2020年11月13日(金)公開の映画『ホテルローヤル』。原作は作家・桜木紫乃の直木賞受賞作。
映画『ホテルローヤル』予告編
今回は映画公開を記念して、原作者の桜木紫乃先生とラブホテルでの体験を執筆・連載している現役東大生のラブホテル愛好家・時田 桜さんの対談を実施。原作・映画の『ホテルローヤル』についてはもちろん、それぞれのラブホテル観を交えつつ映画と原作に込められたメッセージを紐解いていきます。

Interview:『ホテルローヤル』原作桜木 紫乃×ラブホテル愛好家時田 桜
「世の中変わったなって思いますよね。ラブホテルが好きな女の子ってなんて呼ぶんだろう、ラブ女?」
━━桜木先生、まず率直に映画をご覧になっていかがでしたか?桜木 紫乃(以下、桜木) この本を書いたときは、すべて虚構に落とし込めたのでとても満足していたんです。だからこそ、武監督には「好きに作ってください」と伝えました。試写を観て、なにやら心地よい悔しさにまみれました。なにか自分を脱がされた気がしたんですね。そしたら武監督は「『ホテルローヤル』という本を映画にしたのではなくて、『ホテルローヤル』という本を書いた人を真ん中に据えている」と。どおりでなんとなく「あっ……」って思ったわけだ、って。━━映画では、波瑠さん演じる雅代が主人公として描かれていますが、追体験的な感覚を覚えるシーンなどはありましたか?桜木 無表情で掃除をしていたところですね。

━━時田さんは、桜木先生にお会いしてみたかったそうですね。時田 桜(以下、時田) 私はラブホテルが大好きなので、ラブホテルレビューもよく読むんですけど、ここのホテルが良かったとか素敵だったとかではなく、ラブホテルを舞台にして人生と生き方を書いていらっしゃるのを見て、すごく感動しました。しかも、私にとっては“非日常”なラブホテルを“日常”として傍観している主人公を見て、もちろん面白かったんですけど、罪悪感みたいなものも感じてしまって。桜木 世の中変わったなって思いますよね。私が実家のラブホテルの清掃をしていたときって、30~40年も前のことで。いまやラブホテルでなにを致しているのかを世の中に向けて正直に書いている人がいる。私の時代はそんなことを書いているのは日活ロマンポルノくらいしかなかった気がするんですよ。ストリップが好きで若い子と一緒に観にいったりもするんですけど、ストリップが好きな女の子のことをスト女っていうらしくて。ラブホテルが好きな女の子ってなんて呼ぶんだろう、ラブ女?時田 初めて聞きました(笑)。桜木 そういうことを隠さなくてもいい時代っていうのは、いいことだと思います。

━━今と十数年前とでは、ラブホテルの様式もずいぶん変わってきていると思うのですが、劇中に出てくる「ザ・ラブホテル!」といった雰囲気の内装は時田さんの目にどう映りましたか?時田 すごく可愛いと思いました。実際のホテルローヤルもあんな感じですか?桜木 限りなくあんな感じですよ。スケルトンのお風呂なんて、当時は最新式だと思っていました。あれがメジャーじゃないの?時田 (笑)。でも、新宿の『ラフランセ・パリス』っていうラブホテルは、似た雰囲気だと思います。自由の女神がスケルトンのお風呂に描いてあって。



「私にとってはどれも“これって現実なのかな”って。たとえば、ラブホテルを建てて絶対成功するぞ!とか」
━━桜木先生にとってはご実家であり小説の舞台でもあるラブホテルとは、どういう場所なのでしょう?桜木 物書きの視点だと、この本の中ではラブホテルをわりと俯瞰してみていると思います。あの場所にいたかもしれない人を書くことができれば、私は自分の過去や生まれ育った環境についてなんの自己憐憫も生まれないだろう。それが出来れば、物書きとしてもうちょっとやっていけるんじゃないかなって。個人的には、ラブホテルを俯瞰で見ることができないんです。父がいて母がいて夏休みも冬休みもなく働くんですよ。土日はもちろん、お休みは書き入れ時なので走り回って、ご飯を食べているあいだにも掃除をして。他人のセックスのおかげでご飯を食べていたので、セックスは自分がするものではなく、生活そのものでした。そういう経験が身に染みているので、個人的には俯瞰で見ることができません。時田 桜木先生の他の作品も拝見したんですけど、私にとってはどの作品も「これって現実なのかな」って思うようなことが多くて。

━━個人的に、原作の「バブルバス」にあたる本間夫妻のシーンにすごく感動して。家族っていう日常から離れて、お互いを労い合うあたたかいやりとりがラブホテルという空間で行われていることにも不思議と涙を誘われました。桜木 あそこは、ねえ……。

━━時田さんは、映画をご覧になってどんなところが印象的でしたか?時田 私は最後のシーンですね。雅代さんが“えっち屋さん”(松山ケンイチ演じる宮川聡史)に気持ちを告白して……というところ。桜木 なるほど! 私が思うのは、女だけがされる・してもらう側じゃないんです。あのシーンは男女逆にしてもアリだと思っていて。男だってナイーブなところがあるじゃないですか。武監督に「女が演技をしているように、男もしんどいよね」って話したら笑っていたけど。あのシーンが印象に残っているっていうことは、自分の中にどういう感情があるの?時田 雅代さんは本当に彼のことを好きだったのかなって。だから、ああいう展開になってビックリしたし、ずっと感情を出してなかった雅代さんがようやく自分の感情を出したのに……と、ちょっとイライラするというか。桜木 そこでできる宮川だったら、10年も好きじゃないんですよ。あくまでも女房ひとりしか知らないから、好きになったんです。男をよく見ときなさい(笑)。

「逃げるにも作法があるけど、つらいって言えなくなったら前向きな気持ちで逃げないと」
━━時田さんは、劇中なら伊藤沙莉さん演じる“まりあ”と一番歳が近いと思うのですが、どこか印象に残る場面などはありましたか?時田 まりあと先生のシーンで、先生の態度が急に変わったじゃないですか。「先生って呼ぶな」って言ったり、いきなり泣き出して弱くなってしまったり。私、ああいうところが好きだなって思っていて。外では強がっている人がホテルの中で、自分の前でだけ弱くなる。あのシーンにはすごく共感する部分がありました。

━━実際に、そういう経験が?時田 男の人はだいたいそうだと思います(笑)。頭いい人が、頭悪くなるんですよ。私、男の子になりたかったんです。容姿とかではなくて、運動ができるとか馬鹿騒ぎができるとか。男子校のノリみたいなものに憧れていました。けど、セックスしているときは女であることが楽しいなと思っていて。それは多分、男の人が変わる部分が見えるからなのかなっていう気がします。だけど、ラブホテルでのことを書いているときはつらいんですよね。自分が削られていくような感じがするというか。桜木 ラブホテルを舞台にエッセイを書いてくれる女の子が現れる時代というのは驚きですし、こういう世の中が続けばいいなと思います。女の子って行動することでしかわかってもらえないんですよ。だけど、つらいんだったら逃げようか? 武監督はまさに時田さんみたいな女の子に向けてつくった映画だと思うので。私も前向きに逃げて逃げて、逃げた先にこうしてお仕事をさせてもらっている。逃げるにも作法があるけど、つらいって言えなくなったら前向きな気持ちで逃げないと。━━今日は「ホテルローヤル」を軸に、世代ごとのラブホ観みたいなものにも触れられたかと思います。数十年経って、もし時田さんがまだラブホテルについて執筆を続けていらっしゃったら、どんなことを書いていらっしゃるのか楽しみですね。時田 もし続けていたら、また会ってください。桜木 ぜひ。書くことはぜひ続けてほしいですね。今回は時代を見ている感じがして会えてよかったです。またいつか、パーティ会場で会いたいですね。


Text by 野中ミサキ(NaNo.works)Photo by ともまつりか


INFORMATION

ホテルローヤル
11月13日(金)TOHO シネマズ 日比谷ほか全国ロードショー監督:武正晴脚本:清水友佳子音楽:富貴晴美主題歌:Leola“白いページの中に”原作:桜木紫乃『ホテルローヤル』(集英社文庫)出演:波瑠、松山ケンイチ、余貴美子、原扶貴子、伊藤沙莉、岡山天音、正名僕蔵内田慈、冨手麻妙、丞威、稲葉友、斎藤歩、友近、夏川結衣/安田顕配給:ファントム・フィルム詳細はこちら
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