「職場放棄」移籍を強行するためにストライキを強行した5名

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サッカー選手にとって最大の禁忌。それは移籍を勝ち取るために「ストライキ」を起こすこと。



巨大ビジネスへと変貌した現代サッカー。高額な給与を支払う雇用主に対して公然と背を向ける行為は、決して越えてはならない一線とされているが、しばしばそのような選択をする選手がいる。



今、その渦中にいるのがクリスティアーノ・ロナウドだ。サウジアラビアの公共投資基を巡る権力争いに巻き込まれ、ロナウドはアル・ナスルの運営体制に不満を募らせていると報じられている。



「職場放棄」移籍を強行するためにストライキを強行した5名
画像: (C)Getty Images

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しかし、こうしたボイコットは報われるのだろうか。『PlanetFootball』から、過去に同様の手段に出た事例を振り返り、それが吉と出たか凶と出たかを見ていこう。



アレクサンデル・イサク



移籍:ニューカッスル → リヴァプール



記憶に新しく、そしておそらく最も悪名高いのがイサクだ。彼は2025-26シーズンを前に、リヴァプールへの移籍を決定づけるためにニューカッスルでの立場を自ら捨て去った。当初、ニューカッスル側は強硬な姿勢を見せ、ファンからも「契約満了までベンチに置いておけ」という厳しい声も飛んだ。



その後、リヴァプールはウーゴ・エキティケを獲得した上、さらに移籍市場最終日には英国記録を塗り替える1億3000万ポンド(およそ275.7億円)という巨額オファーを提示した。ニューカッスル側も首を縦に振らざるを得なかった。



皮肉なことに、現在アンフィールドで輝きを放っているのはエキティケの方である。一方のイサクは重傷を負って離脱。

過酷なリハビリ生活を送っている。



ディエゴ・コスタ



移籍:チェルシー → アトレティコ・マドリー



ジョゼ・モウリーニョ、そしてアントニオ・コンテの下でチェルシーを二度のプレミア制覇に導いたディエゴ・コスタ。しかし、イタリア人指揮官との関係は2シーズン目の開幕前で急速に悪化した。



コンテ監督がメールで「君は構想外だ」と告げると、それにコスタは反発。プレシーズンに合流せず、母国ブラジルに留まった。



結局は2018年1月に念願のアトレティコ復帰を果たし、二度目のラ・リーガ優勝も経験。自身のパフォーマンスはあまり見事ではなかったとはいえ、レジェンドとして愛するチームで栄光を手にした。そして、ロンドンのファンからは今でもカルト的な人気を誇る。



そのあともアントニオ・コンテに対して辛辣な言葉を浴びせてはいるが、結果としては「終わり良ければすべて良し」となったケースだ。



マテウス・ヌネス



移籍:ウォルヴァーハンプトン → マンチェスター・シティ



ジョゼップ・グアルディオラの下で「右サイドバック」として新境地を拓いたマテウス・ヌネス。



練習参加を2日連続で拒否してクラブとの関係を破壊し、エティハド・スタジアムへ移籍した。しかし当初は巨大な池に放り込まれた小さな魚のように出場機会を求めて苦しんでいた。



移籍の経緯から、古巣ウルブスのファンに温かく迎えられることは決してないだろう。しかし、今季のウルブスが降格の危機に瀕していることを考えれば、2023年に下した彼の決断は、結果的に「正解」だったと言えるかもしれない。



リヤド・マフレズ



移籍:レスター → マンチェスター・シティ



レスター・シティにおける「奇跡のプレミアリーグ優勝」の立役者の一人であるマフレズは、2017年に移籍を志願。翌年1月にも再び退団を求めたが拒否されると、練習を無断欠席する強硬手段に出た。



その半年後の2018年7月にようやく念願のマンチェスター・シティ移籍を実現。その後の5年間で通算78ゴール59アシストを記録し、4度のプレミア制覇、そして悲願のチャンピオンズリーグ優勝を経験した。彼にとって、あの「ストライキ」は栄光への通過点に過ぎなかった。



セバスティアン・スキラッチ



移籍:セビージャ → アーセナル



2010年にアーセナルからの関心を知ったフランス代表DFスキラッチは、UEFAチャンピオンズリーグ予選のブラガ戦への出場を直前で回避した。なぜなら、そこに出場してしまえば、他クラブで同大会に出られない「カップタイド」のルールが適用されるからだ。



彼が強硬な態度に出たことにより、狙い通りアーセナルへの移籍は果たすことができた。しかしながら、よく知られているようにロンドンでの3年間は全くの期待外れに終わった。



欧州カップ戦での出場はわずか8試合、公式戦全体でも39試合。キャリアの最後はフランスのバスティアで過ごし、2016年に膝の負傷でひっそりと現役を退いている。



最悪の形でチームを去った「喧嘩別れ移籍」7選



※選出基準は、各選手の実績に基づきながら筆者またはメディアの主観的判断も含んでおります。



筆者:石井彰(編集部)

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