Kan Sanoがアルバム『Ghost Notes』以来、約1年半ぶりとなるニューアルバム『Susanna』をリリースした。かのトム・ミッシュ(Tom Misch)がファンであることを公言し、共演を果たすきっかけとなった前作はこれまで以上にファン層を拡大し、早耳の音楽リスナーのその先へリーチした印象が強い。
Interview:Kan Sano × 松重 豊
「Kan Sanoさんと話したいことが山ほどあった」
━━まずはお二人の出会いをお訊きしたいのですが。松重 豊(以下、松重) 大元はね、舞台で共演してるんですよ。藤田貴大くんの芝居(『小指の思い出』:2014年)の生演奏で青葉市子さんとKan Sanoさんとドラムが山本達久さんで。その時はわりと俳優と演出家の戦いがあったんで結構大変だったんですよ。


「振れ幅が気持ちいいってのは。変態ですね(笑)」
松重 今回のアルバムはもう、最初から最後まで自分でプロデュース?Kan はい。そうですね。全部、自分でやりました。松重 全部、自分なんだ。どこでやってたんですか?Kan 自宅でやってましたね。松重 2020年に作った曲で?Kan そうですね。去年の秋ぐらいから作り始めて。ちょうど春頃のコロナ前後ぐらいが一番曲を作っていた頃ですかね。松重 コロナの時期って、ある意味、引きこもり体質の人にはいい結果をもたらしたこともあるからね。俺も結局、家に引きこもって、全然違うことやって。Kan 本が一冊できましたもんね。素晴らしい。松重 曲作る人も自分の家でできて、なおかつ完成まで持っていける人だったら、この上ない時間を与えてもらえるわけですよ。Kan まぁ、去年までもそういう風に作ってきたので、あんまり変わってないですよね。松重 ある程度、自分で叩き台を作ってそれを誰かに聴かせたりはするんですか?Kan 僕はほぼ完成までスタッフにもそんなに聴かせてないんです。やっぱりディティールにすごいこだわるので、デモといえど、ひとまず自分が納得いくところまで仕上げておきたいんですよね。と、なるとほぼ仕上げることになっちゃうんです(笑)。
Kan Sano – Susanna
松重 今回のアルバムはKan Sanoさんの最近の作品の進化からいくと、本当にフル・バージョンアップっていう感じが。一つ一つがこう、まとまっていかないというか、それぞれの曲に違うベクトルの方向性があって、単純に退屈しないし非常に刺激的でしたね。Kan 前作が割とコンセプチュアルで、きれいにまとまっていたので、その反動もあるかもしれないですね。普段はいろんな音楽、ジャンルの音楽に携わっているので、アルバムを作る時に散らかっちゃいけないなと思って、ちゃんとまとめようとするんですけど、結局一人の人間が作っているので、なんだかんだ、まとまるなという。だから、あまり最初からまとめすぎるのも良くないなと最近は思っていて。だから、あまりそこは気にせず作ってましたね。松重 やっぱりKan Sanoさんの曲ってね、聴けば聴くほど体にスーっと入ってくる時間があるんです。先行でリリースしていた2曲はもう安定のよさって感じで染み込んでるんですよね。そのタイミングで、“神様のメロディ”を聴いてみると、すごく一貫しているKan Sanoさんのメロディラインというか曲作りの進化が非常に心地いい。そこでなおかつ変化し続けるKan Sanoさんの楽曲に、幅が非常に出てくるじゃないですか。こっちいかれたら困るなっていうところがないんですよね。あ、こっち攻めてるんだなっていうのを思いながら、その攻める方向にまたこっちも振り回されて付き合いたいって思えるような。今回は特にそこの幅の揺さぶられ方が非常に心地よかったなと思ってます。Kan 嬉しいです。松重 “Ash Brown”とかも「あ、こういう感じってなかったな」と思って。Kan これはもともと、大阪のとあるブランドのために作った楽曲だったんです。だから、もともとアルバムに入れるつもりもなかったので、普段やらないような作り方ができました。松重 そうですよね。こっちもいけるんだ? っていう感じの。Kan いやー、嬉しいですね。振れ幅が気持ちいいってのは。変態ですね(笑)。松重 変態ですね。ていうかね、なんだろう……「Kan Sano」ブランドがついてるから、もう安心できるじゃない? 残念な気持ちにならないっていう確信だけは間違いなくあるので、そこでどこまで連れてってくれるかなっていう、旅の始まりの感じじゃないですかね。それがこの2020年っていう大変な年だったとはいえ、ここ最近のリリースの多さはやっぱりすごい波に乗ってるんだなぁっていう感じはしたんですけどね。ところで今回一緒にやった人ってどういう経緯だったんですか?Kan チャーリー・リムさんは……もともと僕がファンでプレイリストに入れて聴いてたんですけど、そのプレイリストを本人が見つけてくれて。それで連絡をくれて、そこからリミックスのオファーもいただいて。
Kan Sano - Momentum feat. Charlie Lim
松重 どこの人でしたっけ?Kan シンガポールですね。曲のやりとりもインスタのDMで(笑)。松重 時代だ。すごいね。Kan 時代ですね(笑)。松重 会ったことないんだ、じゃあ。Kan 会ったことないんですよ。松重 はたから見るとこの二人は仲良くて、日本に来たらどっか浅草でも連れてく仲かと思ったら面識もないっていう(笑)。もう一人の方は?Kan ロブ・アルージョさんですね。松重 いいですよね。僕も曲を聴いたことがありました。
Kan Sano - brandnewday feat. Rob Araujo
Kan ご存知ですか。去年、来日して対バンしたんですけど、そこからたまにメールはしていて、「ちょっとピアノ入れてよ」って言ったら「いいよ」ってすぐ返してくれて、すごく軽いノリで。松重 ピアノでしょ? 専門域を犯されるみたいなことはないの?Kan でも素晴らしいピアニストなので、嫉妬もないし不安もなかったです。松重 自分の曲にそういうピアノソロが入ることも逆に面白い?Kan そうですね。それだけ自分が好きなピアニストだからだと思いますが。松重 そういうピアニストを好きになる基準ってなんなんですか?Kan なんでしょうね? わかんないです。でも、聴いていて好き嫌いってはっきりありますよね。それがどこ? って言われると難しいですけど。松重 ピアノ曲集みたいな曲って、そんなに編集しないでリリースするんですか?Kan 編集とかそんなにしないんじゃないですかね。少なくとも僕はほとんどしないですね。松重 じゃあ、ピアノの音色だけで勝負した上で好みがあるってことは編集とかじゃなくて、ピアノの弾き方なんだ。Kan そうですね。同じピアノでもやっぱ弾く人が変わると音ってすごく変わるんですよね。

「ソフトの便利さに頼らず、自分で工夫してやりたかったことにたどり着きたい」
松重 今の話を聴いて、レイ・ハラカミって、あの方も一種類しか機材を使ってないんですよね。Kan ローランドのSC-88Proでしたっけ。松重 それだけであの曲々を全部作ってたんだけど、今聴いてもすごくいいんですよね。Kan いや、信じらんないですけどね、驚異的だと思います。松重 やっぱそうなんですか、プロが見ても。Kan はい。松重 だから今だったら、中古で2万円くらいでも買える機械。それでいてあれだけの音色を作り分けている、そこもセンスですかね。Kan 使える機材とかは制限した方がある種、自分でイメージを膨らませて、あまり他の人が思いつかないような使い方ができたりとか、そういうのって多分あるんですよ。だから、その機材だけで突き詰めていくと、その人にだけしかできないようなアプローチとかが生まれてくるんでしょうね。僕も今使っているパソコンはもう10年ぐらい使ってるんですけど、音楽制作ソフトに関しては一度もアップデートしていなくて。松重 その時の進化しない、その時の状態の音がやっぱりいいっていうか、そこで自分が工夫して作っているから、そこがよりどころになるんですか?Kan 今、ソフトもどんどん便利になっているので、簡単になんでもできるんですけど、すぐそこにたどり着くよりは自分で色々工夫して、そこにたどり着きたいっていうか。それが当初やりたかったこととちょっとズレていたとしても、そのズレが面白かったり個性だったりする気がするんです。あえて使うものを変えずに同じものでずっとこう作ってくっていうのをここ10年やってきたんですけど、流石にもうアップデートしたいですね(笑)。僕、Cubase4を使っているんですけど、そしたらこのあいだCubase11が出ていて。これもうアップデートじゃないよなと思って(笑)。今ちょっと迷ってます。

松重 僕、生まれて初めて楽器っていうか、MPCっていうものを自分でできるかなっていう勝手な思い込みで探しに行って、初めて専門店に行ったんですよ。Kan それで買われたんですか?松重 買ったんですよ。Kan おお。松重 コロナ禍でMPCを買いたい人が増えたんですって。MPCを出してるAKAIってメーカーも今年、バージョンアップしてMPC LIVE IIっていう機種が出たんだけど、とにかく入荷したらすぐ売れちゃう状態らしくて。たまたま、電話した時に「あります」と。「ちょっと今から行っていいですか?」「これって素人でもできますか?」って聞いたら、「説明書ないですよ」と鼻で笑われました。でも買っちゃった。それで、MPC教室っていうのに行けばなんとかなるかなと思って、日本で唯一やってるところに。Kan MPC教室ってあるんですか(笑)。松重 いいなと思ったら「とりあえず10万振り込んでください」。Kan (笑)。怪しいですね。松重 「え、10万?」連絡先もなんも書いてない。電話番号も書いてない。場所も日時も振り込まれてから。Kan 怪しいです(笑)。松重 さすがにそれは嫌じゃん? だから結局、止めました。そのまま置いてあるんです。Kan それはでもOvallとかに教えて貰えばいいんじゃないですか(笑)。松重 そうなのかな。だから今度、STUTSさんにラジオのゲストで来てもらうので、STUTSさんにちょっと改めて確認しようかなと思って(笑)。Kan それがいいです。バッチリです。

Text by 石角友香Photo by Kohichi Ogasaharaヘアメイク by 林裕子スタイリスト by 増井芳江衣装協力 by suzuki takayuki
後編は12月22日(火)公開予定

松重 豊俳優。1963年、福岡県に生まれる。蜷川スタジオを経て、映画、ドラマ、舞台と幅広く活躍。映画『しゃべれども しゃべれども』(2007年)で第62回毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。2012年『孤独のグルメ』でドラマ初主演。2019年『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』で映画初主演。2020年放送のミニドラマ『きょうの猫村さん』で猫村ねこを演じて話題に。『深夜の音楽食堂』(FM ヨコハマ)では、ラジオ・パーソナリティーも務めている。
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Susanna
NOW ON SALEKan Sanoorigami PRODUCTIONS□ CD 通常版:OPCA-1047/2,500 円(税別) /4580246161087 □ 2CD 限定版:OPCA-1048/3,000円(税別) /4580246161094 □ LP(限定生産):OPAE-1016/3,000 円(税別)/4580246161100各種アフィリエイトTracklist01. Flavor02. Good Luck03. Momentum feat. Charlie Lim04. DT pt.305. On My Way Home06. Ash Brown07. brandnewday feat. Rob Araujo08. Question09. She's Gone10. You and I11. Since I Lost You写し鏡のソロピアノ※ CD限定版のみ付属01. 受信トレイの奥にある02. リプライがまだ温かい03. Maybe we will meet one day. 04. 目を撫でる氷の世界へ05. 深く深く潜ったあなたは06. 世界そのものになってしまった07. 切り取りを拒みながら08. 今日も水槽の中で揺れている09. 滲んだ輪郭、混ざる指と指10. 一瞬の永遠を掴まえたら11. 途方もないスローシャッターで12. 愛し合ってるみたいだ、ねOfficial Website各種ダウンロード・購入はこちら

空洞のなかみ
NOW ON SALE松重 豊本体 1,500 円(税別)ISBN:978-4-620-32646-7 仕様:四六判/並製/224 ページ 発行:毎日新聞出版 松重 豊公式ウェブサイト
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