音楽、文芸、映画。長年にわたって芸術の分野で表現し続ける者たち。
Coffee & Cigarettes 10 | 安藤政信
「俺、芝居が好きじゃないんで」
インタビュー開始早々、苦笑しながらそう切り出された。
「役者しか稼ぐ道がないからやっているというか……。昨日もすごい、クソみたいな芝居をしちゃったんですけど(笑)、そういうときはコンビニで酒を買ってきて、飲みながらタバコを吸う。しょっちゅう吸っているわけじゃないから、たまに吸うとクラッとくる。その感覚が好きなんですよね。タバコへのこだわりですか? 一切ないです。20代の頃はメンソールを吸っていたんですけど、今は基本どこのタバコでもいい。大抵、人からもらってますしね(笑)」
安藤政信。
「仕事、全然選んでないです最近は。来た順番にこなしている感じですね。確かに20代の頃は、好きな監督からオファーが来たらやるというスタンスだったんですけど、取り敢えず話してみて『この人のために、ちょっとやってみようかな』と思ったらやる。今度の映画もそうですね」
Photo = Kentaro Kambe
藤井道人がメガホンを取った『デイアンドナイト』は、安藤の俳優仲間でもある山田孝之がプロデューサーに徹し、ロケハンからオーディション審査、スポンサーとの交渉などにも参加した完全オリジナル作品である。「人間の善と悪」がテーマのこの映画で安藤は、子どもを守るためなら犯罪に手を染めるのも厭わない児童養護施設の職員、北村健一を演じている。大企業から父を死に追いやられた主人公、明石幸次(阿部進之介)の行動に、大きな影響を与える重要な役どころだ。
「孝之からLINEで連絡があって、2人で飲んでいるときに映画の説明があったんです。『これ、よかったら読んでみてください』と言いながら渡された台本、かなり酔っ払ってたけど帰って一晩で読んで。次の日には『わかった、やるよ』と返事していました。とにかく、孝之のために自分の持てる力を全て注ぎ込みたいと思ったんです。
仕事の内容ももちろん大事だが、何より人との繋がりや、そこに至るまでのプロセスを大事にしているのが安藤という役者なのだろう。
「僕らの仕事って、無機質なものに感情を与えていくものだから。自分の中からその感情が湧き上がってこないと、作品も無機質なままになってしまう。感情を込めるためには、そこに入っていくまでの順番や過程はとても大事ですね」
ではなぜ、「芝居は好きじゃない」と言い切るのだろうか。
「とにかく台本を読むのが嫌いなんですよ。この間の『ブラック・スキャンダル』でも、9ページ分も1人で喋らなきゃならないところがあって。覚えずに現場に行って、適当に言ってみたらやっぱりOK出なかったですね(笑)。メチャクチャ迷惑かけました。でも、『こんなセリフ言いたくない』って思うと、『用意、スタート!』とカチンコ鳴らされても言えないんです。特にこのドラマは3人を騙す役でしたからね、キツかった……。夢でもうなされていました(笑)」
おそらく、芝居が「好きじゃない」というよりも、あまりにも真剣に向き合いすぎて妥協が許せなくなっているのではないだろうか。
Photo = Kentaro Kambe
「そうなんですかね? 確かに、なんでも器用にできるタイプではないですけど。高校の頃、バイトをやっていても先輩に激怒されてばかりでした。『これ、やっとけよ』って言われてもボーッとしてるから(笑)。どこへ行っても必要とされてなかったですね」
そんなときにスカウトされ、役者の世界へ。自分が必要とされる「居場所」を、ようやく見つけたという思いはきっとあったはずだ。「これでも最近は、まだちゃんとやっているほうなんですよ」と笑う安藤。その大きなきっかけとなったのは、やはり「家庭」を持ったことだろう。
「当時は恋人だった嫁に子どもができたんです。所属事務所を辞めて2年くらい経っていて、金はスッカラカンだし仕事も全然ないときで。思わず『マジで? やばくね?』って。
まずは、彼女の両親へ挨拶に行かなければ。そう思った安藤は、実家から交通費を借りて東北新幹線に乗り込んだ。10年前に初めて会ったときに、「できちゃった婚だけは頼むからやめてくれよ?」と念を押されていただけに、気が重い。
「着くなり父親に言われました。『安藤くん、事務所辞めたみたいだけど大丈夫なの?』って。どうやらホームページを見たらしくて……(笑)。もちろん『大丈夫です!』と言うしかないじゃないですか。途方に暮れたまま、東京へ戻りましたね」
竹中直人から、安藤の元へ電話があったのはその数日後だった。映画『RED SHADOW 赤影』(2001年)で共演して以来、何かと気にかけてくれる大先輩だ。
「『政信、今なにやってんの? 石井隆って監督が、政信に興味があって仕事に誘いたいって言ってるんだけど』って。その後すぐ、石井監督から長文の手紙がついた脚本が送られてきて。
クランクアップしてすぐ、ギャラを振り込んでもらい出産費に充てた。
「窮地に陥ると、いつも竹中さんが助けてくれて。現在は、彼の事務所でお世話になっています。家族もできたし、食わせるためには以前のように作品を選んでいる場合じゃないですよね。『ブラック・スキャンダル』でも”キレイごとだけでは進まない”というセリフがあったんですけど、働いて生活していくためにはある程度の妥協が必要なのはわかります。ただ、誰かを蹴落とすとか、陰湿な根回しをしてのし上がるとか、そんなことはしたくない。キレイごとだけで進んでいきたい、成功したいと思っているんですよね。その気持ちは20年前からずっと変わらないです。もちろん、壁にぶち当たるときもありますけど、かわしながら生きていきたいですね」
そう、悪戯っぽく笑う安藤。40代になって、これからどんなことがやりたいのだろうか。
「20代からずっと撮り続けている写真を、何かしらの形で発表したい。俺にとって唯一のこだわりは写真かも知れない」
映画で共演した女優や俳優を被写体に、曾我蕭白や河鍋暁斎、下村観山といった日本画家の作品から着想を得たり、出演した映画の台本を自分なりに解釈したりして、これまで様々なシチュエーションの写真を撮り続けてきたという。
「今までずっとドメスティックに撮ってきて、たまにそういう場所で発表できたらいいかなと思っていたんですけど、最近はもっと多くの人に見てもらいたいという気持ちが強くなってきていて。映画というのは最終的にはプロデューサーや監督の作品じゃないですか。自分を100パーセント表現する手段として、40代は写真をもっと積極的にやろうかなと。役者と写真、両方でバランスを取りながら生きていきたいですね」
写真表現を極めることで、嫌いだった芝居との向き合い方も、変わるかも知れない。唯一のこだわりについて、熱っぽく語る彼の表情を見ながらそう思った。
雑誌「Rolling Stone Japan vol.05」に掲載
安藤政信
俳優。1975年5月19日生まれ、神奈川県出身。O型。1996年、映画『キッズ・リターン』で主演を務めデビュー。多数の映画賞を受賞し話題となった。以降も『イノセントワールド』や『サトラレ』など、映画を中心に活躍してきたが、最近は『コード・ブルー』、『ブラック・スキャンダル』などドラマにも積極的に出演している。映画『デイアンドナイト』は2019年1月26日全国公開。
シャツ、カットソー、パンツ(以上すべてYOHJI YAMAMOTO/ヨウジヤマモト プレスルーム TEL:03-5463-1500)、カフ(CODY SANDERSON/ワールドスタイリング TEL:03-5463-1500)
本業も趣味も自分流のスタイルで楽しむ、そんな彼らの「大人のこだわり」にフォーカスしたRolling Stone Japanの連載。役者業とは「無機質なものに感情を与えていくこと」だと俳優・安藤政信は語る。己の演技を突き詰めるがあまり、若い頃は無軌道に見られることもあったそうだが、40代に入った今は現実を意識した上で、余裕をもって芝居を楽しめるようになった様子。そんな大人のこだわりを探ってみた。
Coffee & Cigarettes 10 | 安藤政信
「俺、芝居が好きじゃないんで」
インタビュー開始早々、苦笑しながらそう切り出された。
「役者しか稼ぐ道がないからやっているというか……。昨日もすごい、クソみたいな芝居をしちゃったんですけど(笑)、そういうときはコンビニで酒を買ってきて、飲みながらタバコを吸う。しょっちゅう吸っているわけじゃないから、たまに吸うとクラッとくる。その感覚が好きなんですよね。タバコへのこだわりですか? 一切ないです。20代の頃はメンソールを吸っていたんですけど、今は基本どこのタバコでもいい。大抵、人からもらってますしね(笑)」
安藤政信。
19歳でスカウトされ、1996年に北野武の映画『キッズ・リターン』でデビューすると、その繊細な演技が各方面で絶賛されて一躍「時の人」に。現在は『スマグラー -おまえの未来を運べ-』や『コード・ブルー』『ブラック・スキャンダル』など話題作に数多く出演しているが、一時期はドラマにも映画にも全く出演せず「引退説」まで流れたことがあった。
「仕事、全然選んでないです最近は。来た順番にこなしている感じですね。確かに20代の頃は、好きな監督からオファーが来たらやるというスタンスだったんですけど、取り敢えず話してみて『この人のために、ちょっとやってみようかな』と思ったらやる。今度の映画もそうですね」

Photo = Kentaro Kambe
藤井道人がメガホンを取った『デイアンドナイト』は、安藤の俳優仲間でもある山田孝之がプロデューサーに徹し、ロケハンからオーディション審査、スポンサーとの交渉などにも参加した完全オリジナル作品である。「人間の善と悪」がテーマのこの映画で安藤は、子どもを守るためなら犯罪に手を染めるのも厭わない児童養護施設の職員、北村健一を演じている。大企業から父を死に追いやられた主人公、明石幸次(阿部進之介)の行動に、大きな影響を与える重要な役どころだ。
「孝之からLINEで連絡があって、2人で飲んでいるときに映画の説明があったんです。『これ、よかったら読んでみてください』と言いながら渡された台本、かなり酔っ払ってたけど帰って一晩で読んで。次の日には『わかった、やるよ』と返事していました。とにかく、孝之のために自分の持てる力を全て注ぎ込みたいと思ったんです。
本当に素晴らしい役者が初めて挑戦することだから、絶対に失敗させたくなかったというか。もちろん、現場では藤井さんや進之介と繋がって楽しく仕事しましたけど、あくまでも”入り”は孝之でした」
仕事の内容ももちろん大事だが、何より人との繋がりや、そこに至るまでのプロセスを大事にしているのが安藤という役者なのだろう。
「僕らの仕事って、無機質なものに感情を与えていくものだから。自分の中からその感情が湧き上がってこないと、作品も無機質なままになってしまう。感情を込めるためには、そこに入っていくまでの順番や過程はとても大事ですね」
ではなぜ、「芝居は好きじゃない」と言い切るのだろうか。
「とにかく台本を読むのが嫌いなんですよ。この間の『ブラック・スキャンダル』でも、9ページ分も1人で喋らなきゃならないところがあって。覚えずに現場に行って、適当に言ってみたらやっぱりOK出なかったですね(笑)。メチャクチャ迷惑かけました。でも、『こんなセリフ言いたくない』って思うと、『用意、スタート!』とカチンコ鳴らされても言えないんです。特にこのドラマは3人を騙す役でしたからね、キツかった……。夢でもうなされていました(笑)」
おそらく、芝居が「好きじゃない」というよりも、あまりにも真剣に向き合いすぎて妥協が許せなくなっているのではないだろうか。
「若い頃は、芝居をするのが嫌で現場をバックれたこともよくあった」と振り返る安藤。それでもオファーが絶えないのは、役者が「天職」だからだろう。

Photo = Kentaro Kambe
「そうなんですかね? 確かに、なんでも器用にできるタイプではないですけど。高校の頃、バイトをやっていても先輩に激怒されてばかりでした。『これ、やっとけよ』って言われてもボーッとしてるから(笑)。どこへ行っても必要とされてなかったですね」
そんなときにスカウトされ、役者の世界へ。自分が必要とされる「居場所」を、ようやく見つけたという思いはきっとあったはずだ。「これでも最近は、まだちゃんとやっているほうなんですよ」と笑う安藤。その大きなきっかけとなったのは、やはり「家庭」を持ったことだろう。
「当時は恋人だった嫁に子どもができたんです。所属事務所を辞めて2年くらい経っていて、金はスッカラカンだし仕事も全然ないときで。思わず『マジで? やばくね?』って。
あまりにもパニクってしまって、夜中だったけどそのまま多摩川まで走りに行きました。ロッキーみたいでしょ(笑)」
まずは、彼女の両親へ挨拶に行かなければ。そう思った安藤は、実家から交通費を借りて東北新幹線に乗り込んだ。10年前に初めて会ったときに、「できちゃった婚だけは頼むからやめてくれよ?」と念を押されていただけに、気が重い。
「着くなり父親に言われました。『安藤くん、事務所辞めたみたいだけど大丈夫なの?』って。どうやらホームページを見たらしくて……(笑)。もちろん『大丈夫です!』と言うしかないじゃないですか。途方に暮れたまま、東京へ戻りましたね」
竹中直人から、安藤の元へ電話があったのはその数日後だった。映画『RED SHADOW 赤影』(2001年)で共演して以来、何かと気にかけてくれる大先輩だ。
「『政信、今なにやってんの? 石井隆って監督が、政信に興味があって仕事に誘いたいって言ってるんだけど』って。その後すぐ、石井監督から長文の手紙がついた脚本が送られてきて。
それが『GONINサーガ』(2015年)だったんです」
クランクアップしてすぐ、ギャラを振り込んでもらい出産費に充てた。
「窮地に陥ると、いつも竹中さんが助けてくれて。現在は、彼の事務所でお世話になっています。家族もできたし、食わせるためには以前のように作品を選んでいる場合じゃないですよね。『ブラック・スキャンダル』でも”キレイごとだけでは進まない”というセリフがあったんですけど、働いて生活していくためにはある程度の妥協が必要なのはわかります。ただ、誰かを蹴落とすとか、陰湿な根回しをしてのし上がるとか、そんなことはしたくない。キレイごとだけで進んでいきたい、成功したいと思っているんですよね。その気持ちは20年前からずっと変わらないです。もちろん、壁にぶち当たるときもありますけど、かわしながら生きていきたいですね」
そう、悪戯っぽく笑う安藤。40代になって、これからどんなことがやりたいのだろうか。
「20代からずっと撮り続けている写真を、何かしらの形で発表したい。俺にとって唯一のこだわりは写真かも知れない」
映画で共演した女優や俳優を被写体に、曾我蕭白や河鍋暁斎、下村観山といった日本画家の作品から着想を得たり、出演した映画の台本を自分なりに解釈したりして、これまで様々なシチュエーションの写真を撮り続けてきたという。
一度、イラストレーターのヒロ杉山が主宰するZINEに写真で参加しており、それを目にした人もいるかも知れない。
「今までずっとドメスティックに撮ってきて、たまにそういう場所で発表できたらいいかなと思っていたんですけど、最近はもっと多くの人に見てもらいたいという気持ちが強くなってきていて。映画というのは最終的にはプロデューサーや監督の作品じゃないですか。自分を100パーセント表現する手段として、40代は写真をもっと積極的にやろうかなと。役者と写真、両方でバランスを取りながら生きていきたいですね」
写真表現を極めることで、嫌いだった芝居との向き合い方も、変わるかも知れない。唯一のこだわりについて、熱っぽく語る彼の表情を見ながらそう思った。
雑誌「Rolling Stone Japan vol.05」に掲載
安藤政信
俳優。1975年5月19日生まれ、神奈川県出身。O型。1996年、映画『キッズ・リターン』で主演を務めデビュー。多数の映画賞を受賞し話題となった。以降も『イノセントワールド』や『サトラレ』など、映画を中心に活躍してきたが、最近は『コード・ブルー』、『ブラック・スキャンダル』などドラマにも積極的に出演している。映画『デイアンドナイト』は2019年1月26日全国公開。
シャツ、カットソー、パンツ(以上すべてYOHJI YAMAMOTO/ヨウジヤマモト プレスルーム TEL:03-5463-1500)、カフ(CODY SANDERSON/ワールドスタイリング TEL:03-5463-1500)
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