そこで今回は、スタディサプリの古文・漢文講師 岡本梨奈先生に、『伊勢物語』の中から『初冠』の解説を通して、平安時代の恋愛事情などの古文常識も教えてもらった。
岡本梨奈先生
古文・漢文講師
スタディサプリの古文・漢文すべての講座を担当。
自身が受験時代に、それまで苦手だった古文を克服して一番の得点源の科目に変えられたからこそ伝えられる「わかりやすい解説」で、全国から感動・感謝の声が続出。
著書に『岡本梨奈の1冊読むだけで古文の読み方&解き方が面白いほど身につく本』『岡本梨奈の1冊読むだけで漢文の読み方&解き方が面白いほど身につく本』『古文ポラリス[1基礎レベル][2標準レベル]』(以上、KADOKAWA)、『古文単語キャラ図鑑』(新星出版社)などがある。1分でわかる! 伊勢物語『初冠』ってどんな話?






『伊勢物語』は、「昔、男(ありけり)」で始まる短編の歌物語集。
主人公の名前は書かれていませんが、在原業平(ありわらのなりひら)がモデルではないかといわれています。
『初冠(ういこうぶり)』は、ある男性が成人して、京都から奈良へ鷹狩りに行ったとき、若くて美しい姉妹を見て恋心で乱れて、その場で着ていた狩衣の裾を切って和歌を書いて贈った、という話。
平安時代の恋愛作法がよくわかります。伊勢物語『初冠』の登場人物は?●男(在原業平といわれている)
●若くて美しい姉妹
在原業平は、平安時代初期の6人の歌の名人『六歌仙』の一人。
その他に、大伴黒主(おおとものくろぬし)・文屋康秀(ふんやのやすひで)・僧正遍昭(そうじょうへんじょう)・小野小町(おののこまち)・喜撰法師(きせんほうし)がいて、文学史の問題に出てくることもあるので覚えておきましょう。
伊勢物語『初冠』の原文&現代語訳を読んでみよう。※緑は下記にPoint記載昔、男、初冠して、平城の京、春日の里に、しるよしして、狩りに往にけり。
昔、ある男が、元服して、奈良の都の、春日の里に、領地があった縁で、鷹狩りに行った。
その里に、たいそう若々しくて美しい姉妹が住んでいた。この男、かいま見てけり。
この男は、(その姉妹を)物のすき間からこっそりとのぞき見をした。思ほえず、ふる里に、いとはしたなくてありければ、心地惑ひにけり。
思いもよらず、(このような寂れた)昔の都に、たいそう不釣り合いで(美しい姉妹が)いたので、(男は)心が乱れてしまった。男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。
男が、着ていた狩衣の裾を切って、(それに)歌を書いて贈った。その男、しのぶずりの狩衣をなむ着たりける。
その男は、しのぶずりの狩衣を着ていた。春日野の若紫のすりごろもしのぶの乱れ限り知られず
若々しい紫草で染めたこの衣のしのぶずりの模様が乱れているように、(私の恋しのぶ心は)限りなく乱れています。となむ追ひつきて言ひやりける。
と、すぐさま(歌を)詠んで贈った。ついでおもしろきことともや思ひけむ。
事の成り行きを趣があると思ったのだろうか。(この歌は、)陸奥のしのぶもぢずり誰ゆゑに乱れそめにし我ならなくに
しのぶずりの乱れ模様のように、あなた以外の誰のために心が乱れはじめた私ではないのに。といふ歌の心ばへなり。
という歌の趣意を取り入れたものである。昔人は、かくいちはやきみやびをなむしける。
昔の人は、このように情熱的な風流な振る舞いをした。/『伊勢物語』より伊勢物語『初冠』のポイントをチェック!Point1:伊勢物語で「男」といえば誰のこと?『伊勢物語』では主人公の名前は書かれていませんが、在原業平(ありわらのなりひら)がモデルではないかといわれているので、『伊勢物語』で「男」といえば、在原業平のことです。
記述問題で出題されることもあるので、漢字で書けるようにしておきましょう。
Point2:しるよし=領有する(土地が)あった縁で「しる」と「よし」は重要単語です。「しる」は漢字で書くと意味がわかりやすく、【治る】【領る】【知る】の3つがあります。
【治る】は「治める」、【領る】は「領有する」と漢字がわかれば意味が出てきます。
他に【知る】は、「理解する」「世話をする」「交際する」などの意味もあります。
ここでは【領る】の「領有する」です。
「よし」も同様に、【由】という漢字で覚えておきましょう。
①由緒・由来 ②手段・方法 ③理由 ④風流 ⑤~とのこと ⑥縁・ゆかり ⑦そぶりといったさまざまな意味がありますが、ここでは「縁・ゆかり」になります。
Point3:なまめいたる=若々しくて美しい「なまめく」は重要な動詞で、漢字で書くと【艶く】です。
現代語では「色っぽくふるまう」という意味で使われますが、古文では、色気よりも「若々しく美しい」「優美だ・上品だ」「物静かで落ち着いている」という意味で使うほうが多いです。
【艶く】という漢字で覚えると色っぽいイメージが強くなるので、「生」という漢字に置き換えて覚えておけば、「生」=フレッシュで「若々しい」とイメージしやすいですよ。
関連語として、「なまめかし」という形容詞もよく出てきます。
同様に、①若々しい ②優美だ ③色っぽい という意味があり、やはり「若々しい」と訳すことが多いですね。
Point4:女はらから=姉妹「はらから」は、漢字で書くと【同胞】です。
「はらから」の前後に言葉を足して、「同じ腹から生まれた」と覚えておくと、同じ腹、つまり「同じ母親から生まれた兄弟姉妹」と意味がわかりやすいですよ。
この時代は一夫多妻制で、母親が違う兄弟姉妹もたくさんいたので、もともと【同胞】=母親が同じ兄弟姉妹、という意味で使っていましたが、それが転じて、母親が違っても一般に兄弟姉妹は「はらから」というようになりました。
ここでは「女」がついているので、「姉妹」と訳します。
Point5:かいま見=物のすき間からこっそりとのぞき見ること「かいま見」は【垣間見】と書きます。
これも間に言葉を足して、「垣根の間から見る」と覚えておくと、すぐに意味がわかりますね。
ちなみに、本文「かいま見てけり」の「かいま見」は、動詞「かいま見る」の連用形。
名詞「かいま見」にサ変動詞「す」がくっついて「かいまみす」と出てくることもありますが、「かいま見る」と同じ意味です。
Point6:ふる里=旧都、生まれ故郷、古いなじみの地ふる里は重要単語で、【古里・故郷】と書きます。
現代語では、生まれ故郷や以前に自分が住んでいた土地をイメージすることが多いですね。
しかし、古文の「ふる里」には、「旧都」という意味もあります。
「旧都」とは「元、都があったところ」で、自分が生まれたところではありません。
ここでは、「平城の京」とあることから「奈良の都」のことです。
『伊勢物語』は平安時代に書かれた作品ですから、「旧都」の意味で使われています。
Point7:はしたなくて=不釣り合いで「はしたなし」は重要な形容詞で「中途半端だ」という意味です。
漢字で書くと「端なし」。
この「なし」は、本当は形容詞を作る接尾語なのですが、「端なし」➡「端っこがないから中途半端だ」と覚えると便利ですよ。
そのほかに、現代語の「はしたない」に似ている「体裁が悪い・みっともない」や、「そっけない」「(雨などが)はげしい」という意味もありますが、まずは「中途半端だ・不釣り合いだ」という大事な意味をおさえておきましょう。
Point8:やる⇔おこす「やる」の意味は、「贈る」や「行かせる」などです。「やる」の反対語は「おこす」。
「おこす」の意味は「よこす」なので、「『おこす』は『よこす』」と一字違いで覚えておくのがコツです。
「やる」と「おこす」は動きの方向を意識することが大事。「やる」はこちらから向こうへ、「おこす(=よこす)」は向こうからこちらへの向きですね。
動作の下についている場合があり、例えば「見やる」はこちらから見ること、「見おこす」は相手側からこっちを見ている、と訳します。
「やる」と「おこす」はセットで覚えて、どっちからどっちへの動作なのか考えるとわかりやすいですね。
Point9:ついで=事の成り行き「ついで」は重要単語で、漢字で【序】と書きます。
意味は「物事の順序・次第」。
漢字で覚えておくと便利ですね。
ほかに「機会」の意味もあります。
Point10:乱れそめ…動詞+そむこの「そめ」の終止形は「そむ」。
動詞の下についている「そむ」は漢字で書くと「初む」。
「Vそむ」は「V(し)はじめる」 の意味なので、漢字で覚えておくと便利ですね。
ここでは「乱れそめ」なので、「乱れはじめる」と訳します。
伊勢物語『初冠』で古文常識を覚えよう★平安時代の成人式と正装について●初冠(ういこうぶり)=男子が成人して、初めて冠をつける儀式。
いわゆる「成人式」。そのほかに「元服」「冠」ともいう。12歳~16歳くらいに行った。
男性の正装は「束帯」という。

a.冠 b.袍 c.太刀 d.笏(しゃく) e.下襲の裾(きょ) f.袴●裳着(もぎ)=女子が成人して、初めて裳を着る儀式。12歳~14歳くらいに行った。
「髪上げの儀式(髪を後ろで束ねてたらす髪型にする儀式)」も同時に行う。
女官の正装は「女房装束」、別名「十二単」。

a.唐衣(からぎぬ) b.裳(も) c.扇★恋愛作法~出会いから交際スタートまで★
①出会い「垣間見」
貴族の女性は、基本的に部屋の中で過ごし、男性に姿を見られないよう御簾(すだれ)や几帳(つい立て)の奥にいて、さらに扇を持って顔を隠したりもします。男性は、物のすき間からのぞき見をするしか出会いの方法がなかったのです。
②アプローチ「懸想文(けそうぶみ)」=ラブレター
手紙の中に必ず「和歌」を書かなくてはいけません。和歌だけでもいいくらいです。基本的には使者に持って行かせて、直接女性には渡さず、女性にお仕えしている女房に渡してもらうようお願いします。
③女性もOKの場合→「返歌」がある
お断りの返歌をする女性もいますが、断られても返歌がもらえれば脈があるかも?
女性が断固拒否の場合→無視
見向きもしてもらえず、手紙を受け取ることすら拒否される場合も。
④交際開始「文のやりとり」
男性が、女性からの返歌に感動して、文のやりとりが始まったら交際スタート!★恋愛作法~交際スタートしてから結婚まで★
①あふ【会ふ・逢ふ・合ふ】「深い関係になる」
男性が夜に女性の部屋に逢いに行く。朝、明るくなりきる前(鳥の鳴き声が合図)に帰るのがマナー。
②逢った後、必ず男性から手紙を出す=「後朝の文」(きぬぎぬのふみ)
帰り道か帰宅後(早ければ早いほど、愛情の深さや誠実さの証になる)、男性から女性に手紙を送るのが最低限のマナーです。
③「結婚」の手続き=男性が女性の部屋に、三日連続で通えば結婚成立
女性にとっては、三日目の夜に男性が来るか来ないかは超重要事項!
④親への紹介=「所顕し」(ところあらわし)
三日目の翌朝は帰らずに、そのまま女性の親に対面してあいさつ。結婚したことを披露します。★結婚形態★
「通ひ婚」が多い
一夫多妻制のため、男性が女性の家に通う結婚形態が一般的でした。
ただし、現代と同じように一番特別な女性とは同居している場合もあります。
男性が三年連続で一度も通ってこなければ「離婚成立」とみなされました。★貴族女性の必須の教養★
「和歌」「習字」「音楽」
美しい音色で琴などの楽器を奏でていたら、男性が興味をもって垣間見してくれるかもしれません。
和歌が下手だったり、そもそも字が汚くて手紙が読めなかったら、男性は幻滅してしまって文のやりとりが始まらないので、美しい字で、和歌を詠めることが、男性と交際するための必須教養なのです(これは男性も同じですよ)。★「恋愛」系の単語★
※多義語もありますが、ここでは「恋愛」系の意味だけを紹介しているので要注意!
●よばふ【呼ばふ】
求婚する
●あふ【会ふ・逢ふ・合ふ】
男女が深い関係になる
結婚する
●あはす【合はす】
夫婦にする・結婚させる
●みる【見る】
男女が深い関係になる
夫婦となる・妻とする
●みゆ【見ゆ】
(女性が)結婚する・妻となる
●みす【見す】
嫁がせる・結婚させる
●かたらふ【語らふ】
男女が言い交わす
●かよふ【通ふ】
男女が女性のもとへ行く
●すむ【住む】
夫として女性のもとに通う
●ちぎる【契る】
夫婦の関係を結ぶ
●ちぎり【契り】
因縁
男女・夫婦の縁
●ちぎりをむすぶ【契りを結ぶ】
男女が深い関係になる
●そでをむすぶ【袖を結ぶ】
男女が深い関係になる
●さるべきにや(ありけむ)
そうなるはずの宿縁だったのであろうか
●よのなか【世の中】
男女の仲・夫婦仲岡本先生からのメッセージ
古文で描かれている時代には、現代とは違った常識があります。
これらの古文常識を覚えておくと、古文を読んだときに、背景に気づくことができ、どうしてこの登場人物はこういう行動をするのか、そう考えているのか、なども理解しやすくなりますよ。
取材・文/やまだ みちこ 監修/岡本 梨奈 イラスト/カワモト トモカ 構成/黒川 安弥
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