種素材として新たに発見した実際の単為結果ナスの植物体の様子

 そこで翌年の春作では、見つけた育種素材の単為結果性を確かめました。通常の露地栽培では虫媒により実がついてしまい、単為結果性の有無がわかりません。そこで、開花前の蕾(つぼみ)のめしべを折り取ることで確認しました。単為結果性をもっている場合はめしべを折り取っても実が膨らみ、もたなければ落花して実がつかないからです。その結果、見つけた素材は、めしべを折り取った花で果実が肥大しており、高い単為結果性を示すことが確認できたのです。その後の反復試験においても、ほぼ100%着果することが証明されました。

トゲなしと単為結果性の両立

 次の課題はトゲなし化と単為結果性の両立でした。育苗時にトゲの有無を目視で確認しながら選抜していました。トゲなしの形質は遺伝的に潜性(※3)のため、通常の4倍の苗数が必要となり膨大な労力がかかっていたのです。さらに単為結果性も遺伝的に潜性のため、トゲなし化と単為結果性の両立はとても骨が折れる育種でした。

 また、「なぜ単為結果するのか」「原因遺伝子は何であるのか」を特定するために国の研究機関と共同研究を進め、単為結果性の原因となる変異型遺伝子pad-1を突き詰めることに成功しました。
これにより単為結果性を判別するDNAマーカーを開発し、育成にかかる時間の大幅な短縮につながりました。

ナス栽培の未来を変えた一瞬の“気づき”‐単為結果品種誕生と産地との歩み‐


未受粉(柱頭除去処理)の果実の単為結果突然変異(※4)系統「PCSS」(左)、

非単為結果F1品種「千両二号」(右)の比較 (写真提供:農研機構)

 先述の通り、遺伝的に潜性であるトゲなしと単為結果性の両方をもつ品種の育成はとても労力がかかります。両方の特性をもちつつ、果形など他の特性についてもよいものを選ぶ。この過程を繰り返しながら果形のよい特性(首が太い、形のバランスがいい、曲がりが少ない、テリがいいなど)を優先して選抜を重ね、2017年に自社で初めてとなる単為結果性をもつナス「PC筑陽」が誕生したのです。

ナス栽培の未来を変えた一瞬の“気づき”‐単為結果品種誕生と産地との歩み‐


九州の各産地で導入されている2017年発表の「PC筑陽」



※3 潜性‧‧‧遺伝で次の世代ではその性質が現れないこと。またその性質。旧称の劣性と等しい。

※4 突然変異‧‧‧DNAの塩基配列が変化することによって生じ、遺伝子の機能が変化することがある。自然に発生するものを自然突然変異、外部要因によって誘発されるものを誘発突然変異(もしくは人為突然変異)に分けられる。今回の変異は自然突然変異。

インフォメーション(2015年)

ナスの受粉作業を省くことをができる遺伝子を発見!~今後、トマト、ピーマンへの応用も~

産地導入までの道のり

 品種化に至るまでには主要な産地で試験を重ねて特性を確認します。「PC筑陽」に関しても同様で、最初の試作は単為結果ナスの特性を説明しても、ほとんどの生産者が単為結果ナスの栽培が初めてで既存品種との生育の違いにとまどうことは想定していました。

 そんな中、最初に作りこなしたのは佐賀県の生産者の方でした。
「PC筑陽」に合うハウス管理温度や潅水、摘果、摘葉、収穫のタイミングなど、試行錯誤の中で現地での特性を把握することに成功しました。特性が発揮された試作ができたことで次年度の拡大試作につながり、九州のハウスナスの大産地である福岡県や熊本県の関係者にも佐賀での試作を見学してもらえたことが産地導入への弾みとなったのです。

 福岡県のJAふくおか八女管内においては、ハウス1棟分の試作を依頼。1棟単位で、早めの追肥や1段目の摘花など「PC筑陽」に合った育て方で試作していただくことができたおかげで、JAふくおか八女のデータをもって福岡県全体と熊本県での試作、導入への道筋ができていきました。

佐賀県JAさが

単為結果長ナス「PC筑陽」の導入率は70%を超える

福岡県JAふくおか八女

省力化で秀品率高い「PC筑陽」で色つや食味抜群の「博多なす」を安定して出荷

熊本県JA熊本市

冬春ナスで県内トップの生産量を誇るJA熊本市「熊本長なす」を支える「PC筑陽」役割

「PCシリーズ」の拡充

 促成栽培で生産量が多い産地は九州のほかに高知県があります。先述の通り、九州には産地関係者の協力とともに導入が進み、次は高知だ‧‧‧というのは自然な流れでした。さらに、ハウス半促成栽培の多い関東の産地にもねらいをつけました。高知も関東も当時はハチ受粉での栽培方法が十分に普及しており、単為結果性をどれくらい有益と思ってもらえるか不安がありました。ハチを利用した栽培の場合、定植直後と冬季のみの最小限のホルモン処理で対応しており、そこまでホルモン処理を負担に感じていないかもしれないと思っていたからです。

 そのような懸念がありながらも、「PCシリーズ」の育種を進め2021年に「PCお竜」、2022年に「PC鶴丸」を発表しました。

ナス生産量日本一の高知県「PCお竜」の導入

 高知県を代表する特産野菜のナスは、温暖な気候と豊富な日照量を生かし、ハウス促成栽培(収穫期:10月~翌6月)が盛んで、冬春期は日本一の出荷量を誇ります。1980年ごろより導入された極早生品種の「竜馬」の作付けが最も多くなっていました。

 「PCお竜」の導入当時、単為結果性をもたない慣行品種の栽培の「省力化」を目指して、既にマルハナバチの利用が定着していました。しかし、マルハナバチも生き物ゆえに管理には注意を払う必要があったため、ナスの病害虫の発生が見られてもハチへの影響が心配で薬剤による消毒が容易にできませんでした。


 その点、ハチを使わない単為結果ナスの「PCお竜」は、予防や発生初期からの薬剤散布が可能だったため、精神的な負担も軽減されました。

ナス栽培の未来を変えた一瞬の“気づき”‐単為結果品種誕生と産地との歩み‐


高知県で導入されている「PCお竜」

長卵形のナスの中でも枝の発生と花数が多く回転が速いことが特長

低温期でも安定していた単為結果性

 「PCお竜」の開発段階では、九州での単為結果ナスの導入実績を踏まえ、管理温度が九州のハウス栽培と近い全体の7割を占める加温ハウスへの導入を目指していました。しかし、実際は残り3割の無加温ハウス栽培でも安定する単為結果性をもっていたことがわかったのです。無加温ハウス栽培では夜温は約8℃を下まわらないよう管理していますが、極端に強い寒波が来ると氷点下になり、ハウスのまわりにある葉は寒さで焼けてしまうほど。そのような過酷な環境でも単為結果性は安定しており、正常な果実が収穫できたのです。当時、関係者の方々に「PCお竜」に適した栽培試験をしていただいたおかげで、現在でも安定した単為結果性を発揮しています。

高知県安芸市

冬春ナス主力品種「竜馬」登場から40年、単為結果の「PCお竜」へ進化

群馬県半促成栽培への挑戦

 群馬県はナス生産量関東1位、全国でも3本の指に入るナスの出荷量を誇ります。ハウスを使用した半促成栽培と露地栽培がうまく組み合わされている長期出荷の産地です。九州や高知の促成栽培同様、ハウスを利用した栽培では着果を安定させるためにホルモン処理とミツバチが使用されていました。また、ハチアレルギーの生産者を中心に既に一部単為結果性をもつ品種の導入もされていました。しかし、当時導入していた単為結果品種は収量が既存品種(非単為結果性)の7~8割程度で、果色が淡くなりやすいなどの課題があり、大幅な導入には至っていなかったのです。

 それに対し「PC鶴丸」は群馬県内でそれまでに導入されていた単為結果品種と比べて、果実品質が既存品種(非単為結果性)と比べても遜色がなく、出荷ロスが少ないことが確認されました。そして、ホルモン処理やミツバチの管理の手間やコストが不要で、ハチアレルギーの心配がないことなどが評価され、現在では広く使用されるまでになっています。

高温条件下でも安定していた「PC鶴丸」

 冬春産地との端境期に当たる6月は暑さが厳しさを増す時期でもあり、これまでの単為結果品種は外気温が高くなる6月ごろから収量が低下しやすかったのに対し、「PC鶴丸」では収量が落ちませんでした。

ナス栽培の未来を変えた一瞬の“気づき”‐単為結果品種誕生と産地との歩み‐


図.JA全農ぐんまで実施されたナス半促成栽培品種比較試験による総収穫果数の推移(2020年JA全農ぐんま園芸作物実証圃場、他品種A、Bはn=60、PC鶴丸はn=30で収穫果数を2倍し比較)

 6月以降の盛夏期でも草勢が維持されていれば、「PC鶴丸」は安定して着果し収穫できていたため、既存品種(非単為結果性)より収量が上がったという声もあったといいます。


 「PC鶴丸」を使うことで、これまで暑くてミツバチが飛ばない時期や、ホルモン処理の作業ができない時期でも収量が落ちにくいことが、産地の安定生産に寄与しています。

ナス栽培の未来を変えた一瞬の“気づき”‐単為結果品種誕生と産地との歩み‐


【左】群馬県で導入されている「PC鶴丸」

【右】盛夏期のハウス内温度は40℃を超えることもあるが、「PC鶴丸」の着果性は安定していた

群馬県JA伊勢崎/JAにったみどり

ハウス栽培で単為結果ナスが好評「PC鶴丸」の導入で積極的に「楽」しませんか。

露地栽培での活用の期待

 近年の猛暑の影響は露地栽培でも同様です。例年、露地の出荷量が増える6月以降はナスの市場価格は下がりますが、2025年の夏は猛暑の影響で市場流通量が落ちたため、単価が上がりました。平年の夏の暑さであれば、花に虫が来て受粉し果実が肥大していましたが、近年の夏の暑さでは虫も来ず受粉しない、受粉しても正常に果実の肥大が進まないなどの問題が出てきているのです。

 そんな中、「PC鶴丸」は2025年のハウス半促成栽培の高温条件下でも収量が安定していたといいます。露地栽培はハウス栽培と異なり、それに耐えうるスタミナなどの耐暑性が必要となりますが、夏の厳しい暑さが常態化した昨今、高温条件下でも着果が安定する「PC鶴丸」を露地栽培でも生かそうと試験が進んでいます。

栽培‧収量安定にむけて

 「PCシリーズ」は、ナスの生産にかかる労力やコスト、精神的不安などの課題を解決する手段として、ハウス栽培を中心とする主要なナス産地に導入が進んできました。産地や生産者の方々にとって品種を変えることは収量や果実品質低下のリスクが伴います。紹介した「PCシリーズ」は、果実が安定してつく反面、着果負担による草勢の低下など、栽培の仕方により非単為結果品種と比べて収量が落ちるリスクを抱えていました。現在では関係者の方々のご協力やご尽力によって、「PCシリーズ」の特性を理解し、品種能力が十分に発揮されるように工夫がなされています。今もなお栽培における改善は進み、過度な着果負担をかけず草勢が低下しないような肥培管理や収穫方法、BS資材の活用など作型や栽培地域に適した栽培管理がされています。

 2007年の単為結果素材の発見以降、地道な観察に加えDNAマーカーを駆使しながら開発が進んだ単為結果ナス「PCシリーズ」。生産地で発生している次なる未解決の課題に向け、新品種の開発を進めていきます。

タキイ種苗コーポレートサイト:https://www.takii.co.jp/
編集部おすすめ