Kan Sanoがアルバム『Ghost Notes』以来、約1年半ぶりとなるニューアルバム『Susanna』をリリースした。かのトム・ミッシュ(Tom Misch)がファンであることを公言し、共演を果たすきっかけとなった前作はこれまで以上にファン層を拡大し、早耳の音楽リスナーのその先へリーチした印象が強い。
Interview:Kan Sano × 松重 豊
「僕ら俳優もミュージシャンも誰もが緊張感ロスになっている気がする」
━━何かイメージはあるんですか? どんなものを作りたいとか。松重 わかんないんです。けど、朗読会をやったんですよ。Kan Sanoさんも来ていただいて、チャレンジングな素晴らしいものを。
Kan Sanoさんの伴奏で、朗読する編
━━今年はKan Sanoさんのピアノやシンセソロの配信はたくさん見ました。松重 何回ぐらいやられたんですか?Kan 春、夏頃にいっぱいありましたね。━━<block fes.>の1回目はなかなかスリリングでした。Kan 家から配信したんですけど、Wi-fiが不安定で結構、途中で途切れちゃったりして。もう死にそうでしたね。で、スタッフも誰もいないので、僕一人でなんとかしなきゃいけないみたいな。松重 止まっちゃったら無音? 焦ってる人もいない感じで。Kan 遠隔なのでスタッフはもちろんめちゃめちゃ焦ってるんですけど、僕も焦ってて。なんとかなったんですけど、ライブ感が凄かったです(笑)。

「Spotifyはトム・ミッシュに勧められた」
━━ところで松重さんのリスニングの量ってほんとにすごいなと思うんです。Kan いや、すごいですよね。僕より全然詳しいですもん、最近の音楽(笑)。松重 簡単に聴けるからですよ。その辺にある中古レコード屋で手が痛くなるまで探して、そのレコード屋で聴いたにもかかわらず家でゆっくり聴いたらダメだった……。そういう3000円を無駄にするような思いをして、それが苦しみでしょ。それに比べて今はもう、人差し指だけで、Wi-fiだけ調子悪くならなけりゃさ、どんどん入ってくるんだから。それは昔できなかった分、今を謳歌しようと。━━松重さんはサブスクリプションを導入されたのはもうかなり前ですか? 松重 Apple Musicはできたときからやってるんですけど、Spotifyはトム・ミッシュに勧められて。Kan あ、そうなんですか(笑)。松重 トム・ミッシュに「今までどんな曲聴いてきたの?」って聞いたら、「プレイリスト見てくれよ」って言われて、俺はApple Musicしか持ってないんだっつったら、「Spotify入れてくれ。
real good shit by Tom Misch
━━(笑)。松重 俺のことをよくわかってますよね。週に2回ね、月曜日の今までの数ある中からのおすすめのプレイリスト(Discover Weekly)と、金曜日の新曲の中からオススメされるプレイリスト(Release Radar)をその日の午前中には全曲チェックしてます。Kan すごい(笑)。松重 そうなんですよ。月金が忙しいんですよ。Spotify依存症になってますね。え、でもそうじゃないの?Kan 僕もサブスクを使ってるんですけど、一時期あまり新譜を聴かなくなった時期があって。

━━これに関して、小山田圭吾さんはCDで買わないと覚えないとおっしゃってました。どんどん通り過ぎちゃう部分もあり、気に入ったらフィジカルで買うそうです。Kan そうですね。松重 僕の場合、Spotifyはライブラリーが作れないので、自分のプレイリストに入れてもどこに入るのかよくわからない。だから、いいと思ったやつをちゃんとメモしてApple Musicの方に入れ直して、その作業で刻み付けるんですよ。Kan へー! そうなんですね。松重 だから、自分の好きなライブラリー自体はApple Musicに入ってます。━━なるほどSpotifyはリサーチ用なんですね。松重 リサーチ用と、ラジオで放送した曲のプレイリストはSpotifyにアップする。そこで両者を行ったりきたりしているので、それで結構まかなえますね。
深夜の音楽食堂 by 松重 豊
━━Spotifyは試聴みたいなニュアンスですか? 松重 試聴ですね。だからおすすめしてくるセールスマンと、実際の秘書はこっち(Apple Music)にいるっていう使い方。Kan いまだに僕はCDにもこだわりはあるし、アルバムとして聴いてもらいたいって気持ちもすごくあるんですよ。実際、僕もサブスクがメインになっているので、やっぱりみんな便利なものに飛びつくのは自然なこと。でも、アルバムとして聴かせるにはどうしたらいいんだろうっていうのはいつもすごく考えています。今回も曲間や繋ぎだったり、曲順の流れはすごく意識しましたけど、そこはアーティストが工夫して頑張っていかなきゃいけないところだとは思うんですね。━━今回のアルバムの中にもメドレーがありますもんね。Kan そうですね。あれはビートルズの『Abbey Road』のメドレーがすごい好きなので、あの感じを出せないかなと思って後半はメドレーにしました。松重 やっぱりビートルズって根っこにあるんですか?Kan めちゃめちゃありますね。やっぱずっと聴いていたので。最近、イントロが短くなってきてるんですけど、ビートルズもイントロは必ず10秒以内だったり、曲も3分以内で終わったり、一周回って新しくて、今っぽいというか。そういう時代が変化したり、自分が成長して変化したりすると、同じ曲でもまた違う発見があります。ビートルズは結構そういう発見が多い気がしますね。
「いらないものはいらないっていう感覚で作って、あとはお客さんに埋めてもらった方がいい」
━━確かに60年代は3分間のポップソングみたいな部分も多かったのかもしれないですね。イントロまで口ずさめる曲も多いですし。松重 3分間って作り手側からするとどういう時間なの? 物足りないのか、語りきれるって時間なのか。Kan どうなんでしょうね。今、僕は短い方にどんどん向かってるので3分がちょうどいい感じです。━━3分間の中にビートや音色の新しいところをいれるなど、後はボーカルナンバーも増えてきましたね。Kan そうですね。3分間にギュッと凝縮してるものが最近は好きですね。松重 僕も手前味噌になりますが、本も必要じゃないものを削っていくと10分以内で読めるようなもの、短編になってくるんですよね。それぐらいの方が読んでいて気持ちいいし、冗長にならない。Kan 今回、出された本で長さは意識されてるんですか?松重 とりあえず必要な情報以外は入れない。長くしようと思って長くすることは絶対したくないし、いらないものはいらないっていう感覚で作って、あとはお客さんに埋めてもらった方がいい。行間にお客さんが時間を入れてくれたらいいからって感覚。映画も最近、90分以上になると耐えられないですよね。70~80分でできるだろって思うんです。でも、どうしても2時間半になりましたとか、そういうことになるから、それはなんかもったいないんだよなぁっていう。もっと他のことに時間使いたいし(笑)。感動で余韻に浸る時間をもっと大事にしたいから、それだったら70~80分でちゃんと見せてくれ、あとは自分でその時間を埋める、面白かったら埋めるし、つまんなかったら消去するしっていうのはあるかな。結構、昔の映画の方が短いんですよね。Kan その感覚って昔からあるんですか? 昔は2時間半とかでも普通に見れたんですか?松重 いや、僕はタイプとしてはもっと短くするべきだと思ってる。━━人間の集中力という意味ですか? 松重 というより、やっぱりお客さんを置いていかなきゃいけない。面白いものは「え? もう終わんの?」っていう感覚で終わらせないと。お客さんの想像力が先に働いちゃうとつまんなくなってくるんですよ。次はこうなるだろうなと思って見てるような映画って、どんどん時間を気にしちゃうから。それより「え? え? え? ちょっと待って、え? 」っていうぐらいにいろんなものが前倒しに起きて、それでポーンと置いていかれる時間がある。その方がどっちかっていうとこっちも緊張感が持続する感覚があって。音楽に関してもやっぱり「長いな」と思うよりも、「もっと聴かせどころをたっぷりやってもいいんじゃないの?」と思うような方が、こっち側が余白を埋めるってことがあるのかもしれない。Kan ああ、わかります。すごくわかります。僕もそうですね。松重 だから、足し算でできたものよりも、ある程度完成されたものを非常に厳しく引き算したものの方が、よりこちら側に訴える力を持っているっていう感覚はありますね。Kan 例えば音楽だと、僕はアルバムトータルで60分とかはもうしんどくなってきてるんですよ。だから、もうトータル40分ぐらいでいいかなみたいな(笑)。で、今回も35分にしてるんですけど。そういうのもあります?松重 そうですね。語り過ぎてないっていうところが僕らとしては、やっぱり次への渇望感も出る。演者というかアーティストの方も意図的に、その余白を与えてくれた分、削ってるっていう曲の方が聴き心地がいい感じがしますね。
「感動の訴求をする心が必要」
Kan 僕も長編の映画を見れなくなってきているんですが、海外のドラマとかは一話50分程度なので、一話見るとつい気になっちゃって。結局、2~3話続けて見たりして、トータル3時間ぐらい見たりするんです。けど、それって今っぽいなと。最初から3時間って言われると見れないんですけど、1本ずつ続けて結果的に見ちゃうみたいな。松重 僕もコロナ禍で「連続的に連鎖していくの面白いですよ」って勧められたんだけど、次も見たいでしょって結末に虫唾が走るんですよ。「次も見たいでしょ」っていうふうに作ってるな、こいつらと思って。そこにまんまとハマるかと思って。Kan それは難しいですね(笑)。じゃあほとんど見れないですね。松重 ほとんど見れない。みんなに「いいよ」って言われたら、ことごとく一話でリタイア。━━ははは!松重 非常に偏屈モノの役者なので、「リアリティねえよ」って言いながら。映画とかも非常に厳しい見方しかしないです。Kan それは仕事にされてるから。僕もやっぱ音楽には厳しくなっちゃいます。松重 と、思います。「なんでこんなリアクションするんだ」とか、いちいち思うから。「いらないだろ、こんなの」とか。Kan 「何だ、このピアノのフレーズ、もうちょっと他ないのか」みたいな(笑)。松重 でも僕、音楽に関しては無垢で聴いてるから。それは全然、「こうしたらいい」とか全然わからない。「かっこいいな、これ」「なんだろう、これ、すげえかっこいい」、単純にそれだけしかないから。それでワクワクするんです。━━単純にかっこいいと思う。そういう回路が必要なんでしょうね。松重 そういう感動の訴求をする心は必要だと思います。何をやっても僕はやっぱり映画で「すげえかっこいい」と思われたい部分があるでしょうし。こういう芝居をするのが多分見ていて心地いいだろうなっていう感覚は映画から引っ張ってくるんじゃなくて、音楽を聴いたときの感覚なんです。それを演技に落とし込むことが、僕は面白いと思う。だから音楽を聴き続けているんだろうなと思います。

━━核心かもしれないです。今後もお二人で何か作っていく予定は?松重 僕はまたね、Kan Sanoさんとどこかでご一緒したいです。朗読で面白いものがあったので。Kan 朗読のライブは僕もぜひやりたいです。ご一緒した収録もそうなんですけど、ライブって一回きりなんです。でも、一回やると「あそこもっとこうしときゃよかった」とか、いろいろあるんですよね。だからアーカイブも見てると、「あー、もっとこんなんできたな」とか、いろいろ思うことはあって。次、やりたくなるんですよね。松重 どんなハコか小屋かわからないですけども、なんか落ち着いたら考えられたらいいなって、正直思っています。その時はまたワクワクするような時間を共有したいですね。Kan 僕も今年、下北沢のlete(レテ)っていうライブハウスで9人限定でお客さんを入れたライブをやったんですけど。人数少なくて制限されていてもいいので、ちょっとでもそういう有観客のライブはやっていきます。━━9人ってお客さんの方が緊張しそうですね。松重 贅沢だねぇ。9人で独占できるってことだよね。逆に今しかない試みだと思うから、それはやっぱ観客が一生忘れない出来事になっているでしょうし。そういうことでも起きないと、この2020年を演者はどう乗り越えていいのかわからない年になってるから。配信だとか、そうやって少人数ライブだとかYouTubeだとか、そういうもので、こういう解釈もあるなっていうことを探る年になったんでしょうね。そして、解消したら、これがやりたい、あれがやりたいって言うのだけで、なんか明日が来るような気がする。

Text by 石角友香Photo by Kohichi Ogasaharaヘアメイク by 林裕子スタイリスト by 増井芳江衣装協力 by suzuki takayuki

松重 豊俳優。1963年、福岡県に生まれる。蜷川スタジオを経て、映画、ドラマ、舞台と幅広く活躍。映画『しゃべれども しゃべれども』(2007年)で第62回毎日映画コンクール男優助演賞を受賞。2012年『孤独のグルメ』でドラマ初主演。2019年『ヒキタさん! ご懐妊ですよ』で映画初主演。2020年放送のミニドラマ『きょうの猫村さん』で猫村ねこを演じて話題に。『深夜の音楽食堂』(FM ヨコハマ)では、ラジオ・パーソナリティーも務めている。
RELEASE INFORMATION

Susanna
NOW ON SALEKan Sanoorigami PRODUCTIONS□ CD 通常版:OPCA-1047/2,500 円(税別) /4580246161087 □ 2CD 限定版:OPCA-1048/3,000円(税別) /4580246161094 □ LP(限定生産):OPAE-1016/3,000 円(税別)/4580246161100各種アフィリエイトTracklist01. Flavor02. Good Luck03. Momentum feat. Charlie Lim04. DT pt.305. On My Way Home06. Ash Brown07. brandnewday feat. Rob Araujo08. Question09. She's Gone10. You and I11. Since I Lost You写し鏡のソロピアノ※ CD限定版のみ付属01. 受信トレイの奥にある02. リプライがまだ温かい03. Maybe we will meet one day. 04. 目を撫でる氷の世界へ05. 深く深く潜ったあなたは06. 世界そのものになってしまった07. 切り取りを拒みながら08. 今日も水槽の中で揺れている09. 滲んだ輪郭、混ざる指と指10. 一瞬の永遠を掴まえたら11. 途方もないスローシャッターで12. 愛し合ってるみたいだ、ねOfficial Website各種ダウンロード・購入はこちら

空洞のなかみ
NOW ON SALE松重 豊本体 1,500 円(税別)ISBN:978-4-620-32646-7 仕様:四六判/並製/224 ページ 発行:毎日新聞出版 松重 豊公式ウェブサイト
SHOP INFORMATION
渋谷SWING
〒150-0047 渋谷区神山町16-4 ヴィラメトロポリス4BOPEN 12時/CLOSE 23時(日・祝 20時)休業日:木 第二・第四日曜03-5790-9544HP:https://www.shibuya-swing.com/Copyright (C) Qetic Inc. All rights reserved.