アイヌの民族楽器、トンコリ奏者のBie Suo(本名:別所誠洋)が6月15日にアルバム『TONKORI SOUND SKETCH』をリリースした。ベーシストとして音楽活動をはじめたBie Suoは、1986年に結成したエスノポップバンド・ナムチェバザールがアコースティック編成となったことを機にタブラ奏者となり、多くのバンドを輩出した伝説的なテレビ番組『三宅裕司のいかすバンド天国』にも出演。
「トンコリ」とは?
トンコリとは、アイヌ民族の中でも「樺太アイヌ※」に伝承されると言われている民族楽器。カヌーのような細い木のボディに、弦が5本。開放弦で弾くため、ハープやお琴に近い演奏スタイルとなる。穏やかで優しい音色が特徴。樺太アイヌ文化の中では、自分で弾いて楽しんだり、シャーマンと一緒に病人の枕元で、ヒーリングを目的として演奏するなど、個人的かつ限定された用途で使われていたと言われている。近年では伝承と普及のためお客さんに向けて披露するという形がとられる機会も多く見られる。※樺太アイヌ:今のサハリンで暮らしていたアイヌ系民族のこと。北海道アイヌ、千島アイヌとは共通点も多い一方、異なる文化、生活習慣を有していた。Bie Suoによるトンコリの演奏風景。編集は台湾の若手映像作家のL.J氏によるもの
Interview:トンコリ奏者:Bie Suo
「突然ですがトンコリを弾いてください」思わぬ出会いが契機に
━━台湾での活動について伺う前に、まずはトンコリとの出会いについて教えてください。「天空オーケストラ」が15年間の活動を経て活動休止状態になった後、ソロでいろんな人のライブでパーカッショニストとして活動したり、レコーディングを手伝ったりしていたんです。
初台湾で先住民族の村に直行
━━では、台湾で活躍するようになったきっかけを教えてください。2016年に、友人が企画した交流イベントが初めての台湾訪問で、ライブが目的で訪問したわけではありませんでした。空港に着いて台北を見ることなく、特急列車で花蓮へ。花蓮から更に車で台湾の先住民族であるアミ族の村に行って、一週間くらい、村の人と一緒に生活をする……ということをしました。━━初めての台湾でアミ族の村に直行した方、初めて会いました。
帰国したあとすぐに、「次も10ヶ所でライブをアレンジしたから来てね!」とメールが来て、その次に渡航した際、2018年の年末から2019年の1月には鳳林県や台南市も含め、17ヶ所を回ることができたんです。
これらの経験を経て気づいたのは、「台湾のアーティストは住んでいるところは関係なく、つながりが強い」ということでした。たとえば、台北であるミュージシャンと友達になったとします。その後、電車で4時間以上かかる台東県に行って、別のミュージシャンと話すと、「その人、知り合いだよ!」ということがよくあります。メジャー、インディーの区別が人間関係に大きく影響することもなく、気さくに会えるような関係性なんだな、と感じました。
━━人間関係を軸に活動が広がっていったんですね。それもBie Suoさんの音楽がアーティストをはじめ、聞く人の心に響いたからだと思うのですが、台湾文化の中で、アイヌの文化はどのように受け入れられているのでしょうか。まず、台湾では先住民族のことを「原住民族」といい、政府に認定されているだけで16の原住民族があります。そして、それぞれの台湾のグループと、アイヌのグループが交流しているんですね。その先住民族のルーツを持っている人からの反応が熱くて。「アイヌの人たちはうちの村に来たことがあるよ」「このメロディは私の民族の歌とよく似てる」など、そういうことを言ってくれました。アイヌでは「ムックリ」と呼ばれる口琴と全く同じ楽器も、台湾の様々な部族にあります。
2019年1月、3回目の渡航で帰国する前に、お世話になったアーティストの皆を誘って食事に行きました。
━━現地に根差すように活動していくことで、音楽とともにBie Suoさん自身もコミュニティに溶け込んでいったのですね。2019年8月はミュージシャン、ダンサーに加え、台湾茶マスターの方も一緒に、日本を案内するツアーを企画して、北海道のアイヌの祈りの祭典<アイヌモシリ一万年祭>にも行きました。<アイヌモシリ一万年祭>はインターネットにあまり情報の出ないローカルな祭典で、アイヌに伝わる土着の文化を台湾の仲間と体験する、という貴重な経験ができました。
ニューアルバムは、台湾・アイヌ・自分をつなぐ門のような存在
━━そうした中、コロナ禍を経てリリースした『TONKORI SOUND SKETCH』の制作に着手した経緯やコンセプトを教えてください。ここまで話を伺った、伝統的な奏法でのトンコリの音色に加え、日本語歌詞、中国語歌詞など、様々なテイストの音楽が一つのアルバムに収録されていますね。2020年にも台湾ツアーを企画していたのですが、コロナ禍で台湾に行けなくなってしまいました。加えて、岡山の田舎に住んでいるので、際立った音楽活動というか、自宅周辺以外にあまり外出できなかった期間にできることはないかなと考えていました。そこで、日々感じたことを「日記」のようなイメージでトンコリの音にして、曲を作ったり、YouTubeにアップしたりしたのがはじまりでしたね。それが50曲を超えたくらいに、これを形にして発表したいと考えて、アルバム用に練り直したのが原点になります。━━コロナ禍以前は、台湾のローカルシーンに溶け込み、一緒に活動していくことが持ち味だったと思います。自由が制限された中で、どういったことを考えられましたか。トンコリを通して自分自身と向き合う、ということを丁寧にやっていきました。トンコリ奏者と言えば、北海道アイヌにルーツを持つ加納 沖さんによる「OKI DUB AINU BAND」がありますよね。対して、アイヌ民族にルーツがあるわけではない、関西出身の自分がトンコリを弾くというのはどういうことなのか、アイデンティティとは何か。台湾で出会った原住民アーティストたちを思い浮かべながら考えていました。
たくさん自問自答する中で、明確な答えは出ていないものの、日本人という大きなくくりの中で、特定の伝統文化や一つの民族グループに属していない自分だからこそ、一旦伝統を解体して、できることがある。そう腹落ちした時に、このアルバムに収録されているような、トンコリを様々な表現の中で活かし、伝えていくというスタイルができました。そして、自分はこっちに進んでいこう……という「門」が開いたように思ったのですよ。━━私はバンドサウンドと融合した“消息”が好きですね。
詳細はこちら『TONKORI SOUND SKETCH』今後は東アジアに拠点を移していく
━━これまでの音楽キャリアを振り返って、いかがですか。自分は1980年代後半から音楽をやっていて、「ナムチェバザール」ではテレビ番組にも出たり、「天空オーケストラ」時代には<フジロックフェスティバル>、<グラストンベリー・フェスティバル>など、大きい音楽フェスティバルでも演奏させてもらいました。大観衆の前、大きいステージでやるのは確かに気持ち良かったです(笑)ただ、大きなライブハウス、大きなステージは大抵「街」の中にあるので、ときどき自分がどこにいるのかわからないような感覚もありました。ソロになってからは、街から離れたところでや、カフェ、ライブレストランバー、本屋さんでライブスペースがあるお店など、身軽さに音楽ができることが、昔と違っていいなと感じています。音響設備がないお寺に音響システムを自前で持って行くこともあります。主催してくれた方、来てくれたお客さん、と直接コミュニケーションができるのも良いですよね。
━━トンコリ奏者として、そして越境するアーティストとして今後やってみたい活動を教えてください。一番は、やっぱり行けるようになって、台湾でライブがしたいです。そして、まだ会えていなかった方と会って話してみたいですね。フォーク・ロックバンド「シェンシャンバンド」(生祥樂隊)が大好きで、ギターを担当している日本人メンバーの大竹 研さんともTwitterを通してやりとりをしているので、直接お話してみたいです。それから、ニューアルバム『TONKORI SOUND SKETCH』は、台湾の桃園空港近くにあるミュージックバー「深夜唱片行」を経営している方がプロモーションを手伝ってくれることになったんです。台湾でもアルバムがたくさん聴かれるといいなと思っています。
━━最後になりますが、「Bie Suo」は、本名の中国語読みですよね。あえてこの名前にした意図は。「脱・日本のアーティストになる」という意思表示で、今後は東アジアに活動の拠点を移すことを考えていきます。将来的には移住もできたらなと。そのために、トンコリ奏者として初めてのアルバムの発売に合わせ、アーティスト名を改めたんですよ。━━ありがとうございました。
Text by 中村めぐみ
INFORMATION
Bie Suo Official site | New album 『TONKORI SOUND SKETCH』 | YouTube | Twitter
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