米国最大の大麻生産地、北カリフォルニアの”エメラルド・トライアングル”。Netflixの新たなドキュメンタリー・シリーズは、自然に囲まれたこの地域に深く入り込んだ作品だ。
俗世間を嫌う人々の集まる同地域では、行方不明者も出ているという。

サンフランシスコから北へ約480kmの場所に位置するハンボルト郡は、レッドウッドのうっそうとした森林に囲まれた、米国内でも有数の大麻生産地だ。昔から大麻の栽培地として知られるハンボルト郡は、メンドシーノ郡、トリニティ郡と共に米国最大の大麻生産地として有名な北カリフォルニアの”エメラルド・トライアングル”の一角をなす。長年に渡り、生い茂る木々と延々と続く田舎の地形が、密かに大麻を栽培するのに理想的な地域だった。同時に、行方をくらますのにも好都合な場所でもある。中でも郡南部に位置する田舎町のアルダーポイントは、”マーダー・マウンテン”と呼ばれている。

その縁起の悪い呼び名は、1980年代初頭に同地域へ移り住んだジェームズとスーザンのカーソン夫妻に由来する。夫妻はシリアルキラー・カップルとして知られ、後に3人を殺害した罪に問われている。夫妻は、サンフランシスコで起こした最初の殺人事件後にアルダーポイントへ逃亡したが、自分たちは”魔女とのジハード”を戦う”戦士”だと主張していた。1983年に彼らが逮捕された後も”マーダー・マウンテン”の名前だけは残った。アルダーポイントやハンボルト郡周辺では、その後も引き続き多くの人々が行方不明になっていたことも、名前が残った理由のひとつだろう。2018年2月にノース・コースト・ジャーナルが伝えたところによると、ハンボルト郡では毎年10万人あたり717人の行方不明者が出ているという。
州内で最も高いこの顕著な数字に着目したドキュメンタリー映画監督で『The Killing Season』や『Cropsey』の作品で知られるジョシュ・ゼーマンと制作会社Lightboxがチームを組み、ハンボルト郡における後発の合法的な大麻マーケットと元々のブラックマーケットとの間の緊張関係を、9か月に渡って追った。ドキュメンタリー作品として仕上げられた『マーダー・マウンテン:ハンボルト郡へようこそ』(全6回)は、Netflixで配信されている。

作品は、2013年にハンボルト郡で失踪したギャレット・ロドリゲス(当時29歳)の捜索から始まる。失踪の約1年前にハンボルト郡へ来た彼は、儲けの大きな大麻取引のブラックマーケットに関わり始めた。その後、殺害されたと思われるギャレットの遺体が発見された。ゼーマン曰く、同地域の行方不明者数の多さには彼も注目したが、その全てが必ずしも悲惨な事件に巻き込まれる訳ではないという。ローリングストーン誌との電話インタヴューでゼーマンは、同郡ののどかで自然豊かな環境が、人付き合いを避けてひっそりと暮らしたいと願う多くの人々を惹きつけているという。「多くの人々が(ハンボルト郡で)行方不明になっているが、同時に発見される人も多い」と彼は証言する。「同郡は過去も現在も、俗世間を離れたいと思う人々の集まる場所だ。」

ハンボルト郡における9か月の撮影の間にゼーマンは、行方不明者だけでなくもっと興味深いストーリーの存在に気づいた。

1970年代初頭、ベトナム戦争からの帰還兵たちは、ハンボルト郡の森深い丘陵地帯に安息の地を求めた。彼らは俗世間を離れ、大麻でPTSDを癒すことができた。ハンボルト郡における旨味の多い大麻生産は、法執行機関と大麻生産者との間の長年に渡る激しい緊張状態を生んだ。
1980年代に入ると、連邦と州レベルの法執行機関が共同で反大麻栽培キャンペーン(CAMP)を立ち上げた。結果、カリフォルニア州北部の一部を紛争地域へと変えてしまった。武装した州兵や麻薬担当警察官らを乗せた黒塗りのヘリコプターがハンボルト郡へ飛来し、栽培されている大麻草を片っ端から駆除した。兵士や警官は銃を突きつけて各住宅から家族全員を連行し、令状なしに家宅捜索を行った。平穏だったコミュニティが、崩壊してしまったのだ。

ゼーマンは『マーダー・マウンテン』の第2エピソードのほとんどを、ハンボルト郡における大麻栽培と、コミュニティvs.法執行機関の衝突の歴史に費やした。同エピソードでは、当時29歳のギャレット・ロドリゲスを含む人々の失踪・殺人事件が未解決なままの理由や、ハンボルト郡の特定地域が(ゼーマン曰く)”大麻を合法化できない連邦政府の無能さのせいで悲惨な紛争地域へとなってしまった”経緯が描かれている。

皮肉なことに、成人による嗜好用大麻の使用を認めた2016年のカリフォルニア州法(Prop 64)が、ハンボルト郡をまた新たな混乱に陥れた。郡税と州税、州への許可申請やコンサルタント料の合計額が年間何十万ドルにも上る可能性があると同時に、家族経営の大麻生産者にビジネスを止めさせるかブラックマーケットに留まるかの選択を迫ったのだ。

大麻に限らずメタンフェタミンやヘロインも違法取引の対象となってきている”マウンテン”では、多くのブラックマーケットが成長している。

「大麻はもちろん、ゲートウェイドラッグではない」とゼーマンは言う。「しかし、大麻の栽培や取引を取り締まることで、他の薬物の違法な製造・取引を助長する可能性がある。
例えばある麻薬密売組織がハンボルト郡で違法な大麻取引を始めると、その取引ルートは別の違法薬物や性的人身売買にも利用できる。」

法執行機関との悲劇的な歴史やブラックマーケットの活発化と相まって、マーダー・マウンテンの辺鄙な地理的条件が、ギャレット・ロドリゲス殺人事件等の真相追求をドキュメンタリーとしてやりがいのあるものにしている。ゼーマン曰く、アルダーポイントの住人に尋ねると、警察は殺人事件の容疑者の情報を多く持っているものの、ギャレットが違法行為に関与していたために何もしないという。また警察側に尋ねると、カバーすべきエリアが広くリソースが足りない上、犯人逮捕には伝聞証拠以上の確実な証拠が必要だ、と主張するだろう。マーダー・マウンテンではよくありそうな話だが、真実は、住人側の言い分と警察側の主張の間のどこかにありそうだ。

「ハンボルト郡の法執行機関は、(ドキュメンタリーを知って)強い非難の声を上げている。残念に思う」とゼーマンは言う。「独裁的なやり方でなく、ハンボルト郡のことを思うがゆえに同郡の弱い部分を晒そうとしている彼らは、とても立派だと思う」と言うゼーマンは、地元法執行機関と”アウトロー”たちはどちらも”広域の政治戦争における使い捨ての兵士”のように感じているだろう、と思っている。国レベルでの合法化や解禁がなされるまで、状況の変化は難しい。もしも両者が協力できるような状況になれば、「皆が真にハンボルト郡を愛せるようになる」とゼーマンは言う。

一方、合法的な生産を行う200軒以上の小規模農場主が結束し、大企業に対抗して自分たちの農場を所有したいと願い、True Humboldt Brandを結成した。ドキュメンタリー・シリーズに取り組む時間がもっと欲しいと願ったゼーマン同様、ポジティヴな展開だ。

「シリーズの目的は、大麻を取り締まることで生じた弊害を明らかにすること。
残念ながら人々の注意を惹くためには、ネガティヴな面にフォーカスせざるを得ない」と彼は言う。「しかし一旦光を当て、よりネガティヴな部分を一掃できたら、ハンボルト郡は大麻版ナパ・ヴァレーとして一流の観光地になり得る。合法的な農場主たちは、それを実現させようとしている。長年に渡る沈黙と日陰の時代を経た後で合法的なマーケットへ移行するのは、大きな勇気がいる。ハンボルト郡の人々は今、それを実現しようとしているのだ。」
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