選手権といえば国見!高校サッカー屈指の伝統校が輩出した「最強の5人」

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現在開催中の全国高校サッカー選手権大会。



104回の歴史を誇る中で、戦前に11回の優勝を達成した御影師範学校を除くと、帝京高校と並び最多6回の優勝を誇るのが長崎の強豪・国見高校だ。



今大会は、県大会準々決勝で九州文化学園にPK戦の末敗退。結果的にその九州文化学園が選手権出場を果たしたことを考えると、今年度の国見も非常に力のあるチームだった。



そんな高校サッカー屈指の伝統校、国見高校サッカー部出身で「最強の5人」を紹介する。



高木琢也



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1967年11月12日生まれ



まずは、国見の名を最初に世に知らしめた長身ストライカー。のちに「アジアの大砲」と評された高木琢也だ。



Jリーグ元年からサンフレッチェ広島の点取り屋として活躍し、1992年に広島で開催されたアジアカップでは決勝のサウジアラビア戦で決勝弾を決め、日本の初優勝に大きく貢献した。



2000年にコンサドーレ札幌(当時)で引退した後は指導者の道へ進み、2006年に横浜FC、2017年には故郷のV・ファーレン長崎をJ1初昇格へと導いた。



大宮アルディージャとSC相模原を指揮したのち、2023年から長崎へ戻り、取締役兼クラブリレーションズオフィサーを務めていたが、2025シーズン途中に監督へ復帰。3度目のJ1昇格を成し遂げている。



三浦淳宏



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1974年7月24日生まれ



選手権2度の優勝を誇り、3年生で出場した第71回大会では、決勝で自ら伝説のミドル弾を決めた三浦淳宏。



1994年に横浜フリューゲルスでプロキャリアをスタートさせ、クラブのラストマッチとなった1999年1月1日の天皇杯決勝には、国見高校の先輩である永井秀樹と原田武男とともに先発で出場した。



その後は横浜F・マリノス東京ヴェルディヴィッセル神戸などで活躍。日本代表としても2度のアジアカップ制覇など25試合1ゴールを記録している。



引退後は指導者となり、古巣のヴィッセル神戸でスポーツダイレクターや監督を務めた。



大久保嘉人



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1982年6月9日生まれ



選手としては国見高校史上最高のタレントだろう。中学から越境で国見の一員となったアタッカーは、Jリーグ史上屈指の点取り屋として歴史にその名を刻んだ。



高校時代に数多のタイトルを獲得してプロ入りすると、スペインやドイツでの挑戦もありながら、J1で歴代最多となる191得点を記録。



特に、風間八宏監督率いる川崎フロンターレでは、2013~2015シーズンに史上初の3年連続Jリーグ得点王に輝いている。



引退後はテレビ番組などで活躍していたものの、2025年4月い家族でスペインに移住。プロサッカー選手を目指す息子たちをサポートするとともに、同年9月には自身もアルビレックス新潟バルセロナのクラブダイレクターに就任している。



徳永悠平



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1983年9月25日生まれ



国見高校時代から身体能力の高さは折り紙付きだった徳永悠平。チーム事情でFWに入り、得点したこともあった。



早稲田大学からFC東京でプロ入りすると、2004年のアテネ五輪に出場。2012年のロンドン五輪にもオーバーエイジとして出場し、チームのベスト4入りに貢献した。



FC東京では長く主力として活躍し、その間に日本代表でも9試合に出場。2018年、初めてのJ1を戦う地元のV・ファーレン長崎へ移籍してチームに経験をもたらし、2020年に引退した。



現在は長崎で実業家として活躍中。インフラ資材販売や飲食事業を手掛けつつ、Jリーグの試合解説も務めている。



平山相太



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1985年6月6日生まれ



最後は、100年以上の歴史を誇る選手権において、唯一2年連続得点王に輝いた「怪物」。



国見高校時代の平山相太はまさにアンストッパブルであり、190cmの長身に類まれな得点感覚で高校サッカー最高峰の大会を“一人舞台”に変えてしまった。



日本代表での活躍も期待されたが、筑波大学からオランダへ渡るなど珍しいキャリアを送り、日本ではFC東京、ベガルタ仙台でのプレーを経て、2018年に現役を引退。



引退後は指導者となり、筑波大学蹴球部のコーチを務めたのち、2024年から仙台大学サッカー部の監督に就任。現在は吉井秀邦監督のもとコーチを務めている。



高校サッカー屈指の名門、帝京高校が輩出した「最強の5人」



筆者:奥崎覚(編集部)



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