音楽、文芸、映画。長年にわたって芸術の分野で表現し続ける者たち。
本業も趣味も自分流のスタイルで楽しむ、そんな彼らの「大人のこだわり」にフォーカスしたRolling Stone Japanの連載。今回のゲストは、2018年9月で活動休止となったロックバンド、黒猫チェルシーのヴォーカルであり、俳優・映画監督としても活動する渡辺大知だ。

Coffee & Cigarettes 05 | 渡辺大知(黒猫チェルシー/俳優/映画監督)

2018年9月で活動休止となったロックバンド、黒猫チェルシーのヴォーカルであり、俳優・映画監督としても活動する渡辺大知。今では「マッチでタバコを吸うという一連の動作が切なくていい」と飄々と語る渡辺だが、これまでの人生で価値観を変えた3つの出来事があるという。

黒猫チェルシーのヴォーカリストとして2010年にメジャーデビューを果たし、映画俳優としても『色即ぜねれいしょん』や、最近では『勝手にふるえてろ』や『寝ても覚めても』などで鮮烈な印象を残した渡辺大知。約束の時間に現場に現れた彼は、カメラの前に立つとタバコを1本くわえながらマッチを探した。

「ライターで火をつけるより、きっとマッチのほうが雰囲気も出ますよね?」

こちらの企画内容や、誌面のイメージを瞬時に汲み取り、積極的に協力しようとする渡辺。こうした細やかな配慮は、「音楽と映像」というまったく勝手の違う現場を渡り歩く中で身につけてきたものなのだろうか。否、おそらく最初から持っていた資質に違いない。だからこそ彼は、その人懐っこい笑顔とともに多くの人から愛され続けてきたのだろう。

「いやいや、単にマッチが好きなだけです(笑)。昔から凝り性なところがあるんですよ。
趣味がそんなにないので、生活の中のツールとかこだわりたくなるというか。タバコもどうせ吸うなら楽しみたい、ライターよりもマッチのほうが性に合っている気がするんですよね」

マッチは擦ったら捨てる、箱の中のマッチが目に見えて減っていく。「その儚さが好き」と彼は言う。「マッチを擦って、タバコに火をつけてマッチを捨てるという一連の動作が切なくていいなって。それが愛着にもつながっている気がします」喫茶店へ行くたび、その店のマッチをもらうようにしている。すると、いろんな種類があることに気づいたという。可愛いマッチ箱を残しておくようにしているうちに、凝り性に火がつき始めた。気に入ったマッチ箱は、空になるとまたもらいに行くこともある。最近では、木更津にある喫茶店『ラビン』のマッチ箱がお気に入りだ。

「細長い黄色の箱で、ロゴは茶色。昭和レトロな字体が可愛いんです。気に入ったマッチ箱は、部屋に置いてあります。
”飾る”ほどのことでもないんですけどね」と渡辺。CDやDVDなども、気に入ったものだけを厳選し、目に見えるところに置いておく。最近どれを聴いて、しばらく聴いてないのはどれなのかが一目でわからないと落ち着かないそうだ。洋服にしても、「自分に合ってないな」と思うと売るなどして、常に「スタメン」だけを揃えている。

「”これ、ちょっと違うなあ”というものを、手元に残しておきたくないんです。部屋の中はモノだらけで散らかっているけど、そういう意味での”整理”は細かくしているほうかな」棚やカーテンなども、部屋のサイズに合わせて自作している。既製品をなんとなく買ってきて、「合わないな」と思いながら使っているのが我慢できないそうだ。オリジナリティにもこだわっており、友人を部屋に招いたときに「あ、俺もそのテーブル使ってるわ」などと言われるのは「悔しい」らしい。「自分にあった場所」、「自分らしくいられる空間」。そんな場所を、手間をかけても作り出そうとする渡辺。ひょっとしたら、音楽と映像を行き来する彼のユニークな活動も、「自分に合った場所」を探すための手段なのではないか。

「あ、確かにそうですね。
いろんなやり方があっていいと僕は思うんです。自分に合った表現、自分らしい表現を求めていたら、自分にとっては音楽も映像も不可欠だった。音楽だけではいられなかったのだと思います。決してネガティヴな意味ではなく、振り子のように行き来してバランスを取っているというか。それが自分に合っているから、そうさせてもらってるんですよね」

渡辺大知が語る、黒猫チェルシー活動休止と人生を変えた3つの出来事

Photo = Tsutomu Ono

演じるときは、自分を俯瞰で見られないとダメなんです。
失恋してからは、自分は求められてない状態が前提になった。
”求められてない。じゃあ、何をする?”に思考が変わりました。
心は痛みましたけど、いい経験です。

1990年8月8日、兵庫県神戸市に生まれた渡辺。高校時代に出会ったメンバーと黒猫チェルシーを組む前は、音楽以外にも小説を書いたり、写真を撮ったり、様々なことに挑戦していたという。親には物心ついてすぐ、観劇にも連れて行かれた。
その頃から彼の「自分に合った場所」探しは始まっていたのかもしれない。

「親も多趣味で、俺以上に好き勝手やっている人たちなんですよ。それを見てたら”ああ、このくらい自由でもいいのか”と思うようになったのかもしれない。親をびっくりさせたかったんですよね『お前、そんなことやってるのか、おもろいやん!』と言わせたかった。そこが、そもそものスタートなんでしょうね」

学校では友人たちとサッカーやゲームなどをして遊び、家に帰ってからが自分1人の時間。「さあ、寝るまでの間は何をしよう?」と考えるのが楽しくて仕方がなかった。そんな渡辺の価値観を大きく変えた出来事が、これまでの人生で3度あった。最初の革命は、バンドを組んだときに起きたという。

「高校に入る前は、好きなものを誰かと共有することがなかったんです。でも、今のメンバーと出会ったことで視野が一気に広がって。好きなものを熱く語ると引かれる人生しか送ってこなかったから、これはもう衝撃でしたね」

2度目の革命は「映画に出たこと」。バンドは自発的に、自分がやりたいことをやる場所だが、映画は自分自身が必要とされ、求められる場所だったという。
そして、3度目の革命が「失恋したこと」。失恋により、映画や音楽で培ってきた価値観を全てひっくり返されてしまった。

「突然フラれたんです。僕はその子と、もうずっと一緒にいるのが当たり前だと思ってたのに。映画や音楽なら、必要だと思って求めれば手に入るじゃないですか。でも恋愛って、僕がどんなに相手のことを必要でも、相手から必要とされないということが起こり得るし、目の前からいなくなることがあるのだと。それは、天地がひっくり返るような衝撃でしたね」

そのときに、「他者性」というものを強烈に意識し、相手から見える自分という「俯瞰」の目を持つようになった。もう1人の自分が自分の中にいる感じ……それは、映画を作る上でとても大事な感覚でもある。「演じるときは、自分を俯瞰で見られないとダメなんです」と述べた後、「失恋してからは、自分は求められてない状態が前提になった。”求められてない。じゃあ、何をする?”に思考が変わりましたね。1人でも出来ること、思うことってなんだろう?って。
心は痛みましたけど、いい経験です」と振り返った。

ところで黒猫チェルシーは、今年9月をもって活動休止となった(インタヴューは9月初旬)。今後しばらくはソロ活動を視野に入れていくという。「それこそ俯瞰の目で黒猫を見たい」と渡辺は言う。「黒猫チェルシーは、リーダーがいてその人が引っ張るというバンドじゃないんですよね。力のある演奏家たちが集まっているだけに、各々のやりたいことがだんだん明確になってきて。まずは力試しをしたいという時期に突入したというか。次に黒猫はどんなことをやったら面白いのかが、正直今は見えてないからこそ、それを明確にしたいという気持ちもあって。それで、思いきって休止を選びました」

今後、渡辺自身はどのような活動を展開していくつもりなのだろうか。ズバリ尋ねてみると、「しばらくは、俳優業が増えると思います。実はソロ制作も進めているところなので、そのうち何らかの形で発表したい」という答えが返ってきた。今は曲作りが「楽しくて仕方ない」という。

「今までメロディを先に作って、そこに言葉を当てはめていたのだけど、歌詞を先に書くようにしたら、言葉がどんどん出てきちゃって。文字量が倍くらいあるので音楽性もガラッと変わるかもしれない……ラップとか(笑)。役者の仕事も勉強になることだらけで、アウトプットしつつめちゃくちゃインプットしてるんです。それが音楽にも還元できたらいいですね」

渡辺大知が語る、黒猫チェルシー活動休止と人生を変えた3つの出来事

Photo = Tsutomu Ono

おそらく、最初から「自分らしさ」や「自分に合った場所」を持つ人なんて、どこにもいないだろう。宇宙に一人ぼっちだったら、そもそも自分らしさで悩んだり、自分に合った場所を探したりする必要がない。他者がいるから自分を意識するし、他者の目を通して自分を知ることになる。渡辺が音楽と映像を振り子にしながら表現しているのも、そうやって他者の中で自分を形作っているのかもしれない。

渡辺大知
1990年生まれ、兵庫県・神戸市出身。ロックバンド「黒猫チェルシー」のヴォーカルであり、俳優・映画監督としても活動中。黒猫チェルシーは9月末まで全国4都市を巡る『TOUR 2018 黒猫の恩返し』を行った。俳優としては現在テレビ東京ドラマ『恋のツキ』へ出演中。今秋は映画『寝ても覚めても』『ここは退屈迎えに来て』『体操しようよ』に加えて、主演を務める『ギャングース』まで、映画4作品の公開が続く。

11月23日公開映画「ギャングース」
高杉真宙、加藤諒、渡辺大知(トリプル主演)、他
入江悠監督作品
http://gangoose-movie.jp/

撮影ロケ地協力:ONE THE DINER
〒141-0021  東京都品川区上大崎1-1-14
トーカン白金キャステール1F
TEL:03-6455-7588
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