映画『ガリーボーイ』が2019年10月18日に公開された。本作は、インド・ムンバイのスラム街で育った青年がヒップホップと出会い、人生を変えてゆく物語。
『ガリーボーイ』予告編
Qeticでは、『ガリーボーイ』の主人公たちと同じように音楽と出会って人生を変えた若いミュージシャンによる対談を実施。映画を観て感じたことや受け取ったメッセージなどについて語り合ってもらった。ひとりめは、AbemaTVの恋愛リアリティ番組『オオカミくんには騙されない』への出演などで若い世代を中心にブレイクした16歳のアーティスト、さなり。小学生の頃からYouTubeへの投稿を始め、ラップを始めたのは13歳。14歳の時にラップバトルのオーディションでグランプリを獲得してメジャーデビューしたという若き新鋭だ。もうひとりは、ケンモチヒデフミ(水曜日のカンパネラ)がプロデュースするソロシンガー・xiangyu(シャンユー)。ほぼ音楽的なバックグランドがなく、コスチュームデザイナーのアシスタントとして会社員生活を送っていた彼女は、2018年より音楽活動を開始。面白おかしくて中毒性のある歌詞とトライバルなサウンドが話題で、こちらも人気急上昇中。ラップバトルでの優勝経験を持つさなりと、異業種から音楽の世界に飛びこんだxiangyu。どちらも映画『ガリーボーイ』の主人公・ムラドと同じ背景を持つ若いふたりは、本作をどう観たのか。

Interview:さなり × xiangyu
テンポがよく、ポップで、誰もが楽しめる映画
━━そもそも、おふたりは普段からどのくらい映画を観るんでしょうか。さなり まぁまぁ好き、というくらいですね。

バックで流れている音楽がかわいいxiangyu
━━音楽面ではどうでしょう? これまでインドのヒップホップを聴いたことはありましたか?さなり 僕は初めてでした。でも、インドだから特にどうということもなかったと思います。言語は違うけど、かっこいいものはシンプルにかっこよかったです。xiangyu わたしも初めてでした。思っていたよりポップで、すごく明るかったなという印象です。これまでインド映画って『ガリーボーイ 』の他に1作品しか観たことがないんですけど、全体的に明るい映画が多いのかなと。バックで流れている音楽がちょっと抜けているというか、かわいい感じだったので、これがインドらしさなのかなと勝手に思っていました。━━なるほど。『ガリーボーイ』はNASがプロデュースをつとめていることもあって、いわゆるオールドスクールなヒップホップを中心に構成されています。オールドスクールのヒップホップは、おふたりにはどんなふうに聴こえているんでしょうか? ヒップホップの歴史から見ると、ふたりとも新世代のヒップホップという感じがしますが。

音楽もゲームの延長だったさなり
━━さなりさんの世代だと、基本的に、音楽はYouTubeで聴きはじめるんですよね。さなりさんには「初めて買ったCDは自分の1stアルバムだった」という、すごいエピソードがありますが。xiangyu え? ええ??? すごくないですか!? びっくりした(笑)。いま、おいくつですか?さなり 16才です。xiangyu えーーー! わたしの10個下? 何年生まれですか?さなり 2002年生まれです。

13歳でラップを始めたさなりと、24歳で音楽を始めたxiangyuが観る『ガリーボーイ』
━━さなりさんが13歳の頃からラップで遊んでいたのに対し、xiangyuさんは音楽を始めてまだ1年しか経っていません。それまでは一切音楽を聴いていなかったんですか?xiangyu まったく聴いていなかったわけではないけど、その時々で流行っていた音楽をかいつまんで聴いているくらいでしたね。主体的な聴き方ではなかったと思います。学生の頃にはORANGE RANGEやケツメイシ、RIP SLYME、フジファブリックが流行っていました。━━ラップばっかりですね。xiangyu ほんとだ(笑)。
さなり - BLUE feat 堂村璃羽
━━映画『ガリーボーイ』では、ラップバトルの大会をきっかけに主人公であるムラドの人生が変わっていきます。さなりさんも新世代のラップアーティストを開拓するオーディション『OverFlow Project』でグランプリを獲得し、メジャーデビューしました。オーディション以前と以後では、具体的に何がどう変わりましたか。さなり 環境は変わったし、周りの反応も少し変わりました。ただ、「やったー」と思ったくらいで、自分の内面や気持ちにあまり大きな変化はなかったんです。━━その一方、xiangyuさんは昨年音楽を始めたばかりですよね。「優勝」のようなわかりやすい結果って欲しいと思います?かxiangyu なるほど……、そういうことは、あまり考えたことなかったです……。「優勝」って、どんな感じですか?さなり でも、どっちかというと僕は勝負みたいなことが苦手なんです。この大会は勝算があったから出場したんです。出場した時、僕は14歳で、まわりの参加者は19歳とか20歳だったので、これはもう若ければ若い方が絶対に良いなと思っていました。仮に、音楽的に他の参加者よりレベルが低かったとしても可能性を考えたらいけるだろうという自信があったんです。xiangyu きっとさなりさんは、何らかの賞をとること自体は通過点でしかないと思っているんですよね。わたしもそういう気持ちです。さなりさんを見ていると、もっとはるか上を目指しているんだろうなという気がします。だから、これだけ落ち着いているし、やりたいことも明確なのかなと思いました。さなり ありがとうございます(照)。

この国にある「精神的なカースト」
━━バトルを経験した方が『ガリーボーイ』を観る場合、やはり自分と重ね合わせて、バトルでのしあがっていくキャラクターに感情移入するんでしょうか。さなり 重ね合わせはしないかもしれないですね。合わせることができる場所は合わせているとは思うけど、そんなに意識していなかったです。「頑張れ主人公」っていう純粋な気持ちですね。xiangyu わたしはバトルという経験がなかったので、そういう意味では感情移入できなかったんですけど、ムラドって会社員じゃないですか。そこが完全にわたしと被っていましたね。今でも音楽活動と並行してデザイナーのアシスタントをしているので、音楽のために仕事を辞めるかどうかという葛藤はすごくわかるんです。そういう観点では、ムラドにすごく感情移入していました。なかでも、大会の直前、会社でのシーンがいちばん印象に残っています。わたしにも似たようなことがあったんです。音楽を本格的にやるかどうか微妙な時期に、大事な打ち合わせの時間が仕事の時間と被っていて、すごく悩んだ結果、会社には「昨日の夜に急に歯が痛くなって、どうしてもこの時間しか歯医者を予約できなかった」って言って抜け出しました。さなり 僕はどのシーンも印象的だったけど、MCシェールとの出会いがいちばん好きでしたね。MCシェールが学校のライブで前の人のブーイングをはねのけてバトルに勝ったあのシーンが本当にかっこよかったです。
Sher Aaya Sher | Gully Boy | Siddhant Chaturvedi | Ranveer Singh & Alia Bhatt | DIVINE
━━ムラドがミュージシャンになれたのはMCシェールとの出会いがあったからで、『ガリーボーイ』にはバディムービーとしての性質もあると思います。おふたりには、ムラドにとってのMCシェールのような、自分の人生に衝撃を与えた人はいますか?さなり 僕はSKY-HIさんです。ずっと好きで聴いていたSKY-HIさんにデビュー曲『悪戯』をプロデュースしてもらったんです。出会ってからもすごく刺激をもらっています。東京に来て最初に出会った有名なラッパーもSKY-HIさんでしたし、実際、生でお会いして「これがプロか……」と圧倒されましたね。━━ちなみにSKY-HIさんもこの映画を観たそうです。彼はラジオで「インドほどのカーストや貧富の差は日本にはないだろうけど、“精神的なカースト”のようなものがあるんじゃないか。そういうものを自分たちはラップしていかなければ」ということを言っていました(J-WAVE『ACROSS THE SKY』内の『IMASIA』にて。2019年10月13日)。さなり この映画を観てそう考えるのか……、すごい。SKY-HIさんは実際に、日本の同調圧力について歌っていますよね。xiangyu 「精神的なカースト」はあると思います。それって、階級差別よりもすごく根深いと思っていて。SNSでいろんな人の気持ちや知りたくもない情報が勝手に入ってくるようになって、学校や職場における同調圧力や精神的カーストのようなものは加速していると感じるんです。いまの10代や20代前半の人たちって、そういう「精神的なカースト」をすごくリアルに感じているんじゃないかな。わたしには6歳下の弟がいるんですけど、現実では5人の仲良しグループなのにあえて1人を省いた4人のLINEグループをつくっている、みたいな陰湿なことがあると弟に聞いて驚きました。わたしがいま10代だと想像したら……ちょっとしんどいかもって思っちゃいますね……。だから、こういう時代に自分のやりたいことをしっかりやっているさなりさんの姿は、すごく強いなと感じました。さなり (照)xiangyu 無理にでも人に合わせていた方が、クラスでも浮かないし嫌われないし、平穏に過ごせる率が高いと思うんです。ちょっと人と違うことをしていたら目立つし、その結果やんややんや言われる感じが昔より強そうだなと感じました。さなり 実際にそういうことありましたか?xiangyu 私は他の人に合わせることを全くしてこなかったけど、目立つようなタイプでもなかった。何か言われていたような気もしますが、全然聞いちゃいなかったですね。あ、でもこんなに性格が明るくなったのは音楽を始めたからだと思っていて。ひとりで服をつくっていた頃は、もっと内にこもっている感じがあって、こんなにも自分を解放できていませんでした。━━音楽に出会って変わったと。xiangyu 変わりましたね。音楽に出会って、素敵な人たちに出会って自信がついて、自分自身の分厚い殻を破っていった感じがしています。

深読みした上で感じてほしいさなり
━━映画に出てくる歌詞についてはどう思いましたか?xiangyu 等身大で素直な歌詞だったので、素敵だと思いました。自分もそういう歌詞しか書けないし、好みです。さなり こういったリズムにこういう歌詞をのせれば「ザ・王道」のヒップホップで超かっこよかったです。━━自分たちのリアルな出来事をラップしているわけですよね。おふたりの歌詞の書き方はどうでしょう?さなり リアルもフェイクもどっちもあって、歌詞の中に混ぜています。自分のことを歌っている歌詞もあるし、歌っていない歌詞もある。これは自分のこと、これは自分のことじゃない、ってことをあまりハッキリとは言いたくないんです。━━それは、なぜですか?さなり あまり直接的に伝えたくないんです。たくさん聴いてもらって、深読みした上で感じてほしい。その上で伝わればいいし、伝わらなかったらそれでいいし、っていう感じですね。xiangyu フェイクというのは、自分とはまったく関係ないものなんですか?さなり 友達の話や、アニメの主人公の気持ちを入れています。xiangyu へえー! それは面白いですね。わたしはどストレートに言ってしまっているので、もうちょっと隠した方がいいのかもしれないと思ってきました(笑)。でも自分のことを書いている曲はいまのところそんなになくて、単に言葉の面白さだけでつくった曲もあるんです。曲が持つメッセージ性というより、そういう自分がチョイスした言葉からxiangyuが伝わったらいいなと思います。“風呂に入らず寝ちまった”や“Go Mistake”の歌詞はすごく生活に密着しているけど、べつにリアルな胸の内を語っているわけではない。そういう曲を作りたくなったら作るかもしれないけど、現時点ではそういうのではなく、もうちょっと楽しいところを目指していますね。
xiangyu - 風呂に入らず寝ちまった
自分を信じろ
━━やや抽象的な質問ですが、いまのおふたりにとって、音楽はどんな立ち位置にあるものでしょうか。xiangyu 完全に自分を表現する為のツールですね。楽しくて、面白くて、しょうもないけどかっこいい、みたいな表現を突き詰めたいと今は思っています。あとは、あんなに音楽に興味なかったくせに、音楽がないとしんどいと思うようになりました。音楽に限らず、映画もファッションも、無くても死にはしないけど、マインド的には死んでしまうかも。自分にとって音楽の重要度は、これからさらに上がっていくと思います。さなり 僕も同じですね。自分を表現するツールですね。━━もうひとつ大きな質問ですが、おふたりは『ガリーボーイ』を見てどんなメッセージを受け取ったのでしょうか。さなり シンプルなメッセージだと感じました。インドのスラムで育って、家庭環境も最悪で、でもストリートから音楽やラップに出会ってどんどんいろんなことが繋がっていく。どんな環境でも音楽ひとつで成り上がれるんだと。xiangyu 映画を観ている間、ムラドに「ちゃんと自分のやりたいことをやって、なりたい自分を信じた方がいいぞ」って言われていた気がしました。やりたいこと、なりたい自分をちゃんと自分で選択することはきついことの方が多いけど、でも誰もわたしの人生の保証はしてくれない。だからこそ、自分の事を最後まで信じてあげられるのは自分しかいない。将来どうなっていくかは誰にも分からないけど、ちゃんと自分を信じてあげて、好きだと思うことをやった方がいいんだと思いました。━━まさに、この映画を監督したゾーヤー・アクタルさんがインタビューでそのようなことを語ってくれました。また他のインタビュー(J-WAVE『ACROSS THE SKY』内の『IMASIA』。2019年10月13日)では、「アートはすべてを越える」とも言っていましたね。貧富の差や親との確執など、そうしたものを越えるのだと。さなり だからこの映画は、一歩を踏み出せない人、自分に自信がない人にすすめたいですね。「自分を信じろ」っていうテーマでもあったし。xiangyu そうですよね。そういう人が観たらすごくエネルギーをもらえると思う。個人的な話をすると、わたしは自分の父親に観てほしいです。父は会社員なんですけど、焼き鳥屋をやりたいと昔から言っているんです。でも、家族を養わなければいけないので、ずっと踏み出せなかった。もうすぐ定年だし、この映画が父の人生のきっかけになったらいいなと勝手に思っています。さなり お父さんに焼き鳥屋を早くやってほしいですか?xiangyu だって人生って一回しか無いじゃないですか。やらないで後悔して死ぬのは、自分的に見てられないかもしれないです。さなり 焼き鳥屋で成功したら、xiangyuさんに焼き鳥の歌を歌ってほしいですね(笑)。xiangyu いいですね、考えておきます(笑)。

Photo by Aoi HarukaText by Sotaro Yamada
INFORMATION

ガリーボーイ
2019.10.18(金)絶賛上映中!配給:ツイン実在するアーティストの驚きの半生を描き、世界中で喝采を浴びた注目作が日本公開! 主演は、次世代のプリンス・オブ・ボリウッドと目されるランヴィール・シン! メガホンを取るのは、北インド映画界の実力派女性監督ゾーヤー・アクタル。プロデューサーはUSヒップホップ史に燦然と輝く数々の名曲で知られるラッパーNAS。ムラドはなぜ、ラップにのめり込むのか? 背景には、インド社会が抱える格差、宗教的差別から解放されたいと願う若者の現実が潜んでいる−−。Twitter|Facebook
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さなり小学校低学年時にYouTubeに出会い、オリジナル動画の投稿を開始。動画投稿の収入でパソコンを購入し、遊ぶように動画制作などを行なっていた。同じ頃、ラップミュージックと出会い、中学校に入るとフリースタイルラップで友達と遊び始め、中学2年生の頃からオリジナル音源の制作をスタート。再度動画投稿を始めるようになる。2019年6月5日に1st Album「SICKTEEN」をリリース。翌月7月5日に全て自宅で作り上げたデジタルアルバム「HOMEMADE」をリリース。また10月からはアルバムを引っさげての初の全国ツアーもスタート。一度聞いたら耳から離れず、リリックがストレートに入ってくる力強い独特の声が特徴的な16歳のラップアーティスト。
EVENT INFORMATION
1st LIVE TOUR「SICKSTEEN」追加公演
さなり
2019.12.16(月)大阪 BIGCAT2019.12.23(月)東京 マイナビBLITZ赤坂OPEN 17:00 / START 18:00ADV:¥3,500(1ドリンク別)11月16日~ チケット一般発売スタート
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xiangyu2018年9月からライブ活動開始。 日本の女性ソロアーティスト。読み方はシャンユー。 名前はVocalの本名が由来となっている。10月に初のデジタルシングル「プーパッポンカリー」をリリース。Gqom(ゴム)をベースにした楽曲でミステリアスなミュージックビデオも公開。2019年5月、初のEP『はじめての○○図鑑』をリリース。10月25日には最新デジタルシングル『ピアノダンパー激似しめ鯖』をリリース。
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ピアノダンパー激似しめ鯖
xiangyu
2019.10.25(金)ReleasexiangyuTrack List1.ピアノダンパー激似しめ鯖Apple Music|Spotify|LINE MUSIC|レコチョク
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