さる11月~12月にかけて開催された、宇多田ヒカルによる国内ツアー「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」。今回は、12月5日(水)のさいたまスーパーアリーナ公演を、『Jazz The New Chapter』シリーズで知られるジャズ評論家の柳樂光隆が、独自の切り口から迫ったレポートをお届けする。


ここ数年、僕は宇多田ヒカルに再び関心を抱き始めていた。そのきっかけは彼女が小袋成彬を起用し、彼の作品をプロデュースしたこと。小袋が所属するTokyo Recordingsのことは以前から追っていて、彼の存在を知ったときには「日本の音楽シーンから面白い人が出てきた」と喜んでいたくらいだ。そんな小袋がまだ無名に近いタイミングで、あの宇多田ヒカルがフックアップしたというのは、率直に言って驚いたし嬉しくもあった。そんな経緯からして、僕は彼女の熱心なファンだとはとても言えないだろう。

しかし、結論から言うと、さいたまスーパーアリーナでのステージを観て、僕は素直に感動してしまった。予習として近作の『Fantôme』と『初恋』を聴き、ライヴを観た後にその2枚を聴き返すことで、改めて彼女への関心が深まった。ここでは単なるライヴレポートだけでなく、そういった過程で生まれた考察も含めて書いてみたい。

まず思ったのは、宇多田ヒカルの作編曲家としての独自性が、バンド形態でのライヴだからこそ浮かび上がっていたということ。『初恋』に見られるサウンドの面白さをライヴでも表現しようと試みていて、それが彼女の歌の魅力ともリンクしていた。というのもあって、まずはバンドについて少し説明しておきたい。

宇多田ヒカルは「今」が最も輝いている 最新ツアーから音楽家としての凄みを考察

Photo by Teppei Kishida

国内の音楽シーンではお馴染みの四家卯大ストリングスがいるほかは、全員が海外のミュージシャン。
基本的に彼女が拠点にしているイギリスのミュージシャンで構成されていて、『初恋』に参加しているギターのベン・パーカー、ベースのジョディ・ミリナー、ドラムのシルヴェスター・アール・ハーヴィンもステージに並んでいた。サム・スミスのレコーディングにも起用されているジョディとシルヴェスターの2人が参加しているのは、『Fantôme』『初恋』を手掛けたエンジニア/プロデューサーであるスティーヴ・フィッツモーリスとの繋がりだろう。

今回のライヴでは2曲を除いて、原曲が打ち込みで作った曲であっても、生演奏をベースに作った曲であっても、すべてこのバンド用の生演奏に置き換えていた。ツアー用のアレンジで、どれも原曲とは全く違う。ただ、わざわざイギリスから連れてきた敏腕たちだからと言って、バンドに何もかも委ねるわけではない。かっちりと施された編曲に沿ってバンドが演奏して、このツアー用に書き換えられた楽曲を具現化するとい言った感じで、宇多田ヒカルの頭のなかにあるイメージに沿って予めデザインされた音楽が鳴っていた。そういう意味では、実にプロデューサー/トラックメイカー的な音楽だったとも言える。

この辺りは最近のアルバムでもそうだった。例えば、ロバート・グラスパーやディアンジェロとの共演で知られるドラマーでもあるクリス・デイヴが参加した「大空で抱きしめて」「Forevermore」「あなた」の音源を聴くと、普段はかなり自由奔放で即興性が高くテクニカルなことで知られるクリス・デイヴが、一曲を通して決められたリズムパターンのループを従順に演奏している。演奏のキレや音色に若干のクリス・デイヴらしさがあるものの、彼の個性が前に出ているというよりは、宇多田が書いた楽曲を忠実に演奏しているように聴こえる。おそらく、宇多田の音楽とは、彼女のなかにあるイメージを的確に具現化することで生まれるものなのだろう。という意味では、スタジオ音源でもライヴアレンジでも、制作プロセスや美意識の面ではそんなに変わらないのかもしれない。


そういった意識は今回のライヴでもサウンドにはっきり表れていて、ドラムは打ち込みで作ったビートのパターンをトレースしたように正確にループしていたり、ドラムの手数は多めで、ベースはエレキベースとシンセベースを適時弾き分けながら、ドラムとのバランスを取り、引き算的に正しい場所に確実に音を置きつつグルーヴしていたりで、打ち込みサウンドを生バンドで表現するうえでの定石をうまく形にしていた。バンドならではの躍動感やダイナミクスを活かしてはいるが、彼女のアルバムを普段から聴きなれている人にも違和感がないビートになっていたはず。それは絶妙な落としどころだったと思う。

またドラムの音色はかなりシャープで強めで重め。例えば、『初恋』で起用されていたクリス・デイヴは、彼自身の音楽をやるときは、穴の開いたシンバルを使ったり、スネアの上に物を置いて音の伸びを消したり、音をぼかしたり、汚したりすることも多いが、宇多田ヒカルのアルバムではそういった部分は出していなかった。シルベスター・アール・ハーヴィンによるライヴでの演奏はクリス・デイヴよりもさらにはっきりしていて、セッティングの時点で全てがくっきりした音になるような機材を使っていた。これはアリーナサイズに合わせた仕様でもあるのだろうが、宇多田があくまでポップスの作家である、ということも関係しているのだろう。目の前にいるオーディエンスのを誰一人置いていかないように、はっきりと音を示すように置いていき、リズムがその音楽のガイドとなるようにすること。それはR&Bやゴスペルの要素を備えつつ、あくまでポップス枠としてのフレンドリーさを維持しているサム・スミスのバランス感とも共通している部分なのかもしれない。

宇多田ヒカルは「今」が最も輝いている 最新ツアーから音楽家としての凄みを考察

Photo by Teppei Kishida

そんなリズムセクションの上に、エレピ、シンセ、ストリングスが幾重にも重ねられていたのも印象深い。というのも、アルバム『初恋』を改めて聴いてみると、ビートは際立っているが、全体的に単音よりも持続音をいくつも鳴らしたり、重ねたりする場面が多く、曲によっては、そこに自身の声を重ねたりもしていた。さらに言えば、アコースティックのピアノでさえも、フレーズだけでなく減衰しながら持続するピアノ独特の残響もマイクで拾っていて、そこにストリングスを重ね、さらに声を重ねたりしている。
それは音量や音圧だけでなく、響きや密度のコントロールによる空間の中の音の飽和の度合いによって感情を表現しているようにも聴こえてくる。

そんな音源にある響きをライヴバンドで置き換える、2人の鍵盤奏者の存在も際立っていた。ヴィンセント・タウレルはピアノとローズ的なエレクトリックピアノの2台を弾き分け、ヘンリー・バウアーズ=ブロードベントは何台もマウントされたシンセサイザーから様々な音色のレイヤーを鳴らしていた。そこにベン・パーカーがギターを重ね、さらにストリングスが加わり、何重にも音が重なり絡み合い、時に不協和を生み出しながら蠢いていた。音楽が点や線の集積ではなく、立体的な膨らみにより迫ってくる感覚はエクスペリメンタルかつノイジーにも感じるもので、速度を上げずに楽曲の激しいエモーションに寄り添うための、なかなかにチャレンジングなアンサンブルだったと思う。そのバンド+ストリングスのサウンドは、アルバムで聴くことができる(スタジオで作り込んだ録音物だからこその)箱庭的な音響とはまた別の、ある種サイケデリックな空間性を生み出していたのは、このライヴならではの「体験」だった。

最後に、宇多田ヒカルの歌について。12年ぶりのツアーということもあり、「Automatic」「First Love」をはじめ、数々の名曲が歌われるベストヒット的な選曲で、個人的にもテンションは上がった。ただ、この日、素晴らしかったのは圧倒的に『Fantôme』と『初恋』からの近年の曲で、特に「初恋」は出色だった。

改めて「Too Proud」を音源で聴き直すと、いろんな声で歌っていて、気持ちいい発声を探しているようにも聴こえる。ここ数年の楽曲は歌の音域も変わっているし、音域間を派手に移動するような旋律もなくなっている。たしかに最近の曲では、以前に比べてテクニカルな歌唱をアピールする場面は少なくなっているが、それよりはむしろ、彼女のヴォーカルが最も豊かに響くように曲が作られていると見るべきだろう。
その旋律にふさわしい発声のテクスチャーを考え抜き、しなやかに歌を表現できる曲を書いているのだと思う。そして、その楽曲とも結びついた現在のヴォーカルが、今回のバンドが持つ特殊なサウンドを導き出しているようにも感じた。そんな歌を聴いたときに、僕はシンプルに感動していた。

もしかしたら、宇多田ヒカルはものすごくフィジカルな感覚で音楽を作っていて、自分の身体も含めたその時々のコンディションに最もフィットする楽曲を作ってきた人なのではないか。彼女が自分の「今」に対するベストをクリエイトし続けてきたアーティストであるのは周知の通りだが、それはどんなサウンドを取り入れているのか、どんな物語を歌っているのかだけではなく、どんな歌声で、どんな歌唱をしているかという部分でも常に変わり続けている。その変化はおそらく、進化とか深化みたいなものではなく、もっとナチュラルな形で出てくるものであり、彼女の生活に寄り添ったものかもしれない。大袈裟に言えば、彼女は人生の、もしくは人間としての現在地をそのまま歌として出している。

宇多田ヒカルは「今」が最も輝いている 最新ツアーから音楽家としての凄みを考察

Photo by Teppei Kishida

今回のツアーは、自身の過去を総括するような選曲であったからこそ、現在と過去の曲のコントラストがはっきり浮かび上がっていた。それを承知のうえで、宇多田ヒカルは「今」が最も輝いているタイプの音楽家だと思う。もし、またどこかでツアーをやるのであれば、も『Fantôme』や『初恋』の曲をもっと増やして、がっつり今を詰め込んだステージを観たいと思ったし、このあと彼女が発表する曲があれば、それもぜひ聴きたいと思った。早くもすでに、「宇多田ヒカルの今」を聴いてみたいと思っている自分がいる。

①スカパー、M-ON!オンエア情報
12年ぶりの国内ツアー ”Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018” 
BSスカパー!にて2019年1月27日(日)午後9時より放送!
3月にはMUSIC ON! TV(エムオン!)で完全版の放送!

<”Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018”放送概要>
★BSスカパー!では、今回のツアーをたっぷりお届け!!
タイトル:宇多田ヒカル「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」
放送日時:2019年1月27日(日)午後9時~
チャンネル:BSスカパー!(BS241/プレミアムサービス579)
視聴方法:スカパー! のチャンネル、またはパック・セット等のご契約者は無料でご視聴いただけます。

※2週間お試し視聴不可
ホームページ :https://www.skyperfectv.co.jp/special/music/utadahikaru/

★MUSIC ON! TV(エムオン!)では、裏側のドキュメンタリーも含めた完全版を放送!!
タイトル:M-ON! LIVE 宇多田ヒカル「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018」
放送日時:2019年3月10日(日)午後8時~
チャンネル: MUSIC ON! TV(エムオン!)(CS325/プレミアムサービス641)
視聴方法:当チャンネル、または当チャンネルを含むパック・セットのご契約者はご視聴いただけます。
ホームページ :http://www.m-on.jp

②VR企画の詳細情報

12年ぶりの国内ツアー ”Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour 2018”から
「光」「誓い」のライブステージ2曲をPS VR向けに配信!

2018年12月25日(火)PlayStation®Plus(PS Plus)加入者向けに『光』※1のVR映像の先行配信が決定!
『誓い』※2は2019年に『光』とともに一般向けに無料配信予定。お楽しみに。

詳細:https://www.jp.playstation.com/blog/detail/7991/20181210-utadahikaruvr.html
※1 ゲームソフト「KINGDOM HEARTS」テーマソング
※2 ゲームソフト「KINGDOM HEARTSⅢ」 エンディングテーマ

③リリース情報

<宇多田ヒカル パッケージリリース情報>
●シングルCD ※同日配信もリリース
「Face My Fears」
2019年1月18日(金)発売
通常盤(初回仕様) ESCL 5150
価格 1,400(税込) 1,296(税抜)
※初回仕様:「キングダム ハーツ」シリーズ ディレクター野村哲也氏描き下ろしピクチャーレーベル、PlayPASS対応

収録曲
1.Face My Fears (Japanese Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex (国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
2.誓い(国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)
3.Face My Fears (English Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex (海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
4.Dont Think Twice(海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)

◆CDの予約はこちらから
https://erj.lnk.to/Tb3UTWN

◆iTunesの予約はこちらから
https://erj.lnk.to/x3T5NWN

◆『誓い』配信はこちらから
https://erj.lnk.to/Y_LqyWN

◆『Dont Think Twice』配信はこちらから
https://erj.lnk.to/IWTgNWN

●アナログ
「Face My Fears」(生産限定アナログ盤)
2019年3月6日(水)発売
生産限定アナログ盤 ESJL 3114
※「キングダム ハーツ」シリーズ ディレクター野村哲也氏描き下ろし絵ポスター封入
価格 2,500(税込) 2,315(税抜)

収録曲
[Side A]
1.Face My Fears (Japanese Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex 
(国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
2.誓い(国内版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)

[Side B]
3.Face My Fears (English Version) / 宇多田ヒカル & Skrillex
(海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』オープニングテーマ)
4.Dont Think Twice
(海外版ゲームソフト『KINGDOM HEARTSⅢ』エンディングテーマ)

◆生産限定アナログ盤の予約はこちらから
https://erj.lnk.to/zdxOJWN
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