
今月16日、中国メディア『懂球帝』は、同国2部遼寧(りょうねい)鉄人に所属する元U-20日本代表MF邦本宜裕(くにもと・たかひろ)が「帰化して中国代表入りに対して前向きなコメントを残した」と報じた。
この報道は日本でもすぐに翻訳され、またたくまに拡散された。
しかし邦本は18日、X(旧ツイッター)上で中国メディアの報道を否定した。
「事実と異なることが立て続けにニュースになっていますが、僕は『今のチームで充実したプレーができている』と答えた。もっとサッカーが上手くなりたいし、上を目指したい。そのために今自分ができる最高のパフォーマンスをするだけです。僕が居るチーム、僕の応援をこれからもよろしくお願いします」
ポルトガル1部カーザ・ピア在籍時代の邦本(Getty Images)今回Qolyは、一連の報道に対する真相を確かめるため、邦本にインタビューを実施。
これまで『悪童』と呼ばれてきた天才レフティの知られざる事実が明らかになった。
(取材・文・構成 縄手猟)
「僕は充実している」と言っただけで
ーー今月16日に中国メディアが、邦本選手が「帰化して中国代表入りにオープンな姿勢」と報じました。邦本選手はこの報道を否定しましたが、実際にはどのような質問と受け答えをされましたか。
「まず帰化について聞かれていなくて、『中国でプレーしていることをどう思いますか』という質問だったので『いまのチームでプレーしていることに僕は充実している』と言っただけです。中国に帰化をしたいとか、したくないとか、そういう話はまったくしていません」
ーー中国メディアのインタビューは、どのような状況で行われていたか覚えてますか。
「対面でやっていたんですけど、日本語の通訳ではなく英語の通訳がいて、その人が全部中国語に変えて伝えてくれていました。記者が中国語で通訳に(質問を)言って、それを英語に変えてもらい、また僕が通訳に英語で伝えて、それを中国語に変えて(答える)という感じでやっていました。
一応、通訳の人にも確認したんですけど、そういう話はまったくなかった。
ーーそのような報道がされたとき、最初はどのように思われましたか。
「まず言っていないことなので、びっくりしたというか。実際、韓国にいたときも僕がそういう発言をしていなくても、長い間プレーしているだけで『帰化したい』『韓国代表を狙っているのか』みたいな記事もあった。なので、記事が上がったこと自体はそこまで気にしていません。最初は『また適当なこと言っているな』という感じでしかなかった。ただ、事実ではないことを上げられるのは、あまり気持ち良くありません」
取材を進めると、邦本はいままでの報道や噂はほとんどが「間違っていた」という。
レフティは自身最大のスキャンダルとなったKリーグ1(韓国1部)全北現代を飲酒運転により退団した真相を語った。
邦本が話した事実と当時報道された内容は大きく異なっていた。
飲酒運転による全北現代退団の真相
邦本は2021シーズンに、全北の5連覇目となるリーグ制覇に貢献すると、翌年も同クラブでのプレーを続行。2022シーズンは、リーグ戦14試合4得点1アシストを記録し、週間ベストイレブンに3度選ばれるなど『無双』と呼べる活躍を見せていた。
その矢先、同年7月8日未明に、邦本が全羅北道全州(チョルラプクド・チョンジュ)市内で、飲酒した状態で車で帰宅する途中に地元警察に摘発されたというニュースが流れた。
さらに13日には、韓国の大手自動車企業『現代(ヒョンデ)自動車』を親会社に持つ全北が同選手との契約解除を発表した。
優勝争い真っ只中、主力選手の不祥事による退団は、チームを震撼させた。
攻撃の軸をシーズン途中に失った全北は、ライバルの蔚山現代にリーグ王者の座を明け渡すことになった。
「本当に申し訳ない気持ちでいっぱい」と唇をかみ締めた邦本に事案の真相をうかがった。
ーー2022年7月に邦本選手は飲酒運転で摘発されて、結果的にチームと契約を解除して退団しました。この事案の真相を教えてください。
「いろいろストレスもあり、そのときはお酒を飲んでいました。練習場の寮の近くまで代行(運転サービス)で戻りましたが、クラブのルールで、代行(の運転)では寮に入ることができませんでした。そこの門に入る手前に警備員がいて、その人が監督に伝えるんです。そういうのもあって、近くの場所に(車を)止めて少し動かしたところを(警察官から)『ちょっと話いい?』みたいな感じで言われました。捕まったというか『交番に行った』みたいな感じです」

ーー「逮捕」ではなく「注意」だったということですか。
「そうですね。『気を付けて』みたいな感じだったんですけど、一応クラブには報告しないといけなくて。もし(報告を)しないで、他の人が見て、後々(報道として)出てしまったほうが問題ですからね。
契約解除というのも、飲酒運転をしたことは問題ですが、自分がいた全北は大手スポンサーが車の会社(現代自動車)で、イメージダウンになるということで、お互いに話し合って同意のもと契約解除になりました。ネットや記事に出ている『飲酒運転で逮捕になったからクビになった』というのは間違っていて、いま言ったことが事実です」
ーー全北を退団するとき、クラブ公式で邦本選手のコメントはリリースされませんでした。改めて、当時応援してくれていたファンにメッセージをお願いします。
「まず自分のしてしまったことで、期待を裏切ってしまったことに関して本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。それでも、いまでもまだ全北のファンの人たちの中で応援してくれている人がたくさんいて、それがすごくうれしいです。自分がそれ(ファンから受けた期待)をどうやって返せるかというと、自分の日ごろの生活もそうですが、ピッチの上で活躍している姿を見せることで、裏切ってしまった期待を取り戻せると思っています。まだ(期待を)取り戻せてはいませんが、応援してくれている全北のファンの人たちにもっと喜んでもらえるように頑張りたいと思います」
事実を誇張した報道により、邦本の世間からの印象はさらに悪化してしまった。
次項では『悪童』と呼ばれるようになった要因でもある浦和レッズユースとJ1アビスパ福岡(当時J2)を退団した経緯について伺った。
デマにより捏造されたレッテル「いつかは『悪童』と呼ばれない日が来る」
2018年1月にKリーグ1の慶南FC(現在Kリーグ2)に入団してから現在まで、海外の複数クラブでプレーしているレフティは、『悪童』という世間の印象による弊害なのか、長い海外生活の中で数々の誤報に翻ろうされてきた。
そもそも同選手が『悪童』と呼ばれるようになった原因は、浦和ユースと福岡を不祥事や規約違反により退団した過去にさかのぼる。
しかし邦本によると、Jリーグ時代の退団経緯に関する報道や噂にも、一部誤解があるという。
ーーJリーグ時代の報道や噂について、釈明したいことはありますか。
「浦和レッズのときも、別に問題を起こしてやめたわけではなくて、自分の気持ちが弱い部分がありました。そのときに『もう(サッカーを)やめたい』という気持ちがあったんです。それをクラブのほうに話しました。止められたんですけど、一度、福岡の実家に戻って、ちょっと考えて『1週間だけ(クラブに)戻って、もしやりたかったら残ろう』と思ったんです。だけど、結局そのときは気持ちが落ちていて、本当にやめたいという気持ちは変わらなかった。
16歳のときに自分からクラブ側に『すみません。やめます』と言って、お互いに同意してやめたので、何かいざこざがあってやめたわけではない。それでもネットでは『未成年の喫煙』とか、そう書かれています。
アビスパ(退団)に関しても、お互い同意のもとで契約解除になっています。憶測でいろいろな記事が出たじゃないですか。また喧嘩したとか、飲酒したとか、いろいろ出ていたんですけど、まったくそういうことはなくて。
そう考えると全部が間違っているんです。でも、書くことは別に自由じゃないですか。気持ち的に落ちるときもありましたが、そこまで反論するとか、弁明したいとか、そういう気持ちはなかったので、いままでずっと言わなかったんです」

ーーサッカーをやめようと思った理由は。
「あまり有名になりたくなかったんです(苦笑)。ただ楽しくサッカーがしたかっただけなので。
(浦和で)天皇杯に出る機会を得て、そのときにたまたま1点取ってしまったんです。それで『プロに絶対上がる』とか、いろいろな声がありました。それがプレッシャーになったわけではなくて、高校3年間、同い年の人たちと切磋琢磨して楽しみながら卒業したかったんです。だけど、高校(浦和レッズユース)の練習にもあまり参加できなくて。ユースチームでは、よくプロの練習に参加していて、ぜんぜんサッカーが楽しくないなと思ってしまいました」
ーー同級生とサッカーをしたかったのですね。当時、仲が良かった同級生はどなたでしょうか。
「いま横浜FC(J1)にいる新井瑞希(みずき、MF)とは仲が良かったですね。あとは、いま海外でやっている二つ下の橋岡大樹(日本代表DF、イングランド2部ルートン)も一緒にやっていました。その辺の人たちと一緒に(サッカーを)やりたかったんですけど、できない状況になったので、もう『ぜんぜん楽しくできないならやらないほうがいいな』と思って、サッカーから離れていきました」

ーー世間が邦本選手に対して抱いている『悪童』という印象を、今後どのようにして払拭していきたいと考えていますか。
「悪童と呼ばれてもぜんぜんいいです。ただ印象を変えていくためには難しいですが、プレーで活躍しても、『悪童』(というレッテル)が消えることははないと思う。でもいま、中国にいて(日本で僕の)試合を観られる機会は少ないと思いますが、観られていない時間も、自分がしっかりとした立ち振る舞いをしていれば、いつかは『悪童』と呼ばれない日が来ると思っています」
これまで数々の誤報やデマに悩まされてきた邦本。最後に『報道』に対する同選手の想いを聞いた。
今後の報道のあり方とすべての人に問われる情報リテラシー
スポーツメディアの誤報やデマの被害者はいつも選手だ。一度誤報が流れると、世間に貼られたレッテルをはがすことは非常に難しい。
PV(ページビュー)に目がくらみ、報道の本質である信ぴょう性をないがしろにし、挙句の果てには誤報を認めずに謝罪すらまともにできない無責任な媒体も多い。
さらにSNSが普及した現代では、情報を得る側にも一定のリテラシーが求められる。
メディアから濡れ衣を着せられた邦本は、誤報やデマによる被害者であり、今後も世間からの偏見に晒されながらキャリアを歩まなければならない。
それでもまっすぐ先を見つめるレフティに、今後の報道のあり方について質問をぶつけた。
ーー邦本選手は『報道』について、今後どのようにあってほしいと思いますか。
「(誤った報道が)出てしまうことは仕方がないですけど、『事実を載せてほしい』というのが本音です。間違った記事が出てしまうことに関して(批判を)言うつもりはありませんが、ただ事実だけを報じてほしいと思っています」
世間が『悪童』と呼ぶ選手の素顔は、ただひたすらサッカーがうまくなりたいと向上心に飢える謙虚な青年だった。
このまっすぐな青年の印象を不当に、世の中へ広めてしまった我々メディアの罪は重い。今後は改めてメディアの報道のあり方について見直していかなければならない。

また誰もがSNSで情報を発信できるいま、SNSを利用するすべての人が「メディアとして」情報を発信する責任を負う覚悟が必要なのかもしれない。