プレミアリーグの歴史上「最悪のケガ」ワースト8

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サッカーにおいて怪我はつきものだと言われるが、肉離れや捻挫といったものだけではなく、靭帯断裂や腓骨骨折など永続的な影響を残してしまうものもある。イングランド・プレミアリーグは他の国と比べても強度が高いため、激しい肉弾戦が行われることで知られる。



今回は『Give me Sport』から「プレミアリーグの歴史上最悪の怪我」をご紹介する。



ラウール・ヒメネス



年:2020年



回復期間:8ヶ月



2020年に発生したラウール・ヒメネスの負傷は、近年のプレミアリーグでは最も衝撃的な事故の一つだといえる。ウォルヴァーハンプトン・ワンダラーズに所属していたメキシコ代表FWは、タックルの際にアーセナルのDFダヴィド・ルイスと接触し、頭蓋骨を骨折した。



すぐに病院へと搬送されて緊急手術を受け、その数カ月後に復帰したものの、本来の力を発揮するまでには長い時間を要した。2024-25シーズンにはようやく復活を果たし、12ゴール3アシストを記録している。



ライアン・メイソン



年:2017年



回復期間:ピッチに復帰できず



2017年にハル・シティでプレーしていたMFライアン・メイソンは、チェルシー戦でのコーナーキックの競り合いにおいてギャリー・ケイヒルと接触した。側頭部に激しい衝撃を受けた彼はピッチ上で意識を失い、8分間もの処置を受けたあとでタンカに乗せられた。



病院で診察された彼は頭蓋骨の激しい骨折が明らかになり、14枚の金属プレートと28本ものネジを埋め込む手術を受けた。フィールドに戻ろうと必死のリハビリを進めたものの、再度の負傷の懸念から26歳で現役引退を余儀なくされている。



ハテム・ベナルファ



年:2010年



回復期間:8ヶ月



2010年10月3日、プレミアリーグのニューカッスル・ユナイテッド対マンチェスター・シティの試合において、フランス代表FWのハテム・ベナルファは腓骨と脛骨の両方を同時に骨折する大怪我を負った。



試合開始からわずか4分、ナイジェル・デ・ヨングのタックルによって左足が変形するほどの衝撃をうけ、酸素吸入を受けながら病院に運ばれた。足は切断寸前だったとも伝えられているが、2回の手術を経て2011年4月に復帰。再びプレミアリーグでプレーした。



アーロン・ラムジー



年:2010年



回復期間:8ヶ月



ストーク・シティがプレミアリーグでハードなプレーを見せていた時代、アーセナルのMFアーロン・ラムジーはライアン・ショークロスのタックルを受けた際に脛骨と腓骨を同時に骨折する大怪我を負った。この事故をキッカケに、この才能あるミッドフィルダーは怪我との戦いに悩まされた。



アーセン・ヴェンゲル監督の愛弟子といえる彼は8ヶ月の療養の末にピッチへと戻ってきたが、度重なる離脱によってそれ以上の成長が妨げられてしまった。

もしこの怪我がなければどうなっていたことか、それを夢見るファンは多い。



エドゥアルド・ダ・シウヴァ



年:2008年



回復期間:1年



バーミンガム・シティとのアウェイゲームで、当時アーセナルに所属していたクロアチア代表FWエドゥアルド・ダ・シウヴァは悪夢のような瞬間を経験した。マーティン・テイラーの足裏タックルをモロに脛で受けてしまい、靴下から骨が飛び出るほどの怪我を負った。



脛骨と腓骨を骨折したほか、足首も脱臼。手術を受けてなんとか復帰にこぎつけたものの、この才能に溢れたストライカーのキャリアは大きな変化を遂げてしまい、以前のような輝かしいパフォーマンスを見せることはなくなってしまった。



ペトル・チェフ



年:2006年



回復期間:3ヶ月



前述のライアン・メイソンと同様に、チェルシーのGKペトル・チェフも2006年に頭部外傷によって離脱を経験した。レディング戦の試合開始からまもなく、スティーヴン・ハントとの衝突によって負傷し、病院へと緊急搬送された。



頭蓋骨の陥没骨折と診断された彼はすぐにプレートを埋め込む手術を受け、3ヶ月のリハビリを経てピッチに復帰したものの、ラグビーでよく使われるヘッドギアを着用しなければプレーすることができなくなっていた。



ジブリル・シセ



プレミアリーグの歴史上「最悪のケガ」ワースト8
画像: (C)Getty Images

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年:2004年



回復期間:7ヶ月



リヴァプールでプレーしていたフランス代表FWのジブリル・シセは、キャリアで2回も脛骨と腓骨を骨折してしまった不運な選手だ。



2004年のブラックバーン・ローヴァーズ戦で、ボールを奪おうとした際にスパイクが芝に引っかかり、左足を骨折。皮膚から骨が飛び出るほどの激しい怪我をし、2時間に及ぶ手術の末に復帰。



しかしながら2006年の国際親善試合で中国代表と対戦した時、今度は右足の脛骨と腓骨を同時骨折してしまい、再び長期離脱を余儀なくされた。



アルフ・インゲ・ハーランド



年:2001年



回復期間:数日で復帰したが影響は大きかった



プレミアリーグの歴史上最悪のレッドカードタックルと言われる、ロイ・キーンの足裏アタック。マンチェスター・シティに所属していたアーリング・ハーランドの父親アルフ・インゲ・ハーランドに対し、マンチェスター・ユナイテッドのロイ・キーンが全力のスピードで足裏タックルを放った。



それによってロイ・キーンは3試合の出場停止と罰金処分を受けた。

アルフ・インゲ・ハーランドは数日でピッチに戻ってきたものの、これによって選手としてのパフォーマンスが極めて低下してしまい、2年後に現役引退を余儀なくされた。



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※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。

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