
17季ぶりのJ1復帰を目指すJ2ジェフユナイテッド千葉で、覚悟のシーズンを闘っている選手がいる。
同クラブで3年目を迎えているMF椿直起だ。
独特なステップとボディフェイントで相手ディフェンダ―を欺くドリブラーは、ここまでリーグ戦全試合に出場し、2得点4アシストを記録(J2第19節終了時点)。守備での貢献も大きい背番号14は、クラブ史上初の開幕6連勝を達成した千葉のキーマンだ。
J2優勝とJ1復帰を目指す左サイドのチャンスメイカーは何を思うのか。椿はジェフとともに、頂点に向けてはい上がろうとしている。
(取材・文 浅野凜太郎)
ドリブルする椿(写真:縄手猟)無の境地に到達したドリブラー
――ここまでのパフォーマンスについてどのように考えていますか。
「自分にボールを入れてくれれば、今年は相手をはがせる自信がすごくあります」
――ここまで2得点4アシストとキャリアハイペースの結果を出しています。ここまで結果を出せている理由を教えてください。
「開幕戦(いわきFC戦、2○0)の前に代理人から『いま自分がやれることを、100パーセントでやるマインドが大事だ』と言われて、それが刺さりました。
自分の特徴を出したいとか、ドリブルのイメージをしがちでしたけど、それを全部捨てました。試合が始まったら本当に無心です。攻撃も守備も、いまの100パーセントを出せば、いままでイメージしていたプレーができるという成功体験を開幕から続けらています。
それで『あ、これだな』となりました。『守備をやるようになったね』『走るようになったね』と言われますが、別にそれを考えていません。

――無心でプレーすることは難しくありませんか。
「めちゃくちゃ難しいですよ。自分がミスしたときの反応とか、やっぱりいろいろと雑音はありますから。でも練習から無心でやっていると、試合でもできるようになるんです」
――今年2月にはご結婚を発表されました。意識の変化はありますか。
「サッカーにもっと集中するようになったというか、常にサッカーのことを考えて、毎週過ごしています。もう自分一人の生活ではないですし、奥さんにサポートをしてもらっている。だから責任感も芽生えました」

――首位を走っているチーム(J2第19節終了時点)をけん引している自覚はありますか。
「それはまったくないですね。俺は本当に生かされている側なので。チームの勢いがないと、自分が生きないと思っています。いまの自分はチームの勢いをさらに加速させるようなプレーヤーだと思っていますが、逆に言えば全体の勢いがないと、自分も試合に入れない。
そこは自分の課題ですし、一人で流れを変えられる選手だったり、チャンスを作れる選手になることが、もう一つ自分が上に行くためには絶対に必要になると思います」
小林慶行(よしゆき)監督からも「一皮むけた」と称される椿。千葉では加入初年度となった2023年シーズンからリーグ戦24試合2得点1アシストを記録し、昨季は22試合5得点3アシストでキャリアハイをたたき出した。
また今季のドリブル総数は62回(J2第19節終了時点)となっており、既に昨季の51回を上回るなど、自信が数字に表れている。
この調子でいけば、さらなるキャリアハイ更新も可能に見えるが、椿自身は結果にこだわっていない。
9、10時間やっていたゲームをやめてコンディション向上
――無欲に近い状態なのでしょうか。
「いまの俺は欲を捨てていますね。今シーズン初めのインタビューでは『結果を残したい。結果にこだわりたい』と言いましたし、監督にも『結果にこだわれ』と言われましたが、実はぜんぜん結果に焦っていない。逆に結果を出そうと焦ってしまうと、開幕からここまでの自分の良さが消えてしまう気がしています。
『自分がいいプレーをしたい』となるのが嫌ですし、チームのために走っている選手のところにボールがこぼれてくると思っている。だから焦らなくても、いまの自分にはチャンスがくると思っています」
――アタッカーとして欲は捨て切れるものでしょうか。
「もちろんドリブラーなので、ボールが入らなかったり、なかなか良さを出せなかったら、欲は出てくる。自分にもっとボールを集めてほしいと思う場面は試合中にもたくさんあります。

――その感覚はいままでにないものですか。
「これまでは自分のドリブルを見てほしい気持ちと結果に執着しすぎていた。それでいいのかもしれませんが、いまみたいに守備でもチームのために走れて、なおかつ攻撃ができればもっといい選手になれると思いますし、選手としての幅が広がってきていると思います」
――欲という意味では、大好きだったゲームをやめたと聞きました。
「超絶ゲーマーだった俺からしたらすごいことなんですよ。休みの日とかは9、10時間やっていたゲームを開幕前のある一日でやめました。『この時間って無駄だな』と突然思い始めて、奥さんに『俺、もうゲームやめるわ』と伝えました。
そこから本当に身体のコンディションがいいんです。だからチーム内のゲームをやっている人に『やめな』と言っていますが、信じてもらえません(笑)」

――これまでは結果を重要視しすぎていたのでしょうか。
「いろいろな人に『あとは結果だけ』『椿は結果を残せば、もう一つ上のレベルに行ける』と言われてきました。だから自分でも『結果が必要なんだ』と思い続けていました。でも、本当はそこじゃなかったのかもしれないなって」
――どのような部分が成長のために必要だったのでしょうか。
「結果を残すために、自分のマインドをどうするかという点だと思います。
横浜F・マリノスユースで育ち、2017年にはU-17日本代表の一員としてFIFA U-17ワールドカップに3試合出場した。ただトップチーム昇格年にあたる2019年2月に左反復性肩関節脱臼のケガで全治約3カ月の離脱を余儀なくされた。
同年5月に行われたJリーグ杯のV・ファーレン長崎戦で公式戦復帰とトップチームデビューを果たすも、1-3で敗戦。そこから同クラブでの出場機会を失った椿はJ1での出場がかなわないまま、ギラヴァンツ北九州、メルボルン・シティFC(Aリーグ)、水戸ホーリーホックで武者修行を続け、2023年シーズンより千葉に完全移籍で加入した。
古巣である横浜FMでの公式戦出場は2試合に留まった。
もがき続けたプロ生活
――ここまでのキャリアを振り返ると、順風満帆ではなかったのでしょうか。
「正直、今年までもがいていました。高校までは伸び伸びやらせてもらっていましたし、自分のドリブルも他の選手より抜けていた。だから『結果』なんて言われなかったし、焦ることもなかった。
でもマリノス1年目のときに左肩を脱臼して、その手術をしてからですね。復帰した試合でスタートだったんですけど、ボールを全部取られて負けたんです。

――当時の心境について教えてください。
「いろいろなチームにレンタルしましたし、結局マリノスには一回も戻れなかった。自分もその評価を理解できますし、どうやったらもう一皮、二皮むけるんだろうと、毎年のようにもがき続けていました」
――当時J3の北九州に育成型期限付き移籍しました。
「マリノスからJ3に行ったら、『さすがにやれないとまずい』という気持ちがどこかにあった。結果を残して、『マリノスに戻らないと』という気持ちでいましたが、プロはどの選手もやっぱりうまいし、そこにカテゴリーは関係なかった。
その事実をまったく知らなくて、自分よりもうまい選手がいる中で、試合にもなかなか絡めなかった。それで自分の良さを見失いそうになりました」

――それでも北九州では2シーズン目にリーグ戦34試合2得点1アシストを記録しました。どのような点を変えたのでしょうか。
「変えた部分はあまりないかもしれません。とにかくドリブルを磨き続けて、なんとか自分の良さは見失わないようにした。あとは小林伸二さんが監督だったので、ひたすら気持ちのことを言われました。北九州では、精神論やメンタルをめちゃくちゃ鍛えられました」
――メンタルが強い選手だと思っています。
「めちゃくちゃ弱かったですけど、いまはメンタルが強くなりました。まず、そもそもの自信が違います。メルボルンに行ってからは、メンタルを変えないといけなかったんです。
そんな選手には会話もしてくれないので、練習から強くなるしかなかった。何かトレーニングをしたわけじゃないですけど、自然と強くなりました」

――メルボルンでの暮らしは過酷だったと聞きました。
「まず会話ができないから、とてもきつかったです。もちろん準備をしていなかった俺が悪いんですけど、何をするにしても一人でした。初めてホームシックになって、最初の1ヵ月目くらいで親に泣きながら電話をしたこともあった。それくらい毎日きつかった。でもそこからハングリーになったというか、『結局はなんとかなる』というメンタルになり、そこからもっと強くなれました」
――サッカー面での苦労はどうでしたか。
「結局、どこの国でもレベルの高い選手はいるんです。正直、『オーストラリアならやれるのかな』と思っていました。でも実際はプレミアリーグでやっていた選手がいたり、逆に一緒にやっていた若い選手がプレミアに行ったりしていた。そういう選手がいっぱいいたので、自分のレベルを上げる必要があると思いました」
高校年代のときから周囲の期待を集めてきた椿だが、未だにA代表選出の経験はない。
一方でU-17W杯をともに戦ったMF中村敬斗やMF久保建英、DF菅原由勢(ゆきなり)らが海外へ飛び出し、日の丸を背負って闘っている。
また直近のFIFAワールドカップ2026アジア最終予選(3次予選)に臨む日本代表メンバー発表(2025年5月23日)では、J1クラブで活躍する4選手が初召集され、全員が椿よりも年下だった。
同世代の戦友たちが国の代表として世界で闘い、若い世代も台頭してきている。今年25歳を迎えるドリブラーが巻き返しを誓った。
まだ日本代表を狙えると思えた理由
――メルボルンでの経験を踏まえて、海外への気持ちはまだありますか。
「海外に対する気持ちは変わっていません。いまでもめちゃくちゃ海外志向ですし、フランスとかすごくいいですよね。プレミアは自分に合っていないと思うので、ラ・リーガにも行ってみたいです」
――海外移籍はすぐにでもしたいですか。
「海外に行きたい気持ちはありますが、昔は日本でやるんじゃなくて、どこの国でもいいと思っていた。そこからステップアップできれば、それが一番の近道だろうと思っていたんです。
だけど、オーストラリアに行ってからは、J1で結果を残してから海外に行きたいという気持ちになりました。自分がJ1でやれないと、海外に行ってもまったく通用しないと感じたんです。周りから『あいつなら海外に行くよね』と思われる選手にならなくちゃいけない。だからまずはJ1で試合に出たいという考えに変わりました」
――U-17日本代表で一緒にプレーした久保建英選手や中村敬斗選手はA代表に選出され、海外でプレーしています。交流はありますか。
「(あの世代は)みんな海外に行っていますよね。たまに連絡しますけど、別に連絡をしなくても活躍や成長が分かります」

――悔しさはありますか。
「刺激になっています。身近にいた選手が日本代表などで活躍していると、『自分も代表に行きたい』という気持ちが強くなります」
――いまでも日本代表は目指していますか。
「いろいろなチームにレンタルされていく中で、代表がちょっとずつ遠くなっていく実感があった。マリノスに入って『やってやろう』というときの自分とは違って、『ああ、もう俺は代表や海外のレベルじゃないのかな』と考えてしまうときもあったんです。
でも千葉に入ってから、『まだ(代表を)狙えるんじゃないか』と思い始めることができました」

――ライバルは強力だと思います。
「建英や敬斗より劣っていると思いませんし、自分の武器が通用しないと思ったこともありません。ただメンタルや技術の部分などで、絶対にまだ敵わないんだろうなという自覚はある。
そこはレベルアップしないといけませんが、もしもいまの自分が代表にポンっと入ったとしても、特徴を出せると思っています。その気持ちは常にブラさずにやっていきたいですし、そこを失ったら負けですよね」

――千葉は日本代表を目指す選手や元日本代表の選手もたくさんいます。
「今回の代表選出を見て、J1に行けば、自分たちにもそういうチャンスが絶対に来ると思えました。だからJ1に行きたい気持ちは、そのとき(代表メンバー発表のとき)にとても強くなった。
自分の努力次第ですが、カテゴリーが上がれば絶対に代表へ行ける自信がいまはあるんです。だからこそ、本当に今年こそJ1に上がりたいです」
――来年にはFIFAワールドカップも控えています。
「次のワールドカップは無理だとしても、その次ですよね。自分が30歳手前くらいなので、狙いたいです」
17季ぶりのJ1復帰に向けて完璧だったスタートダッシュ。千葉は勢いそのままに走り抜けたかった。
J2第19節終了時点で11勝5分3敗の首位に付けているが、リーグ戦直近5試合は1勝3分1敗と苦しんでおり、5月は3得点しか奪えなかった。また椿自身もゴールから約3ヵ月遠ざかっており、相手チームからの警戒は増している。
J2折り返し地点で逆境を迎えている中、背番号14は原点に立ち返っていた。
サポーターと喜ぶイメージはできている
――改めて千葉の話をさせてください。対策が進められている印象を受けます。
「よく言われますし、もちろん相手は対策をしてきていると思います。でも俺からしたら、対策されていることを意識しすぎて、自分たちで奇麗に崩そうとしているのがハマっていない感覚なんです」
――それはいつからですか。
「前半戦の勝てていた試合も別に攻撃は大してうまくいっていなかった。むしろ『何で勝っているの?』という試合を何回もやってきたんです。だから急にうまくいかなくなった感覚がそもそも自分にはなくて、『ちょっとスカウティングをしてきただけじゃない?』と思っている。
もともと自分たちは昇格候補でもなかったですし、練習試合もキャンプ(のトレーニングマッチ)も勝てなかった。それが首位まで行ったから、周りも自分たちも対策について考えていますが、『いや、もともとこんな感じだったよね』と思っている。むしろそういうゲームをたまたま勝ってきたのだから、ネガティブになる必要はないと考えています」

――では、どうしていくべきだと思いますか。
「監督が練習で『原点に戻ろう。自分たちが磨いてきたことを、やり続けよう』と言ってくれた。自分はとても共感しましたし、慶行さんと考えていることが一緒だと思いました。
それが無理だったときにいろいろと考えればいいし、慶行さんと一緒に3年間で磨き上げた縦に速いサッカーを信じてやらないで、負けるのが一番もったいない。対策をされていようが、自分たちのやりたいサッカーをやる。そこに向かってチャレンジする姿勢が、最近の試合は弱くなってきていると思うので、変えていきたいです」
――椿選手個人としてはいかがですか。
「いまの自分はチームに生かされている側なので、今度は打開策になれるかどうかが、個人としても分かれ目になる。マークが厳しくなったと感じますが、それで消えてしまう選手なら、そこまでの選手です。個人としてレベルアップするためにも、技術を上げるだけだと思います」
――今季にかける想いの強さを感じます。
「3年目なので。ケガで毎年試合に出られなかったし、シーズンを通してサッカーをやれたことがあまりない。今年こそはケガを防ぎたいし、いい競争の輪に入り続けたいんです。
今年の最初から奥さんには『全試合に出たい。そのためのサポートをしてほしい』と伝えていました。自分のせいでいろいろと我慢してもらうこともありますが、今年は本当に勝負の年なんです。その責任が自分にはありますし、今年は覚悟を持っています」

――その上で日本代表を目指す。
「代表の話をしているから『行きたい」と言っていますが、実はそこまでこだわっていないのかもしれません。いまの俺はJ1でジェフがどれだけ勝てるかの方が楽しみなんです。
サッカー選手をやっているうちは、もちろん日本代表に入りたい。でもいまはチームのために、チームのみんなで一緒に上へ行きたい気持ちですし、それが結果的に自分の評価につながればいいと思います」
――サポーターもJ1復帰を期待していると思います。その気持ちに応えたいですか。
「めちゃくちゃそうですね。俺はジェフのサポーターとJ1に上がる瞬間、J1昇格を決める笛が鳴る試合をよくイメージしています。いまはその日のためにやっているので、正直それ以外の欲は本当にない。そのくらい自分はサポーターに助けられていますし、表現するのが難しい気持ちでいっぱいです」

いくつもの挫折を経験し、一度は自分の可能性を疑った男が再び前を向いている。J2屈指のドリブラーは、J1復帰に向けてあらゆる“欲”を捨てて、後半戦に挑む。
インタビュー終了間際、背番号14は「本当にみんなで喜びたいですね」と嚙みしめるように言った。J2で16年目を迎えた千葉の左サイドで輝きを放つ椿が、チームを優勝に導くアクセルを力強く踏んでいる。