日々、研究開発・本社スタッフ、営業などそれぞれの現場で働く社員の想いを、製品やサービスという形に結びつけるための取り組みだ。
この制度から実際に製品化へとつながった例の一つが、2025年8月に新発売した「ミノンリンスがいらない薬用ヘアシャンプー」(販売名:DSシャンプーRW、医薬部外品)である。
「泡で出て、リンスをしなくても、子どもの髪が絡まらないシャンプーがほしい」――。
社員の「生活者」としての気づきから生まれたこのアイデアは、一見するとシンプルだが、製剤としては非常に難易度の高い挑戦だった。
その製品化を担ったのが、研究本部 H&B研究所で製品化研究を担当する廣田梢だ。
研究者としてこのアイデアに向き合いながら、同時に一人の母親としても強く共感し、試行錯誤を重ねてきた。
本記事では、社員の声を起点にしたこの製品が、どのような議論と検証を経て形になったのか、そして廣田が向き合った“処方設計の難しさ”について、開発の裏側から紹介する。
―「それ、簡単ではありません」──最初に感じたハードル
廣田が最初にこのアイデアの相談を受けたのは、2021年にさかのぼる。その年のイノベーションアワードに向けて、ある研究担当が「泡で出て、しかもリンスがいらない子ども用シャンプー」を提案テーマとして構想していた。
泡タイプであること、子どもの髪が絡まらないこと。ベビー用を卒業して大人用を使うまでの間に、子どもが使えるシャンプーがほしい。
生活者視点では魅力的だが、処方設計の観点では難易度が高い。その実現性について、ヘアケア製品の処方設計を得意とする廣田に意見を求めたのだった。
廣田が最初に伝えたのは、期待を持たせる言葉ではなかった。
廣田:正直に言うと、“簡単ではない”というのが最初の感想でした。
泡で出るシャンプー容器には、液体と空気がメッシュを通ることで泡として吐出される構造がある。このメッシュが取り付けられている構造は、やさしい泡で洗えるという大きな利点がある一方で、処方によっては詰まりやすいという制約も抱えている。
そこに、髪の絡まりを防ぐためのコンディショニング性を持たせようとすると、技術的なハードルは一気に上がる。
廣田:一般的なシャンプーで使われているコンディショニング成分と同程度の量を入れると、ほぼ確実に容器が詰まってしまいます。泡で出て、しかも絡まらない。その両立は、想像以上に難しいものでした。
一方で、廣田自身、母親としてこの提案に強い共感を覚えていた。
子どもの入浴時間を少しでも楽にしたい。親の負担を減らしながら、子どもが心地よく使えるものを届けたい。その思いは、研究担当が描いていた生活者像と重なっていた。
廣田:製剤化が難しいとは思いましたが、だからこそ“挑戦する価値がある”とも感じました。
こうした率直な意見交換を経て臨んだ2021年度のイノベーションアワードで、この「泡で出てリンスがいらないキッズシャンプー」の提案はグランプリを受賞する。
結果を知ったときの喜びを、提案者の研究担当と廣田は分かち合った。
そしてこの受賞をきっかけに、アイデアは机上の構想から、実際の製品化へと動き出す。
処方開発は本格フェーズへと突入し、技術的な制約と生活者価値をどう両立させるかという、試行錯誤の日々が始まった。
―距離の近さが、試作を“二人三脚”にした
この開発が前に進んだ背景には、もう一つ大きな要因があった。提案者である研究担当と製品化研究を担った廣田が、同じ研究所に所属し、日常的に顔を合わせられる距離にいたことだ。
さらに二人には、同じ年齢くらいの子どもを育てているという共通点もあった。
「子どもが自分で洗うなら、泡じゃないと難しい」「翌朝の絡まりが本当に大変」――。
そうした実感は、会議の場だけでなく、日々の何気ない会話の中でも自然に共有されていた。
廣田:技術的には難しいと分かっていても、生活者としての実感が自分の中にもあったので、“何とかしたい”という気持ちは同じでした。
処方を試すたびに、二人は意見を交わした。
「洗っているときも絡まりにくく、朝もお手入れがしやすいような仕上がりを目指したい」「子どもが嫌がらずに使えるようにしたい」。
この意見交換は、廣田にとって処方を詰めるための重要なヒントになっていった。
「ここ、もう少し指通りを良くできないですか」
「この処方だと、泡はいいけど絡まりが気になるかもしれないですね」
そんなやり取りを重ねながら、二人はまるで二人三脚のように試作と評価を進めていった。
廣田:(提案者と)距離が近かったのは大きかったと思います。思いついたことをすぐ相談できて、その場で『じゃあ次はこうしてみよう』と話せた。一人で考えていたら、ここまで粘れなかったかもしれません。
こうして、近いところでやり取りを重ねながら、処方検討は進んでいった。
ただ、その過程で常に立ちはだかっていたのが、処方設計そのものの前提条件だった。
敏感肌向けスキンケアブランドである「ミノン」の製品開発では、成分の性質や相性を丁寧に検討する必要がある。そのため、処方設計において使用できる原料や組み合わせには自然と選択肢が限られることもあるのだ。
今回のように、「リンスを使わなくても髪がさらっとまとまる」という機能をシャンプー1本で実現しようとすると、その制約はさらに効いてくる。
泡立ち、洗浄力、髪の指通り、頭皮への負担感の少なさ。
どれも欠かせない要素だが、ひとつを強めれば、別のひとつが成り立たなくなる。
製剤としての難易度は、確実に上がっていった。
それでも、この前提条件を緩めるという判断は取らなかった。
制約を避けるのではなく、その中で成立させる。
今回の開発は、そうした「条件付きの挑戦」を引き受けるところから始まっていた。
―264通りの処方。「あと一歩が遠かった」
検討は、探索的な段階から始まった。どの成分を、どの組み合わせで、どの量入れるのか。泡立ち、洗い流しやすさ、指通り、朝のお手入れのしやすさ ――評価すべきポイントは多岐にわたる。
どれか一つを立てれば、別の要素が崩れる。
コンディショニング性を高めれば詰まりやすくなり、詰まりを回避すれば髪が絡まる。その繰り返しだった。
廣田:“よさそう”と思った処方でも、実際に洗ってみると、思った通りにならないことが多くて。
検討された処方は、実に264通り。
その大半は、「あと一歩届かない」ものだった。
評価は、毛束を使った試験だけにとどまらない。
常温だけでなく、高温・低温、一定期間使わずに置いた状態、浴室乾燥を使用するケースなど、家庭で起こりうる状況をできる限り再現しながら、ポンプの通りやすさや使用感を確認していった。
―転機は、ほんのわずかな配合調整だった
長い試行錯誤の末、転機は突然訪れた。廣田:その処方で洗ったとき、洗っている最中も、乾かした後も絡まらなかった。“これならいける”と感じて、実験室で一人、思わず喜びました。
詰まりにくさとコンディショニング性、その両立。
何度も失敗を重ねてきたからこそ、その違いははっきりと分かった。
こうして完成したのが、「ミノンリンスがいらない薬用ヘアシャンプー」だ。
【「ミノンリンスがいらない薬用ヘアシャンプー」(販売名:DSシャンプーRW、医薬部外品)】
―「やっと製品になった」と思えた瞬間
泡で出て、1本で洗えお手入れできるという使いやすさと、敏感肌を考えた処方設計性。そのどちらも妥協しない処方にたどり着くまでには、想像以上の時間と検証が必要だった。
廣田:品質や安全性への配慮を大切にしながら、機能性にもこだわる。 その両立ができたからこそ、やっと“求めていた製品になった”と感じられました。
社員の声を起点に、簡単ではない課題に向き合い、製品として形にする。
イノベーションアワードは、アイデアを集める場であると同時に、そうした挑戦を後押しする仕組みでもある。
第一三共ヘルスケアではこれからも、社員一人ひとりの実感に耳を傾けながら、生活者の毎日に寄り添う製品づくりを続けていきたいと考えている。
<関連情報>
◆「ミノンリンスがいらない薬用ヘアシャンプー」
URL: https://www.daiichisankyo-hc.co.jp/site_minon-body/product/hair_kids.html
◆第一三共ヘルスケア株式会社について
第一三共ヘルスケアは、第一三共グループ※の企業理念にある「多様な医療ニーズに応える医薬品を提供する」という考えのもと、生活者自ら選択し、購入できるOTC医薬品の事業を展開しています。
現在、OTC医薬品にとどまらず、機能性スキンケア・オーラルケア・食品へと事業領域を拡張し、コーポレートスローガン「Fit for You 健やかなライフスタイルをつくるパートナーへ」を掲げ、その実現に向けて取り組んでいます。
こうした事業を通じて、自分自身で健康を守り対処する「セルフケア」を推進し、誰もがより健康で美しくあり続けることのできる社会の実現に貢献します。
※ 第一三共グループは、イノベーティブ医薬品(新薬)・ワクチン・OTC医薬品の事業を展開しています