プレミアリーグの歴史に残る「5つの忘れられない移籍劇」

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移籍市場の最終日は、通称「デッドライン・デー」と言われる。カレンダーの中でも最も熱狂的なこの一日は、これまでプレミアリーグに数々の忘れがたい物語を残してきた。



衝撃的な展開から思わず首をかしげるような奇妙な出来事まで、『The Football Faithful』から、この「運命の日」を彩った語り継がれるべき5つのエピソードを振り返ってみよう。



レドナップ監督、エースを高く売るために「飛行機に押し込む」



ハリー・レドナップ監督は、常に移籍市場の主役だった。そんな彼が2008年2月に見せたのは、エースストライカーを強引に放出するという珍しい行動だった。



当時ポーツマスに所属していたベンジャニは、シーズン前半だけで23試合12ゴールと絶好調。しかし、レドナップはマンチェスター・シティからの獲得オファーを「断るには惜しすぎる」と考えたという。



「突然、シティから約950万ポンドのオファーが来たんだ。ベンジャニを軽んじるわけではないが、彼にそれほどの値がつくとは夢にも思わなかった」とレドナップは『talkSPORT』で振り返っている。



さらに「ただ、彼は『ここが好きだから行きたくない』と言う。なんとか彼を空港まで連れて行ったが、今度はシティ側から『彼が飛行機に乗っていない!』と連絡が入った。空港中を探し回ってようやく彼を見つけ、『ベンジ、マンチェスターにいるはずだろう』と説得した」と話し、ギリギリまで粘るベンジャニを飛行機に押し込んだと明かしている。



ある意味「フライング・ダッチマン」だった…謎のバベルコプター



2010年8月、ライアン・バベルを巡る事件はデッドライン・デー史上最も不可解なものの一つとして記憶されている。通称「バベルコプター」。



当時リヴァプールでラファエル・ベニテス監督の構想外となっていたバベルは、カールトン・コールとのトレードという形でウェストハム移籍に近づいていた。



しかしながら、バベルが交渉のためにヘリコプターに乗り込む姿が報じられたものの、彼はロンドンに現れず、どこに着陸したのかも確認されなかった。

後に彼はこの一件の真相を語っている。



「一度はウェストハム移籍にかなり近づいた。カールトン・コールとのトレードだ。でも、計画通りにはいかなかった」



「最初はシーズン終了までの期限付き移籍だと聞いていたんだ。それならリヴァプールに戻ってこられるしね。でも最終日に、実はウェストハムが僕を完全移籍で買い取ろうとしていることがわかった。それは望んでいなかったんだ。結局、僕らは移籍を断念させることに決めたんだ」



トーレス、スアレス、キャロル…ストライカーの「歴史的玉突き」



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2011年1月の最終日ほど、混沌に満ちた一日はあっただろうか。リヴァプールとチェルシーが巨額の資金を投じ、ストライカーたちの壮大な椅子取りゲームが繰り広げられた。



リヴァプールでは新オーナーのFSGが就任。さらにレジェンドのケニー・ダルグリッシュが監督に復帰。しかし、絶対的エースのフェルナンド・トーレスがチェルシーからの関心を受け、移籍志願書を提出した。



アヤックスから獲得間近だったルイス・スアレスとトーレスを組ませるプランを描いていたが、リヴァプール急遽代役探しを余儀なくされ、白羽の矢を立てたのはニューカッスルのアンディ・キャロル。

混乱の中で移籍金は急上昇し、当時のイングランド人史上最高額となる3500万ポンドで合意。プレミアでまだ14点しか取っていなかった若者に、クラブレコードの額を投じたのだ。



キャロルを乗せたヘリがリヴァプールへ向かう一方で、トーレスはロンドンへ。スアレスとキャロルの移籍は時間内に発表されたが、トーレスの5000万ポンドの移籍が承認されたのは、締め切りの20分後のことだった。



オデムウィンギー、スタジアム入場を拒否される



2013年1月、ピーター・オデムウィンギーは自らのキャリアの舵を切ろうとした。当時WBAに所属していたナイジェリア代表FWの彼は、QPRへの移籍が秒読みだと信じ込み、許可なく自ら車を運転してロフタス・ロード(QPRの本拠地)へと向かった。



しかし、その移籍は土壇場で破談に。両クラブが「移籍金で合意していない」と主張する中、オデムウィンギーはQPRのスタジアムの外で車を止め、警備員に入場を拒否された。



オデムウィンギーは後に、トレード要員だったホイレットがWBA行きを拒んだことが原因だったと明かしている。



「すべて合意していると思っていた。ホイレットの移籍が条件に含まれているなんて知らなかったんだ。知っていたら、あんな悪天候の中、生後1週間の赤ちゃんを置いてロンドンまで運転なんてしなかったよ!」と後にオデムウィンギーは語った。



「壊れたFAX」が阻んだデ・ヘアの移籍



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2015年、レアル・マドリーとマンチェスター・ユナイテッドという世界的名門同士の取引を台無しにしたのは、皮肉にも「テクノロジーの不備」だった。



両クラブはダビド・デ・ヘアとケイロル・ナバスを入れ替えるというGK同士の大型トレードで合意に達していた。しかし、移籍市場が閉まる直前、FAX機のトラブル(とされる)が発生。必要書類の提出が間に合わず、移籍は消滅した。



両クラブは互いに「相手のミスだ」と主張し合い、泥仕合になった。当初はユナイテッド側のFAX機の故障が原因と報じられ、レアル・マドリーは選手登録期限の夜10時を過ぎてしまったため、デ・ヘアはマンチェスターに残ることになった。



ユナイテッド側は「時間内に手続きを完了した証拠がある」と声明を出したが、同時にデ・ヘアが残留することへの「喜び」を露わにし、疑念を呼ぶ形となった。この騒動を教訓に、移籍手続きはFAXからより確実なシステムへと移行していくことになる。



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※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。



筆者:石井彰(編集部)

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