
J2も終盤戦に入り、ジェフユナイテッド千葉は激しいJ1昇格争いを繰り広げている。
サポーターが“神さま”と称えるゴールキーパーの活躍により、チームは例年にない躍進を見せている。
守護神の名は、今季よりフリーで加入したスペイン人GKホセ・スアレスだ。
数々のビッグセーブでゴールマウスを死守するスアレスは、J1復帰のキーマンと言っても過言ではない。
Qolyは千葉の守護神にインタビューを実施。スペイン人GKの素顔に迫った。
(文・構成 浅野凜太郎)
神様ではなくて守護神
「僕は神さまではなくて、ただのゴールキーパーです」
サポーターの声を伝えると、スアレスは笑顔で首を横に振った。その言葉に謙そんはない。
「神さまと言われることは恐れ多いです。神さまみたいに病を治すのではなく、最初から最後までチームのために戦い、ただただゴールを守ることが僕の仕事です」
とはいえ、間違いなく“守護神”と呼べる活躍を披露している。
ここまでリーグ戦26試合に出場しているスアレスは、J2リーグ3位を誇るセーブ総数83(第31節終了時点)を記録。また、同リーグで3番目となる386本の被シュートを浴びているが、チームは1試合平均0.9失点に抑えており、幾度も千葉のピンチを救ってきた。フクダ電子アリーナのゴール裏からは、相手セットプレーの度に背番号19のチャントが響く。
安定したセービングを披露しているスアレス(写真 繩手猟)「千葉は非常に過ごしやすいですし、家族もこの街を気に入っています。ジェフにはたくさんのプロフェッショナルがいるので非常に働きやすくて、本当に来て良かったです」と公私ともに充実の時を過ごしているスアレス。
特にJ2第23節モンテディオ山形戦(1○0)以降のパフォーマンスには、目を見張るものがある。J1復帰に向けて負けられない戦いが続く中、守護神は試合終盤まで超人的なスーパーセーブを連発。チームメイトたちからも「ホセに助けられた」と絶賛の声が聞こえた。
スアレスの好パフォーマンスは準備に秘密がある。

好調の守護神を支える要因の一つは、昨年の夏ごろからつけているメンタルコーチの存在だ。
「最善の準備というと、がむしゃらに練習する姿を思い浮かべると思いますが、自分の場合はメンタルも重要です」と話すスアレスは、スペイン在住のメンタルコーチとオンライン上で自身の心身を整え、日々の試合に臨んでいる。
「彼をつけたことで考え方がポジティブになりました。 例えば、ビッグセーブをしたときには『なぜビッグセーブができたのか』をポジティブに考える。以前まではミスをしたときに、どうしてもネガティブになっていましたが、逆にビッグセーブができた理由をポジティブに考えることで、試合の入りやシーズンの入りを非常に良いものにできるようになったと思います」
ただ、そんな守護神も苦しい日々を過ごしてきた。
夜も眠れなかった3カ月間
スアレスのキャリアには空白の3カ月間がある。それは昨季のJ2徳島ヴォルティス退団後だ。
「もちろん徳島には残りたかった。自分にとって特別な場所です」と日本で初めてプレーしたクラブへの愛は大きかったが、3シーズン目となった昨季をもって契約満了。
「サッカー界ではよく起きることだと思います。ただ、なかなか徳島の方から契約更新の話がなかったことは少し残念でした」と別れを告げた。
シーズン終了後は故郷のスペインに戻り、オファーを待ち続けた。
新天地が決まるまでの間、自身が幼いころに所属していたチームから練習参加の誘いを受けたが、ケガのリスクを管理するために一人でトレーニングに励んだ。サイクリングやランニング、ジムで体を動かしてコンディション維持に努める日々だったという。

「フリーだったので、すぐにどこかのチームに行ける準備をしていましたが、自分とってすごく苦しい期間でした。本当に夜も眠れないくらい毎日不安に襲われていました」と苦しい過去を明かした。
それでも、自分を信じてやり続けた。そんなときに千葉からのオファーが舞い込んだ。きっかけはGK若原智哉の全治約5カ月にも及ぶ長期離脱だ。
若原をはじめ、GK陣には鈴木椋大(りょうた)、薄井覇斗(はると)、岡本享也(みちや、J3テゲバジャーロ宮崎へ期限付き移籍中)を擁していた千葉だったが、今季加入の若原が1月16日に右ひざ外側半月板を損傷。スペインで無所属期間を送っていたスアレスに白羽の矢が立った。

「ジェフ以外のクラブから正式なオファーはありませんでしたが、自分は日本が大好きですし、日本でずっとプレーをしたいという気持ちがありました。だから他のクラブからオファーがこなくて良かったと思っています(笑)。
オファーをいただいた経緯として、彼(若原)がケガをしてしまったから(千葉に)来たという見方もできますが、自分はすべてのことに意味があると思っています。だからここに来たからには、全力でチームのために尽くしたい」と二度目の日本挑戦を決意した。
千葉への加入は今年2月6日に発表され、J2第3節の山形戦(3○2)でデビューを果たした。「無所属期間中にしっかりと体を動かしていたので、短期間でなんとかみんなと同じレベルに持っていけた」と、3カ月間のブランクを感じさせないプレーで千葉の勝利に貢献した守護神は、ここから正ゴールキーパーとしての地位を確立していった。
Jリーグ挑戦を支えた二人
2度目のJリーグ挑戦で輝きを放っているスアレスだが、実は10代のころに一度日本を訪れていた。
2015年6月10日に開催されたバルセロナB対アビスパ福岡のトレーニングマッチに出場していた守護神は、懐かしそうに当時を振り返った。
「あの試合は5-0で勝ったと記憶しています。一番印象に残っているのは、日本には両足を使えて、とてもテクニカルな選手がそろっているということです。それから、日本のチームはなめてかかると痛い目に遭うという印象を抱きました」
当時のバルセロナBには、かつてJ1ヴィッセル神戸に所属したMFセルジ・サンペールが在籍。スアレスと同年代のサンペールは、2019年から2023年まで神戸でプレーし、一足先にJリーガーとして活躍していた。

ラ・リーガの名門クラブでともに切磋琢磨したスペイン人ミッドフィルダーが、日本行きを考えていたスアレスの背中を押した。
「サンペールと直接話をして、日本にはどんな選手が多いのか、日本はどんな国なのか、どのように毎日を過ごしてるのか聞きました。そこでポジティブな印象を受けたので、彼との会話が自分を日本に来させるための後押しになりました」
日本でのキャリアは4年目に突入。試合中には日本語で指示を出せるほど、語学面も成長している。
ただ、スペイン人のスアレスにとって日本語でのコミュニケーションに限界があることも事実だ。さらにシーズン開幕後の加入だったため、当初はチームへの適応を不安視する声もあったが、ある男の存在がその不安を吹き飛ばした。

千葉の主将DF鈴木大輔だ。
「大輔には非常に助けられました。 ジェフに来てすぐにここがどういうクラブなのか、あの人はどういう人なのかと、たくさん教えてもらいました。ピッチ上はもちろん、彼は本当に偉大な人だと感じています。人格者ですし、本当に彼がいてくれたから自分はいち早くジェフに馴染めたと思うので、本当に感謝しています」
鈴木大とスアレスはともにスペインのジムナスティック・タラゴナでプレーしたつながりを持つ。所属期間こそ被っていないが、同じユニフォームに袖を通したキャプテンの存在は、ピッチ内外での適応を助けた。

「彼(鈴木大)はスペイン語が話せるので、非常に助かっています。
彼はスペイン語がすごく上手なので、細かい戦術の話や細かい指示をするときには、ピッチ上でもスペイン語を使って話をします」とスアレス活躍の裏には、鈴木の存在があった。
Jリーグナンバーワンのゴールキーパーへ
千葉はJ1復帰に向けて佳境を迎えている。
第31節を終えた時点で3位となっており、予断を許さない状況が続く。また、ポジション争いの観点では若原が復帰。スアレスとしても正守護神の座は安泰ではないだろう。
強力なライバルたちが控える中、スアレスは「ゴールキーパーファミリー」と呼ぶGK陣の存在が刺激になっていると明かした。

「僕たちゴールキーパーファミリーは、すごく強い絆(きずな)で結ばれています。同時に非常に高い競争意識を持ってポジション争いをしているんです。 僕はゴールキーパーコーチをはじめ、周りにいる仲間によって支えられています。 彼らと切磋琢磨することで自分の能力がより一層引き上げられますし、本当に日々感謝をしています。
ただ、ゴールキーパーは1枠しかないので、みんなが全力でやっている姿を見ると、『おっと、やばいぞ』となるんです。
地獄のような無所属期間を乗り越えたからこそ、日々のトレーニングに全身全霊で臨んでいる。
来日した当初は日本人の練習量に衝撃を受けたと話すが、いまではその必要性を実感。強力なライバルたちとのスタメン争いに勝利し、これからもスタメンの座を守り続けようと、さらなるレベルアップに努めている。
「常にプラスアルファのことをしなければいけないと思います。例えば自主練習をもっとするとか、ジムでトレーニングですよね。ただ、自分はポジション争いをしているので、『具体的にここを良くしなければいけない』とここで教えてしまうと、それを見たライバルたちにも知られてしまうから、胸の内に秘めておくよ」と笑った。

ゴール前で放つ威厳とは対照的に、ピッチ外では明るいキャラクターでチームメイトたちから好かれるスアレス。ピンチを防ぐスーパーセーブでサポーターの心をガッチリとつかみ、J1復帰へのキーマンと期待される背番号19が見据える先は日本の頂点だ。
スアレスは虎視眈々と準備を進めている。
「まず、ジェフと一緒にJ1へ戻ることが一つ目の目標です。 そしてもっと個人的なところでは、日本でナンバーワンのゴールキーパーになりたい。 やっぱり自分がプレーをしている国で、ナンバーワンを目指さないといけないと思っています」
J2のトンネルに迷い込んだ千葉に現れた守護神は、J1復帰を見据えている。

「J1に上がるとしたら今年だと思います。結果の世界なので約束はできませんが、僕たちがやっていることを一日、一日積み上げていけば、J1に上がれると確信しています」と力強い予言を残したスアレスが、日本一の守護神として千葉をJ1へと導く。