W杯3大会連続予選敗退のイタリアはなぜ弱くなったのか、デルピエロが指摘「女子は素晴らしいのに男子は…昔はゲームも有料だったのに今や無料」

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2026年ワールドカップに出場する全48か国が全て出揃った。



欧州ではイタリア代表が3大会連続で出場を逃す悲劇に見舞われた。



通算3度のワールドカップ優勝を誇るイタリアだが、近年は低迷。今大会も予選プレーオフ決勝でボスニア・ヘルツェゴヴィナに敗れて涙に暮れた。



イタリアサッカー連盟は3日にジェンナーロ・ガットゥーゾ代表監督との契約を相互合意のもとで解除した。



現役時代は闘犬と呼ばれた元イタリア代表MFのガットゥーゾ監督は去年6月の就任以降、8試合で6勝2敗という戦績だった。



そうしたなか、2006年ワールドカップの優勝メンバーで、イタリアの10番に君臨したアレッサンドロ・デルピエロは、『Sky』で、こう指摘していた。



「ここ数日、悲しみ、怒り、失望、そして信じられない思い、多くのネガティブな感情がある。



私たちはかつて強豪国でしたが、ワールドカップ出場を3度も逃すとは信じられない。



最初の2018年はショッキング、2度目は『悪夢』と思った。そして3度目は、もはや正当化するのも恥ずかしい。



このような状況に直面しているが、誰に責任があるのか。それが一人なのか複数なのかに関わらず、難しい状況がいくつも重なり合った結果だと思う。背後にはもっと多くの要因がある。



残念ながら、今日、私たちは大きく遅れをとっているという事実は変わりない。懸命に研究してきた他のチームの後塵を拝している。インスピレーションを得られる代表チームは数多くある。ドイツやフランスのようなチームも同じ状況にあったが、勇気を持って特定の道を歩み始めた。



いま必要なのは、反応してやり直すという意志であり、方法はただ一つ。取り組み、研究すること。イタリア人として常に私たちを特徴づけてきた情熱を、自分自身の中に見つけ出すこと。



2006年や1982年のワールドカップのような最大の危機があった瞬間に我々はエネルギー、創造性、願望、そして解決策を解き放つことができた」



「議論すべきテーマはたくさんあるが、どんなアイデアも、他の人々と共に話し合う環境の中で提示されなければならない。



つまり、チームが必要。私はチームワークを信じているし、繰り返しになるが、誰か一人をスケープゴートにしてはいけないし、すべてを解決できる人が一人でもいるとは考えていけない。



イタリアは、多くの分野で他国に比べて劣っている。ここで強調しておきたいのは、議論しているのは男子サッカーの問題であり、女子サッカーは素晴らしい成果を上げているということ。



他の多くのスポーツでも、私たちは非常に良い成績を収めている。史上最も素晴らしいオリンピックを終えたばかりだし、イタリアのテニス界の現状を見てくれ。



つまり、タレントは確かに存在している。この状況では、腰を据えて話し合う必要がある。ユース部門はうまくいっていない。スタジアムすらなく、投資もなく、プレーするイタリア人ははるかに少なくなっている。



我々は非常にローカルなサッカー、つまりトリノではトリノ出身者、ミラノではミラノ出身者の手に委ねられていたサッカーから、非常にオープンになったことで、地域性や伝統の一部を失った。



海外のビッグチームを除けば、今もなお存在する伝統は印象的だ。ビルバオやセビージャにはアイデンティティがある。イタリアサッカーとして、我々は一歩引いてみる必要がある。



自分たちはもはや最高レベルではなく、2番手や3番手ですらないことを自覚する必要がある。まず最初にすべきことは、現状を認めること。

私たちはもはや、自分たちが思っているような存在でも、プライドを求めるような存在でもない。



プライドは捨て、謙虚さを身につけなければならない。自分の身を守ることだけを考えていてはダメだ。現状では、それしか考えていないのだから」



「選手育成がよく話題になるが、私の考えでは、選手を育成するものではない。せいぜい、選手を導きき、手助けをする程度だろう。



常にイエスと言わせるのではなく、選択肢を与えるべき。それに、我々の世代とは違う。



最近の代表チームは誰もが親しい。昔はどんな感じだったかと聞かれることもあるが、正直に言うと、代表に行くのはほとんど恐怖だった。



代表に行くということは、ナイフを口にくわえ、ヘルメットをかぶる(戦闘モード)ことを意味していた。今の若い人たちは習慣が違う。



やるべきことが山積みだ…。

コーチの給料は低く、代表チームには莫大な費用がかかり、サッカースクールの費用負担への不満もある。まさに無秩序状態で、前に進めない。バランスを見極め、解決策を見つけなければならない。そして、責任を取ることは不可欠だ。過ちを犯した者は、それを認め、去らなければならない時もある。



今は過ちを認めることさえ問題視される時代だ。私も何千回も過ちを犯してきた。それを認めなかった時でさえ、心の奥底では分かっていた。間違いを犯した時にそれを責めることなく冷静に伝える人間が必要だ。



我々はメッシやロナウドに慣れているが、今は違うタイプの選手がいるし、時代も変わった。私にも子供がいて、自分がベビーブーマー世代であることを実感している。



彼らは考え方もスピードも違う。

助けてくれるのは知識だけで、禁止することではない。ディスコに行くこと以外はね(笑)。



親にとっての勝利は、子供が正しい選択をした時。親が過保護になっていつも子供に何をすべきかを指示するべきではない。これは若手選手たちにも当てはまる。



指示しすぎて、創造性を殺してしまっている。指示が厳しすぎると、若い選手はそれしかできなくなる。そのシステムの中では上達するが、一歩外に出るとすぐにミスをして、ダメな選手というレッテルを貼られてしまう。それは違う。彼らが悪いのではない。問題は、彼らがたった一つのことしか教えられていないこと。自分で問題を解決する方法を教えられていない。



他の国では、このような問題は存在しない。我が国のような「禁止事項」はない。(必要なのは)子どもたちが自分の能力を発揮し、自分自身を試すことができる環境だ。



私にとって最大の喜びは何だったか。友達に挑戦することだった。そして、それによって自分自身にも挑戦することができた。



昔はビデオゲームも有料だった。遊ぶのに100リラ払わなければならず、だからこそ真剣に取り組んだ。今やビデオゲームは無料だ…」



デルピエロはいわゆるファンタジスタと呼ばれるタイプの選手だった。最近はユース年代からプレーに縛りがあるため、創造力が失われていると指摘。



なぜかW杯から遠ざかっている「強豪国」6選



そのうえで、時代的な変化の影響もあると感じているようだ。



筆者:井上大輔(編集部)

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