いわゆる「ピアノ弾き語りソロシンガー」という括りに縛られない、自由かつ大胆な音楽活動を繰り広げながら、2019年の2ndアルバム『永久凍土』では、これまで以上にその「歌詞」に重きを置いた音楽制作を行ってみせた日食なつこ。その彼女が、2021年3月10日、「流されず。
日食なつこ -「音楽のすゝめ」MV
INTERVIEW:日食なつこ

音楽を聴く行為は、ある種自己中心的な行為でもあるなって
━━この“音楽のすゝめ”という楽曲は、いつ頃どんな思いのもとに書いた曲なのでしょう?日食なつこ(以下、日食) この曲は、コロナ禍になる前からあった曲です。2019年の夏、<ROCK IN JAPAN FES.>に出させていただいたんですけど、自分の出番が終わったあと、普通にお客さんとしてGRASS STAGEを観ていたんですね。ちょうど、その日の大トリだった10-FEETさんが演奏していて、そのライブが本当にすごかったんです。「これがメインステージのトリをやる人のライブなんだ……」っていうか、もう会場にいる人たち全員の心を持っていくようなすごいライブで。「ああ、まだまだ自分はダメだな。ここまで届けられないや」みたいなことを思いつつも、そのときの会場の熱を忘れないようにしようと思い、その日家に帰って、そのままピアノの前に座って書いたのが、“音楽のすゝめ”のサビ部分の歌詞なんです。━━《短い夢を/朝が来れば幻と化す夢を/後先もなくかき集めてしまう/馬鹿な僕らでいようぜ》という一節ですね。日食 それを書いたときは、普通にフェスの楽しさを伝えたいと思ったんですよね。

12年間、ピアノ一本で成り立つ曲、ライブっていうのをやり続けてきたからできた
━━なるほど。しばらく実家のほうに戻っていたとのことですが、4月から5月にかけて「ファン投票による厳選20曲の宅録弾き語りアルバムの制作」という名目でクラウドファンディングのプロジェクトを立ち上げたり、6月には自宅から配信ライブをやってみたり、いろいろ活動もされていました。そのあと、山奥の一軒家に引っ越しをされたとか?日食 あ、そうですね。今はもう、月イチぐらいで東京にきていますけど、6月までの上半期にいろんなことをやってみて、それが落ち着いたあたりで、いよいよ東京の家を引き払って、山奥に引っ越すことを決めて……所属事務所の人にも、完全に事後報告だったんですけど(笑)。ただ、引っ越し自体はコロナ禍になるずっと前から考えていたというか、東京都内のピアノスタジオって結構高いんですよね。私の場合、時間を決めてできるものではないというか、曲を思いついたら8時間とか9時間とか全然やれてしまうので、そういうことを続けていると、安い家賃だったら家が一軒借りられるんですよね。
永久凍土/日食なつこ
━━であれば、山奥の一軒家に引っ越すことも、無しではないのかと。阪谷 まあ、そうですね(笑)。━━(笑)。ちなみに、引っ越したあとの暮らしはいかがですか?日食 申し訳ないですけど、最高ですね(笑)。東京って、文化にすごく溢れた街で、やっぱり魅力的なんですよね。しかも、いろんな種類の人がいるので、どういう表現をしても許されるようなところがあるじゃないですか。それは私の地元では、ありえないことなので。だから私自身、そういうところに6年住んで、それをしっかり楽しんだつもりではあるんですけど、逆にちょっと惑わされてしまったところもあるんですよね。何でもできるっていうのは、逆に言うとすごい迷いやすいことでもあるから。和食でも洋食でも中華でも何でもいいよって言われたら、何を食べていいのか迷うみたいなことってあるじゃないですか。━━なるほど。それが、東京の良さでもあり悪さでもあると。



「流されない」っていうのは、つまりは「変わり続けること」
━━それが今回の“音楽のすゝめ”になるわけですが、なぜこの曲をシングルとして出そうと思ったのですか?日食 とりあえず、いくつか候補曲を挙げていって……。阪谷 その中には、先ほど言ったような原点回帰じゃないですけど、彼女のインナーな音楽性を磨き直したような曲もあったんですけど、その範疇ではありながらも一曲、すごくポップチューンみたいなものも、やっぱり目指してみたいなと思って。それでこの“音楽のすゝめ”をシングル曲として、なおかつ武部聡志さんという日本のポップスの第一人者にアレンジをお願いすることにしたんですよね。日食 そう、一度アレンジを武部さんにお願いしてみようっていう話は、結構前からあって。さっきの引っ越しの話じゃないですけど、今まで自分たちがやってきたことをガラッと変えるには、このタイミングがいいんじゃないかって思ったんです。この曲は、そういう新しい挑戦に見合うようなエネルギーを持った曲だと思ったし、そうであるからこそ安心してお願いすることができました。これが、ただ爽やかでポップなだけの曲だったらちょっと躊躇したかもしれないですけど、この曲は日食なつこの曲として、その歌詞も含めてちゃんと腰が乗った曲になっていると思ったんですよね。━━そう、この曲の歌詞には、現状に対する「怒り」のようなものも、しっかりと刻まれているわけで……。日食 そうですね。そのあたりは、この曲に寄せたコメントで書かせていただいたことがすべてなんですけど、やっぱり今って、音楽がすごく扱いづらいものになっているじゃないですか。そのコメントには、「音楽の居場所がすっかり限られてしまった今」って書いたんですけど、どこか他人の目を気にして楽しむようなものになってしまったというか、そうやって市民権をはく奪されかけている人たちにまっすぐ目を向ける曲が、一個ぐらい無いとダメだなって思ったんですよね。
2019年夏。某大型フェスに出演した際、自分の出番が終わった後に一番大きなステージの大トリ のライブを観に行きました。そのステージがそれはもうひっくり返るくらい素晴らしくて、この記憶は絶対忘れたらダメだと思いフェスから帰宅したその夜のうちに衝動に任せて4行だけの歌詞を五線譜の裏に書き殴りました。それが「音楽のすゝめ」サビ部分です。あれから1年半。音楽の居場所がすっかり限られてしまった今、あの大トリのステージを観られた ことは僥倖だったと感じています。音楽業界総員が停滞した市場に苦しみまくっている今、改めて 「音楽ってなんか役に立つのか?」ということを冷静に考えた時、あのステージの光が音が、真っ 先に蘇ってきたからです。「理屈じゃねえ。手放せるわけがねえ。音楽が好きだからこんな苦境で も直感で音楽にしがみつくしかないんだ悪いか!」という、音楽馬鹿として超優等生な答えが腹の底から跳ね返ってきました。業界総員、そう逆ギレしていてほしいと願いました。音楽を鳴らす者、売る者、浴びる者...全ての音楽人に必ず再び訪れるべき夜明けの時まで、 幻でもいいから夢を見続けることだけはやめずに続けていてほしいです。そして、そのための 1本の旗のような目印が今は必要な時です。今作「音楽のすゝめ」、その1本の旗として、世の中に堂々提示します。大変な状況の合間を縫って原曲にすばらしき錦の衣を着せてくださったアレンジャー武部さん、 及びレコーディングメンバーの皆様、スタッフの皆様のご尽力に改めてお礼申し上げます。
日食なつこが“音楽のすゝめ”リリースに寄せたコメント
━━あと、そのコメントで印象的なのは、「旗」という言葉ですよね。音楽の夢を見続けるためには、今、一本の旗のような目印が必要であって、「今作、“音楽のすゝめ”を、その一本の旗として、世の中に堂々と提示します」と。これは、どういう心意気なのでしょう?日食 私は今29歳で、今年30歳になるんですけど、何かもうすでに老後のことを考えていて……老後というか、死後ですかね。このコロナ禍の中で、自分が死んだ後の楽曲の在り方のことを、いろいろ考えるようになって。で、この曲は、私が死んだあとに、ちゃんと残ってくれる曲だなっていう自覚があったんですよね。“音楽のすゝめ”の歌詞の内容は、多分100年後の日本人にも通じる信念のようなものが、ちゃんとあるんじゃないかって。そういう意味で「旗」という言葉を使ったというか、そろそろ自分が死んだあとも、この曲があるから大丈夫だよっていう「旗」みたいなものを見せるぐらいの貫禄があってもいいんじゃないかっていう。もしかしたら、まだちょっと早いのかもしれないですけど、コロナ禍のせいでいろんなことがちょっと前倒しになったというか、自分が予定していたよりも人生プランが早く進んだようなところがあるんですよね。一軒家に暮らすのも35歳以降かなと思ってたし……そう、コロナ禍があったことによって、ガラガラと音を立てて物事が動いたことって、自分にも、世の中にも、いっぱいあるなって思っていて。━━なんとなくわかります。リモートをはじめ、いきなり未来がきたような感じがありますよね。日食 そう。その変革は、直に受け取ったほうがいいのかなって思ったんですよね。たとえば、打ち合わせとかもリモートでできるんじゃんとか、通勤もズラせて満員電車も軽減できるじゃんっていう。コロナ禍が解決したあと、またもとの世の中に戻ってしまったら何の意味もないというか、そういう変革を自分でもちょっと早めに起こしたっていう感じですかね。━━本作には、「流されず。迎合せず。日食なつこの求道宣言。」というキャッチコピーがつけられていますが、新しい空気を吸いつつ、変わるところは変わっていくと。日食 そのキャッチコピーは、阪谷さんがつけてくれたんですけど、「流されないこと」は「変わらないこと」とイコールではないんですよね。たとえば、日食なつこというのは、ピアノを弾いて、ちょっといかつい歌詞で、ロングヘア―でみたいな見られ方をされていたからこそ、そこから動けなかったところもあって。「流されない」っていうのは、つまりは「変わり続けること」なんですよね。常にお客さんの予想を超えたことをやっていかないと、お客さんも楽しくないというか、次はどこを曲がるんだろうっていう期待もあるだろうし、やっぱり一直線の道路じゃ飽きるよねっていう。━━いずれにせよ、このコロナ禍の中で、ちょっと面白いところに辿り着いたような気がしますよね。日食 まず、暮らす場所が変わったのが大きいですし、そこでちゃんと音楽ができることが証明されたことも大きいですよね。そう、今はみんな、コロナ禍の中にあって、さなぎの中のグチャグチャな状態みたいな感じというか、ある意味何でもありな状況、どの手段を選んでもオッケーな状態だと思うんです。その中で、何を選んでも正当化できる準備を、今はしておく時期なのかなと。それは、私自身もそうですし、音楽業界の方全員が「今、自分がこの武器を選んだのは、こういう理由だから、行くぜ、止めるなよ」って言えるための時期かなって思うんです。━━そう、この“音楽のすゝめ”には、「音楽よ、進め!」といったニュアンスもあるような気がしました。日食 そうですね。メロディと合わなかったので採用はしなかったんですけど、最後「音楽よ、進め!」みたいな歌詞で締められたら「めっちゃカッコ良くない?」って思って。まあ、それはうまくいかなかったのでやめたんですけど、もちろんそういう意味合いも――「音楽よ、頼むから止まらないでくれ!」という思いも、この曲には込められているんです。
Text by 麦倉正樹(@mugikura)Photo by 柴崎まどか(@shibazakimadoka)

RELEASE INFORMATION

音楽のすゝめ
2021年3月10日(水)日食なつこ344-LDKCDLD&K Records¥3,000(+tax)1000枚限定スペシャルパッケージ(BOX仕様)- シングルCD + コロナ禍を綴った68Pブックレット-収録曲:1. 音楽のすゝめ 2. ダンツァーレ3. 峰 詳細はこちら
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