旧浅野家住宅とは
旧浅野家住宅は天保3年(1832年)に建築された部分がそのまま残されており、羽曳野市史にも記載されている市域最大規模の建物です。その敷地は令和初の世界遺産に登録された百舌鳥・古市古墳群の構成資産である白鳥陵古墳と峯ヶ塚古墳の間に位置するとともに、敷地の南側を日本遺産に認定されている竹内街道が走るという観光的にも恵まれたロケーションにあります。
竹内街道と旧浅野家の佇まい
整備・保存の経緯
かつて浅野家では、江戸時代から油絞業が営まれており、明治時代には酒造業に転じるために酒蔵の建築が行われました。江戸時代から羽曳野の地で営まれてきたその歴史は、後世に継承すべき重要な文化的遺産です。その敷地面積は2,600㎡を超える広大なもので、通常であればデベロッパー等によって買い取られた際には細分化され、住宅開発が行われるところですが、羽曳野市では旧浅野家住宅がもつ、街道もふくめた歴史的景観が失われることに危機感を持ち、買取りし公有化したうえで当時取り組んでいた百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録や、すでに日本遺産に認定されていた竹内街道など、観光的にも優れた物件であることを見据え、観光交流拠点として整備・保存する方針を打ち出しました。
所蔵品の数々
「羽曳野史」によると、浅野家は「天保3年~嘉永6年(1832年~1853年)の 「油方勘定帳」を残しており、天保の頃には人力油絞業を始めていたことが知られ、家業に関する当時の様々な記録や帳簿がふんだんに残されています。また、同じく「羽曳野市史」には、「幕末には軽墓村(現軽里)の年寄を勤め、また狭山藩札の札元にもなっていた」とあり、藩札の現物や、他藩からの借り入れ要請の書状なども残されています。
残されている屏風や帳簿類
このような暮らしぶりの中で、多くの文人墨客を経済的に支え、数多くの美術品や調度品が収集されました。その一部が現在、大阪市の天神橋筋商店街にある「大阪くらしの今昔館」において企画展『大阪の商人が支えた芸術文化』で展示されています。
大阪くらしの今昔館
「大阪の商人が支えた芸術文化-浅野家伝来資料より-」
大阪くらしの今昔館 企画展ページはコチラ
大阪くらしの今昔館 企画展「大阪の商人が支えた芸術文化-浅野家伝来資料より-」
整備の現状
旧浅野家住宅の整備は、平成30年度の用地取得に始まり、観光・交流拠点としての整備を目指しましたが、コロナ禍による一時的な事業中断を経て計画を練り直し、令和4年度には基本構想・基本計画を再策定し、令和7年度に第Ⅰ期整備として、長屋門をはじめとする竹内街道に面した設備を改修、来訪者などに供するトイレなどの公共設備について供用を開始しました。
改修された建物・長屋門
今後の展望
令和7年度中にひきつづき第Ⅱ期整備として、主屋の改修に向けた基本設計を開始し、令和10年度での施設全体オープンを目指します。また、第Ⅰ期整備で改修した施設(酒造業における仕込み蔵であった建物)についてテナントを募集し、賑わいを創出していきます。
世界遺産(百舌鳥・古市古墳群)と日本遺産(竹内街道)
羽曳野市WEBページ 羽曳野市観光交流拠点「旧浅野家住宅」についてはコチラ
問い合わせ
羽曳野市 政策企画部 都市魅力戦略課電話番号:072-958-1111(内線:3311)
メールアドレス:miryoku@city.habikino.lg.jp