サッカー選手にとって、人生の全てであったともいえるピッチから離れることは容易ではない。その決断はあまりにも重く、数多くのプレーヤーが引き際の見極めに苦しむものだ。
ただ、そのなかには最後にもう一花咲かせようと再び情熱の炎を燃やす者たちがいる。今回は『The Football Faithful』から「現役引退を撤回して復帰したスーパースター」をご紹介する。
ロジェ・ミラ
1990年に行われたワールドカップで、その名を世界に刻んだカメルーンの英雄ロジェ・ミラは、まさに大会の象徴的存在の一人。しかし、もし一本の電話がなければ、彼のサッカー人生はまったく異なるものになっていたはずだ。
ミラは大会の2年前にすでに代表から退いており、インド洋に浮かぶレユニオン島で静かにキャリアを終えるつもりでいた。そんな彼のもとに届いたのが、カメルーンのポール・ビヤ大統領からの直々の要請。「不屈のライオン」への復帰を願った電話での言葉が運命を動かした。
38歳で再び代表ユニフォームに袖を通したミラは、イタリアでのワールドカップで年齢を感じさせない躍動を見せる。ルーマニア戦、コロンビア戦でそれぞれ2得点。アフリカ勢として初のベスト8進出を果たす原動力となった。そしてコーナーフラッグ脇で披露したダンスは今も語り草となっている。
さらに物語は終わらない。1994年のアメリカ大会にもメンバーとして名を連ねたミラは、ロシア戦でゴールを記録。
マルク・オーフェルマルス
アヤックス、アーセナル、バルセロナといった名門を渡り歩き、圧倒的なスピードとスキルでサイドを切り裂いたマルク・オーフェルマルス。4度のリーグ優勝やチャンピオンズリーグ制覇など、輝かしいキャリアを築いた。
ただその一方で相次ぐ怪我に見舞われており、バルセロナでの4シーズンを終えた後に若くして引退を決断。しかし、それから4年後に行われたヤープ・スタムの引退試合でのパフォーマンスが、彼の心を変えた。
そのとき彼はかつてと変わらぬキレのある動きを披露し、これを見た多くのクラブから「うちでプレーしないか」と獲得の打診が舞い込んだという。
しかし、彼が選んだのはプロとしてのキャリアをスタートさせた愛する古巣ゴー・アヘッド・イーグルスだった。バルセロナで引退を発表してから1,545日後、当時オランダ2部にいた古巣に加入し、24試合に出場した。
ただ、キャリア終盤を苦しめた怪我の影響は時間とともに大きくなり、1シーズンでゴールを決めることはできず、再びピッチを去ることとなった。
カルロス・ロア
引退&復帰の理由として、これほどユニークな例はないだろう。アルゼンチン代表GKカルロス・ロアが一度引退を決めたのは、怪我でも衰えでもなく、「世界の終末」を信じたからだった。
1998年のワールドカップでアルゼンチン代表の守護神として活躍したロアは、所属先のマジョルカでもコパ・デル・レイやカップウィナーズカップの決勝進出に貢献した名選手だった。ピマンチェスター・ユナイテッドも関心を示していると報じられていたほどだ。
しかし彼は「終末思想」を掲げていたセブンスデー・アドベンチスト教会という新興宗教の信者でもあった。
しかし、新年を迎えても世界が滅びる気配がないことが分かると、1年後にマジョルカへ復帰。契約期間を全うするために戻ったものの、1年のブランクは大きく、かつての輝きを取り戻すことはできなかった。
ポール・スコールズ
マンチェスター・ユナイテッドの象徴的存在だったポール・スコールズは、2011年に自身10度目となるプレミアリーグ制覇を成し遂げた後、輝かしいワン・クラブ・マンとしてのキャリアに幕を閉じた。
しかし、それから1年も経たないうちに、アレックス・ファーガソン監督はマンチェスター・シティとのダービーマッチで、ベンチメンバーに背番号22の名を書き込んだ。この衝撃的な復帰は、実はチームメイトさえも直前まで知らされていなかったという。
引退後はリザーブチームのコーチを務めていたスコールズだったが、自分にはまだやれるという手応えを感じ、ファーガソンに現役復帰を打診した。
そして当時は中盤の層の薄さに悩まされていたファーガソンにとって、この申し出は願ってもないものだったという。シーズン残りの6ヶ月を戦い抜いたスコールズは、さらに1年の契約延長にサインした。
現役復帰した最初の試合では、普通にスポーツショップで売っているスパイクを買ってプレーしたというスコールズ。次のシーズンでは自身11度目のリーグタイトルをコレクションに加え、本当の「有終の美」を飾った。
アリエン・ロッベン
(C)Getty Images
「バイエルン・ミュンヘンの象徴」として10年間君臨し、8度のリーグ優勝とチャンピオンズリーグ制覇を成し遂げたアリエン・ロッベンも、愛する古巣のために一度下した引退の決断を覆した選手だ。
世界最高のウインガーの一人として、クラブレベルで頂点を極めた彼は、2019年に35歳で引退を発表。
キャリアを通して怪我に悩まされた彼であったが、引退後にトレーニングから離れると体の状態が回復。再びサッカーに挑戦する意思を固めたのだ。約20年の時を経て帰還したレジェンドに、フローニンヘンのファンは熱狂した。
復帰戦の相手は、皮肉にもかつて所属したPSVだった。しかし、36歳のベテランを待っていたのは厳しい現実であった。試合開始からわずか29分で、鼠径部の負傷により負傷交代。再びの怪我に泣かされ、1年でわずか7試合の出場に終わっている。
※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。
筆者:石井彰(編集部)

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