
いよいよ今週末、10月27日(日)に投票日を迎える第50回衆議院選挙。
できるだけ多くの方が政治に興味を持ち、実際に投票所へ足を運んでもらえるよう、今回は政治家になった8名の有名サッカー選手を紹介する。
なお、日本では都築龍太や高松大樹、梅山修、星大輔らが政治家としてのキャリアを経験している。
マルク・ヴィルモッツ
国籍:ベルギー
2002年の日韓ワールドカップで日本代表と対戦したベルギーの中心選手だったマルク・ヴィルモッツ。1990年から2002年にかけて国際Aマッチ70試合に出場し、28ゴールを決めた名プレーヤーだ。
指導者として様々なクラブを率いた彼であるが、引退後に転身したのは政治家だった。2003年の連邦選挙で上院議員に選出され、2005年に辞任するまで務めた。
クアウテモク・ブランコ

国籍:メキシコ
メキシコの歴史上最高クラスのレジェンドであるクアウテモク・ブランコ。1995年から2004年にかけて代表100試合以上に出場し、38ゴールを記録した選手であった。
彼が政治家になったのは2015年。クエルナバカ市議会議員選挙に立候補して勝利し、社会民主党のメンバーとして議席を獲得。その後党とは喧嘩別れしたが、2018年にはモレロス州知事選挙で勝利。メキシコでは初めての「州知事になった元サッカー選手」となった。
アンドリー・シェフチェンコ

国籍:ウクライナ
ディナモ・キエフとミランのレジェンドであるアンドリー・シェフチェンコ。オレグ・ブロヒンに続く2代目「ウクライナの矢」として知られる名ストライカーだ。
選手を引退してから2012年にウクライナ・フォワードという政党に加入し、ウクライナ議会選挙に臨んだ。ただ票数が足りなかったため、議席を確保できていない。
ハカン・シュキュル

国籍:トルコ
日韓ワールドカップでトルコ代表のエースストライカーを務め、日本代表とも対戦。歴史的な3位入賞に大きく貢献したハカン・シュキュルは、国際Aマッチ112試合51ゴール、そしてガラタサライの歴代得点王でもある。
2011年に正義発展党から立候補し、総選挙で当選。国会議員となったものの、のちにギュレン運動(トルコ政府によってテロ組織とみなされている)とのつながりがあるとして批判され離党。2016年にはSNSでエルドアン大統領を侮辱したとしてアメリカへと逃亡している。
カハ・カラーゼ

国籍:ジョージア
かつてはグルジアと呼ばれていた国ジョージア。その歴史で最も優れた選手といえば、カハ・カラーゼを除いて他にはいない。代表で83キャップを獲得したディフェンダーで、9年半ものシーズンをミランで戦った。
2012年に引退したあとはすぐに政治家となり、10月には国会議員に。さらに副首相兼エネルギー担当大臣に任命されたが、ビジネス上の関係もあったことから批判も受けた。2017年に首都トビリシの市長に就任している。
ジャンニ・リヴェラ

国籍:イタリア
1968年にイタリア代表で欧州選手権を制覇。「ゴールデンボーイ」とも呼ばれ、4回のワールドカップに出場したサッカー史上屈指のパサーであり、1969年のバロンドールに受賞している。アンドレア・ピルロは若い頃「リヴェラ2世」と評されていた。
引退したあとはミランの副会長を務めていたが、シルヴィオ・ベルルスコーニ氏がオーナーとなったことで退任。1986年に政治家に転身し、イタリア下院議員や欧州議会議員を務めた。
ロマーリオ

国籍:ブラジル
ブラジル代表で長くエースストライカーを務めた伝説的な点取り屋。1994年のアメリカワールドカップにも出場した彼は国際Aマッチ70試合で55ゴールを決め、バルセロナやPSVアイントホーフェン、フラメンゴなどでプレーした。
問題児としても知られていたが、引退後は政界への進出を決断。下院議員に当選したあとはサッカー界の汚職撲滅やワールドカップ開催への反対運動などで話題を集めた。現在はリオデジャネイロ州上院議員。
ジョージ・ウェア

国籍:リベリア
サッカーの歴史上最も偉大な選手の1人であるジョージ・ウェアは、1995年にバロンドールを受賞した初のアフリカ人である。
ミランやパリ・サンジェルマンで活躍した彼は2003年に引退し、2005年には大統領選挙に立候補。この時は敗北したものの、2014年の選挙で当選。2023年に僅差で敗れるまで10年近く国のトップを務めた。