あれから一ヶ月近くが経ち、春の入り口へと足を踏み入れた今でも、乳白色の託宣を思い出すことがある。「五感芸術」を掲げるユニット=文藝天国、その2回目のワンマンライブとなる<アセンション>が2月17日(土)に日本橋三井ホールで開催された。
色彩作家・すみあいかと音楽作家・ko shinonomeの二人がプロジェクト全体の指揮を取り、音楽/映像のみならず五感を喚起させる表現を次々に繰り出す文藝天国。<アセンション>が開催された2月17日は、夜に行われるライブのみならず、紅茶専門店・喫茶文藝やフレグランスブランド・PARFUM de bungeiのポップアップが開催されるなど、彼らの美的感覚を様々な方面から浴びることができた。少しだけ、あの美麗な記憶を辿ってみたい。
土曜日の昼下がり、表参道。大勢が往来する通りから数回曲がると、白色に統一された店内が見えてきた。今回の喫茶文藝の新作は『花も団子も』。これまでにも自家製アイスクリームなど、文藝天国らしさを味覚に落とし込んで表現してきた文藝天国。今回は目にも鮮やかな桜色の団子が新作としてリリースされた。
この日だけの特別な一品を求め、この日の参加者は長蛇の列を成していた。




暖かい紅茶の蒸気を体内に漂わせながら、PARFUM de bungeiのポップアップストアへと向かう。これまでにも楽曲と連動した作品を発売するなど、彼らにとってフレグランスは嗅覚から世界観を支える重要なプロダクツだ。今回は旧作のオードパルファン『夢の香りのする朝に。』と『緑地化計画』のリニューアルに加え、最新作となるオーデコロン『somei』が発表された。
白を貴重とした店内、真ん中には枝垂れた桜の木。新作のタイトルにも表れているように、冬の最中でありながら一足早い春が明確に表現された空間であった。どうやらリニューアルされた二作のオードパルファンにも、桜の香料が新たに使われているらしい。『somei』を手の甲に乗せて試してみると、ソメイヨシノの凛とした甘さをクールに仕立てた芯のある香りが漂ってきた。まだ肌寒い空の下、ここだけに極小の春が訪れている。



「まもなく離陸いたします。快適な空の旅をお楽しみください。」
超満員の日本橋三井ホール、場内SEもなくサワサワとする会場にアナウンスの声が響く。ステージと私たちとの間には薄く白い幕が敷かれ、向こう側は霞の中。そして錯覚ではなければ、会場の照明は緩やかな速度で落ちていき、長い時間をかけてホール場内は暗転した。

ステージに垂らされた幕に投影されたのは煙を巻き上げて発射されるロケットの映像。その噴射音で呆気に取られていると瑞々しいギターの音色が耳に飛び込んできた。文藝天国の<アセンション>が遂に始まったのだ。オープニングの“尖ったナイフとテレキャスター”は、2019年にリリースされた一曲でありながら、《君のとこへ登ってくよ/ロケットに乗ってもとどかない。》と<アセンション>を予期させるような歌詞が散りばめられている。楽曲の中盤で幕が開けられると、近未来的な白い衣装を身に纏った文藝天国の二人とボーカルを務めるハルの姿がそこにはあった。


<アセンション>第一部のテーマは「破壊」。

“破壊的価値想像“の直後にはサプライズも。サイレンと共に制限されていた写真撮影の許可が下されると、メンバーのいなくなったステージにこの楽曲のミュージックフィルムで主演を務めたsoanが登場してきた。そこで始まったのはまだ誰も聞いたことがない一曲、なんと新ユニット・破壊的価値創造のゲリラステージだ。中央にしゃんと立って歌うハルとは対照的に、ステージを縦横無尽に動き回るsoan。披露された新曲“ラスト・フライト”がその日の24時にリリースされることがアナウンスされると、第一部が終了した。

優雅なクラシックが流れ出すと、ステージにアンティーク調のテーブルや椅子が運ばれてきた。セッティングが完了すると文藝天国の二人が登場、MC代わりのお茶会がゆったりとした雰囲気で始まった。二人はティーカップを片手に<アセンション>のコンセプトを緩いトークを交えて紹介、ピンと澄み切っていた場内の雰囲気は一気に和んだ。
まさにこの雰囲気にぴったりの“秘密の茶会”から、すみあいかの奏でるウィンドチャイムが爽やかに響く“天使入門”に繋がる構成で、会場にも華やかな安らぎの時間が訪れる。VDJで即座に世界の景色を組み替えるすみあいかと、それに呼応する瑞々しい楽曲の数々。その日の体験がそうであったように、まさに全方向から文藝天国に包まれて意識を遠い場所まで持っていかれる至福の体験だ。


ミュージック・フィルムに出演した壊死ニキによるエモーショナルな語りによる“フィルムカメラ”の名演や劇的な別れのシーンを想起させる“エア・ブラスト”など、シリアスで記憶に深く残る楽曲も披露された第二部。何より印象的だったのはラストの“奇跡の再定義”。ko shinonomeの作り出す轟音の音の壁がホール中を反響すると共に、大量の白煙がステージから吹き出してきた。長大なリフレイン、スモークによって真っ白になった前方がようやく開けてくると、そこに彼らの姿はなかった。「煙に巻かれた」という表現がまさにぴったりの、隅々まで統御された圧巻のステージ。終演後のオーディエンスが残したざわめきは、<アセンション>への最大級の賛辞に聞こえた。

退場の際に配布されたのは四角い小さな紙箱。帰宅して開けてみると、中から固形のハンドソープが出てきた。
思えば、あの日の文藝天国が表現していたのも、不意に出会った風の匂いだったり、輪郭のぼやけた記憶だったり、置き場のわからない気持ちだったり、繊細そのものだった。時に突き刺すように、時にもやで包むように、あらゆる方面からそれらは喚起される。あの日<アセンション>に参加した者たちは、一つのものを鑑賞しながら、それぞれがそれぞれの感情へと着地したような気がしている。次に文藝天国が連れて行くのは、一体どこなのだろう。手元に残ったこのハンドソープが小さくなるころには、桜の季節も過ぎて、また新しい緑が芽吹いているのだろう。

INFORMATION
文藝天国2nd one-man live<アセンション>
2024.02.17(土)日本橋三井ホール出演:VDJ すみあいか Gt. ko shinonome Vo. ハル
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