2019年1月、シンガーソングライターのヴィクトリア・モネは、友人で長年ともに仕事をしてきたアリアナ・グランデとディズニーランドへ出かけた。
グランデは他のスター同様、偉業達成まであと1歩と近づいた。ビルボード誌によれば、アルバムに先駆けてリリースされたシングルがチャートで連続No.1に輝いたのは、音楽史上マライア・キャリーとドレイクの2人だけ。
元彼のラッパー、マック・ミラーが2018年9月に悲劇の死を遂げたのを受け、「アリアナは一時期、何もする気になれなかった」とモネは言う。ソングライターで数々の楽器を演奏するジャメール・ロバーツは、『スウィートナー』次回作のためにグランデとスタジオでレコーディングする予定だった。「(ミラーが死んだという)話を聞いて、レコーディングが続行されるのかどうか、定かではなかった」
「実際、彼女はツアーをやめるつもりだったの」とモネも認める。「『この先数カ月はキャンセルする。こんなの私にはつらすぎるわ。動きたくない』という感じだった」
だが、仕事をキャンセルしようと考えてからおよそ2週間後、グランデはニューヨークへ向かい、長年ともに仕事をしてきたマックス・マーティンとサヴァン・コテチャと曲作りにとりかかった。モネもほどなく駆け付けた。
「親友の一人を亡くして、私自身も悲しみに暮れていた時だった」とニョムザ・ヴィータも言う。「thank u, next」と「7 rings」の共同作曲者でもある彼女は、故ミラーが運営していたレーベルRemember Musicからデビューしたアーティスト第1号だった。「あの場所(スタジオ)にいることで、ずいぶん気がまぎれたわ」
ニューヨークで、グランデと仲間たちは無我夢中で曲を作った。「最初の1週間で9曲ぐらい書いたのよ」とモネ。「次の週はできた曲を手直ししたり、手を加えたり、プロデュースしたり、2~3曲書き足したりしたわ」
結果的に完成したアルバムは、グランデのこれまでの作品とは一線を画している。「彼女がポップ・ソングとか、たまにソウルベースを歌うのは聴きなれているけど」とジャメール・ロバーツは説明する。「このアルバムの何曲かはまったく違う。一歩踏み出したんだ
そうした変化には構造的なものもある。予算をつぎ込んで制作する昨今のアルバムは、『スウィートナー』も含め、冒頭、もしくは中盤に厚みを持たせて、そのあと徐々に先細りしていく。
構造だけでなく、一つひとつの楽曲もこれまでとは異質だ。「Imagine」と「In My Heart」を共同作曲し、「Fake Smile」ではアリシア・キーズのフェンダーローズ・ピアノなど様々な楽器を演奏したロバーツは、グランデが「Imagine」を収録すると決めたとき、驚きを隠せなかった。「3拍子の曲なんだよ。いまどき3拍子の曲なんてほとんどお目にかからない。ポップではなおさらだ」と説明する。だがグランデは、8分の6拍子の曲を『thank u, next』の1曲目にもってきた。「”In My Head”をかけると、いきなりあんな感じで聞こえてくるから(拡張したベースラインに、留守電のメッセージとドスのきいたラップのビート)、『これがアリアナの曲だ』とは夢にも思わないだろうね」とロバーツは続けた。「”Imagine”では、最後のほうは裏声で歌っている――彼女、一皮むけたね」
お次は「NASA」。恋愛関係を描くとき、ポップの場合は「いい関係」と「悪い関係」に二分しがちだが、この曲で語られるのはその中間の超ロマンティックな関係。ジョーク交じりに(宇宙飛行になぞらえながら)真剣な思いを伝えている(<今夜はうちに来ないでちょうだい、でもあなたのことは好きよ>)。
『thank u, next』はまた、多くの女性が関わった金字塔的なアルバムでもある。収録された12曲のうち9曲は、2人以上の女性が作曲に携わっているが、グランデとしても初の試みだ(厳密に言うと、「Break up With Your Girlfriend, Im Bored」も女性作2人が作曲にクレジットされているが、そのうちキャンディ・バラスはグランデがサンプリングしたインシンクの楽曲の共同作曲者)。参考までにいうと、今年のグラミー賞で最優秀レコード賞にノミネートされていた36人の作曲家のうち、女性は1/4にも満たなかった。
「(グランデの)多くの楽曲はこれまで(作曲に関しては)男性主体だった。でも、今回の曲はどれも本当の意味で女性の視点で描かれている。注目に値するわ」というのは、ダニーシャ・アンドリュース。ブリタニー”チー”・コニーとともに、作曲兼プロデューサーデュオNova Wavとして活動している。「チーも私もプロデュースをするんだけど、今回制作した曲(「In My Head」のこと)でも参加させてもらったわ」
グランデと彼女のコラボレーション仲間との密な関係は――たとえばモネの場合、どのアルバムにも必ず毎回参加している――は、『thank u, nextリリース前の状況に飲み込まれそうになったとき、ガードの役目を果たした。
「Ghosting」は、彼氏と付き合っているにも関わず、別の誰かに後ろ髪をひかれる歌だが、インターネットは即座に登場人物をグランデの最近の恋愛関係にあてはめ、ミラーと別の元彼、ピーター・ダヴィッドソンに置き換えた。
作業し始めると、そこから先は流れるようだった。『thank u, next』の多くの曲が、あっという間に出来上がった。アンドリュースとコニーによれば、「In My Head」は完成までたったの12時間。「7 rings」に関して言えば、「このメロディ(『サウンド・オブ・ミュージック』の「マイ・フェイバリット・シング」のこと)を使おうと決めたとたん、歌詞がすっとおりてきたの」とヴィータ。「すべてあっという間に進んでいったわ」。そして同じ日、「NASA」も書きあがった。
アルバムがリリースされた今、モネは既に次のディズニーランド行きを計画している。「スペースマウンテンに乗りながら(「NASA」を)聴いてみたいのよ」とモネ。