
サッカー選手の移籍は「決まるまで何が起こるかわからない」。ジャーナリストやメディアがどれだけスッパ抜いたとしても、契約書にサインするまではいつでも撤回できるのだから。
今回は『The Football Faithful』から「イングランドで加入直前にドタキャンされた移籍」を5つご紹介しよう。
ポール・ガスコイン
移籍する寸前だったクラブ:マンチェスター・ユナイテッド
最終的に加入したクラブ:トッテナム・ホットスパー
1998年、ポール・ガスコインはマンチェスター・ユナイテッドへ移籍する寸前だった。アレックス・ファーガソン監督は、夏の休暇に出かける前にガスコインと話していたという。
「バカンス前に彼と話したよ。ポールは『ファーガソン、楽しんできて下さい。僕はマンチェスター・ユナイテッドと契約します』と言っていた。それで休暇に出かけていたのだが、会長から電話があって『悪い知らせがある』と伝えられた。彼は結局トッテナムと契約したのだと」
ファーガソンはそう語り、直前で踵を返されたことを明かしていた。なお、トッテナムはガスコインに対して両親のための家など様々な特典を提供していたとか。
ロイ・キーン

移籍する寸前だったクラブ:ブラックバーン・ローヴァーズ
最終的に加入したクラブ:マンチェスター・ユナイテッド
1993年、マンチェスター・ユナイテッドはノッティンガム・フォレストに所属していたMFロイ・キーンを獲得した。ブラックバーン・ローヴァーズから直前で横取りする形でだ。キーンはすでにブラックバーンと個人合意しており、ケニー・ダルグリッシュ監督とも握手していた。しかし週末だったため書類手続きが完了しなかった。
そこでマンチェスター・ユナイテッドはファーガソン監督を直接ロイ・キーンとの交渉に向かわせ、最終的に契約をまとめた。
ジョン・オビ・ミケル

移籍する寸前だったクラブ:マンチェスター・ユナイテッド
最終的に加入したクラブ:チェルシー
ジョン・オビ・ミケルのマンチェスター・ユナイテッド移籍は、すでに決まっていた。クラブの公式サイトでも発表されていたが、最終的に彼が加入したのはチェルシーであった。
チェルシーはすでに彼の代理人と契約を結んでいたと主張する一方、マンチェスター・ユナイテッドは記者会見で彼の獲得を発表。不透明な状況の中、ミケルは行方不明になった。
最終的にFIFAやイングランドサッカー協会の介入によって物事は解決したが、チェルシーがマンチェスター・ユナイテッドに補償金を支払うという珍しい結果になっている。
ウィリアン

移籍する寸前だったクラブ:トッテナム・ホットスパー
最終的に加入したクラブ:チェルシー
2013年8月、シャフタール・ドネツクに所属していたウィリアンはイングランドを訪れ、ロンドンでトッテナム加入に向けたメディカルチェックを受けていた。
しかしながら、彼がトッテナムの練習場にいた時、チェルシーはシャフタール・ドネツクとの交渉をまとめた。トッテナムはこれに驚愕したと伝えられている。
ウィリアンによれば「2週間ロンドンにいて、トッテナムの決断を待っていた。なぜならベイルがレアル・マドリーに加入するための手続きが進められていたからね。チェルシーから連絡があったのはトッテナムとの契約書にサインする予定日だった。トッテナム練習場に電話がかかってきて、『チェルシーが君を欲しがっている』と言われたんだ」とのこと。
ミハイロ・ムドリク

移籍する寸前だったクラブ:アーセナル
最終的に加入したクラブ:チェルシー
2023年1月の移籍マーケットでは、ミハイロ・ムドリクの動きが話題の中心だった。アーセナルはシャフタールで輝かしいプレーを見せたムドリクに関心を示しており、選手自身もSNSで関心を公にしていた。
しかしそこにチェルシーがやってきた。その巨額オファーはボーナス含めて移籍金8850万ポンドに達しており、とてつもない長期契約でもあった。
そのためムドリクは直前でチェルシーへと踵を返したが、このハイジャックが正解だったのかどうかについては評価が分かれるだろう。
※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。