こんにちは。BiSHのモモコグミカンパニーです。連載第2回目は渋谷にある素敵な音楽と時間が流れるrecord bar 33 1/3rpm(レコードバー33回転)のマスターの伊藤さんにお話を伺いました。何を隠そう、私はBiSHのオーディションを受ける前、このレコードバーでバイトとして少しお手伝いをさせていただいていました。そんなゆかりのあるバーのマスター、伊藤さんは今から約5年前に脱サラをしてこのレコードバーを始めたそうです。
BiSHに入る前の私はそんな伊藤さんを見て、自分のやりたいことをしていて羨ましいと思う気持ちと、私がやりたいことは本当は何だろうと焦る気持ちの両方を持ち合わせていました。しかし、伊藤さんはこう言います。「やりたいことなんて最初からできるわけがない。まだ何もできないんだから。今は自分の足で歩いてたくさん失敗することが大事だ」と。
今、あなたがもし自分のやりたいことができていない、何がしたいのか分からない、と感じているなら、長年勤務した会社を離れ、一から自分の好きなことで生きていこうと決意したマスターのお話に私と一緒に少し耳を傾けてみてください。
モモコ:こうして私がインタビューしに来てることがスゴくないですか?
伊藤:面白いよね、まさかこんな状況になるとは思わなかったもんな。
モモコ:バイトしてたのはBiSHに入るちょっと前でしたよね。期間は3~4カ月でしたけど。
伊藤:週1~2ペースで出勤してくれてたよね。当時からモモコさんのファンは多かったんだよ。動きっていうか、アクションそのものがいい。それに一生懸命さが伝わるタイプの子だなと思ってた。だけど面接の時に聞いたら、「他のバイトは全部落ちてる」って言う(笑)。まあ、マスへの適合性に関しては微妙な子なのかもしれないけど、個性がハッキリしてるから。この個性を生かせるか殺せるかは雇い主次第だなと思ってた。そういう意味で、今のモモコさんの事務所(WACK)社長の渡辺さん(渡辺淳之介)は立派だよ。
モモコ:伊藤さんが自分のお店を持ちたいと思ったきっかけは何ですか?
伊藤:まずは学生の時の経験も大きかったと思う。バイトしていたのがレストランバーで、お酒や料理をいろいろ勉強できたし、街にディスコってなかったんで、大学祭の時にサークルでやって、レコードを人前でかけて楽しんでもらう喜びを知ってしまって。

モモコ:そんなに前から考えてたんですね。
伊藤:30歳を過ぎて東京に転勤してきて、いろんな飲み屋に顔を出すようになるんだけど、その時ももちろん(お店を)やりたいなぁとは思ってた。でもお金の問題もあるし、貯金もそんなになかったし……これは後になってから気づいたことだけど、もし若いうちにお店を出していたらコミューン的なノリで友達だけ集めてワイワイやって終わってたんだろうなって。本気でお店を出すなら、毎週足を運んでくれる友達みたいな常連さんだけじゃなくて、ある程度マスを見なきゃいけない。新しいお客さんに満足いただかなければいけないし、その発想も浅かったかな。
モモコ:サラリーマンとしての経験が長かった分、会社を辞めて全然違う世界に飛び込むのって勇気がいることだったんじゃないのかなと思うんです。そのへんはどうでしたか?
伊藤:勇気はいるけど、なんだろうね。僕の場合は頭の中に常に2つの世界を描いていたんです。サラリーマンの自分とサラリーマンじゃない自分。前者から後者に移っただけなので、恐怖とかはなかったですね。それに、「やりな」って背中を押してくれた方もいたので。銀座のキャンディーストアロックという店のマスターなんだけど。
モモコ:伊藤さんと比較するものじゃないかもしれないけど、私も2つの人生があるような気がしていて。大学生だった頃の自分、それからBiSHの一員の自分。伊藤さんのお店でバイトしていた時の自分からしたら、今は想像もつかない世界で活動している。でも一方で、そのまま大学を卒業して就職していたかもしれない。
伊藤:物の見方とか考え方かな。僕は本社にも8年くらいいたから、例えば市場の見方も上司がちょっとしたヒントをくれるわけで、自分なりのやり方でトライして失敗したら、少し修正してまた実行したりとか。いわゆる「PDCA」だよね。Plan、Do、Check、Actionっていうのを基本で教わるんだけど、実践してみたら本当にその通りなんだよ。うまくいかない場合ってPlan、Do、 Plan、Do、 Plan、DoとかDoやPlanしかやらなかったりするんだけど、僕の場合は全部やらせてもらえたり、考えさせてもらえたの。それはものすごく役に立ってます。マーケティングの基礎になる本も読んでみたりしたけど、全て自分に当て込んで考えてますね。そこから出てきた言葉をベースにして、このお店を運営していて。自分の軸は一つなの。そこからズレることはやらない。今は自分で考え、自分で決めて、自分で動く、これが基本かな。
モモコ:軸は一つ。
伊藤:中心点があって、軸が一つある。その軸に対していくつかの項目があるんだけど、それがきちんとできているか、できていないかっていうのが、日々反省するところで……。サラリーマンの時に一生懸命やってた仕事、あれはあれで俺だなって気はするし、でも自分をぽーんとさらけ出しちゃってラクに生きていけるのはこっちのほうかな。いろいろ経験して考えてやってみてダメならやめる。うまくいったらそれを続けてみて、自分の骨格を常に持ち続ける。今はこういう仕事ですけど、サラリーマンの仕事もその点は一緒だった気がする。自分の中の筋を決めて、目標を達成するためにいろいろ考えて行動する。ただ、サラリーマンの場合は組織の一員だから、いくつもの部署や現場にわかってもらわなくちゃいけないから、時には上司の力を使ってもらったり、裏で根回ししてもらったり、組織の仕事はそこが大変です。
モモコ:オープン当初からお店は順調だったんですか? 何か転機みたいな出来事とかありましたか?
伊藤:渋谷っていう立地もよかったし、口コミで面白がってもらえたので、最初から割と順調でしたね。CHABOさん(仲井戸”CHABO”麗市)がMCを務める音楽番組があって、その撮影場所で使ってもらったことがあるんです。それも大きかった。
モモコ:どんな作戦ですか?
伊藤:とにかくきれいな店を作りたかったの。そして落ち着いて飲める居心地の良い店。ちょっと薄汚れた感じのマニアックなバーというよりは、徹底的にきれいな店を作ろうと思って。だから店の内装もかなりこだわりました。

モモコ:口コミの力って大きいですよね。音楽でもそうですけど、人の口コミの信頼度ってすごいじゃないですか。
伊藤:来店したお客様が「ここ気に入った!」となって友達を連れて来てくれる。そして友達もこのお店を気に入ってくれる。そういう素敵な関係が築けるんだなってことをオープンして最初の半年間で体感したんですよ。フリーで一人で飛び込みで来たお客様が結果的に一番根付いてくれます。開店以来ずっと毎週来てる方もいるし、去年辺りから毎週来るようになった方もいるし、毎日のように来る方もいる。
モモコ:伊藤さんが店主として一番大切にしてることは何でしょう?
伊藤:僕はお客様の笑顔が見たいんです。いろんなお店を知った上でこの店を気に入ってくれる中高年の方が多いんですけど、そういうお客様がこれからも増えてほしいし、僕もお客様のために全身全霊でお返ししたい気持ちがある。ただ、毎回「楽しかった」って納得して帰っていただけるように、いろんなことをしなくちゃいけない。例えば、チェーン店の居酒屋やお姉ちゃんがいるようなお店と同じように騒ぐ方にはあんまり居着いてほしくないし、もしそういう方が自分の店で騒いでたら注意する。だからソフトなことだけじゃないんです。お店って1軒1軒発想が違うものだから。
モモコ:私たちBiSHも「笑顔が見たい」ってとこでは一緒かもしれないです。去年の12月、幕張メッセでライブをやったんですけど、毎日リハーサルをしながら自分たちで考えることが多くて。お客さんに360度囲まれたセンターステージだったので、これまでの振り付けを考え直したりとか、ファンの方に笑顔になってもらうための苦しみがたくさんありました。
伊藤:楽しみが1に対して苦しみが9。苦しみは努力って言えるかもしれないけど、努力せずして幸せはないよ。
モモコ:自分たちでも実感しました。
伊藤:いいグループだっていう証拠だよ。お仕着せでやるより、自分たちでやるってことだよね。
モモコ:そうですね。もちろん周りの方たちあってのことですけど、自分たちの意見を言っていくことが大切なのかなって。
伊藤:楽しんでもらうために自分たちが一生懸命にやる。それって人に伝わるものなんだ。「努力してます」って言わなくたって、その一生懸命さって人は感じられるものなのよだよ。そういう人が幕張メッセを埋めるくらい増えてきているってことは、今のBiSHにとって大切なことだと思う。
モモコ:例えば、カウンターに3人のお客様が座っていたとして、それぞれ趣味が違うじゃないですか。どんなレコードを流すか気を使いますか?
伊藤:1人ずつ、その人が好きなレコードを順番にかけるよ。選曲に関してはいろんなボールを投げつつ、お店にいるお客様全員が反応するポイントを探りながら、「ここ被った!」ってところを厚めにしていく感じかな。
モモコ:自分の好きな曲をかけるっていうよりはお客さんの好みに合わせていく。
伊藤:音楽が大好きだから選曲は好きだけど、自分が好きなのは恥ずかしくてあまりかけない。
モモコ:ちょっとわかります。一番好きなものはあんまり人に見せたくないみたいな。
伊藤:ただ、自分が好きなものをお客様が好きっていうケースもあるからね。それを聴いたお客様が「たまにはこういうのもいいね」って言ってくれる。開店以来、そういう出来事も増えてきて、その一瞬一瞬が常に楽しいです。日々の営業が終わった瞬間、「今日も素敵な方に来ていただいたな」と思えるので。
モモコ:やっぱり人が大切ですよね、音楽があるところには人がいたほうがいいというか、人がいないと音楽も成り立たないわけですし。
伊藤:今はイヤホンで聴く人が多いし、プライベートな楽しみになってる感じはするけど、みんなで聴く楽しさってあるからね。

モモコ:そうですよね。ライブに行かなくても曲をイヤホンで聴くことはできるけど、それだけでは味わえない満足感がライブにはあります。私もBiSHに入るまではライブとかほとんど行ったことがなくて、音楽は自分一人で聴けばいいじゃんって思ってたんですけど、ライブをやる立場になってからまた考えが変わりました。
伊藤:好きなものが共通する人たちと一緒にいられること自体が楽しくて、さらに目の前のライブを共有できる。だからライブって面白い。
モモコ:レコードも自分の家で聴くだけでいいかもしれないけど、このバーに来たら音楽が好きな人たちと一緒に楽しめますよね。あと新しい音楽も知れるだろうから視野も広がるだろうし、自分が好きなものだけでできている世界も楽しいけど、お店に来ることで新しい出会いがありそうですね。
モモコ:サラリーマンとしての経験、店主(もしくは経営者、オーナー)としての経験を持つ伊藤さんから20代の子たちにアドバイスを送るとしたら?
伊藤:一生懸命やるってことですね。でも最初は何を一生懸命やるのか分からないだろうから、それを見つけるのが大事になってくる。で、見つけるために何をするかといったら動くこと。部屋の中にいても何も見つからないわけですよ。そうやって動いた結果、モモコさんだってオーディションを受けてBiSHになれたんだし。
モモコ:私も学生時代は本ばっかり読んでいて、それで世の中わかった気になってたんです。でもBiSHで外の世界に出てみてから、自分が何もできないことに気づいて……。本や映画でインプットするのも大切なことだけど、自分の足で歩かなきゃダメだなと。
伊藤:だからモモコさんが喫茶店めぐりが好きっていうのは、とてもいいことだと思うよ。実際に足を運ぶことで「素敵なお店を見つける自分」を作っていくんだよね。自分のお店が渋谷にあるからっていうのもあるけど、例えばハロウィンの時に何も考えずに街に群れて繰り出すとかじゃなくて、ちゃんと何をしたいか自分で考えて実践してみることが大事かなって。
モモコ:なるほど。
伊藤:群れるのはいいんだけど、それだったら自分の街で自分たちで何かやってみたらいいと思う。例えば、多くの地方都市でも若者がいなくて困ってる街があるじゃない。そういう場所、自分の街で友達と一緒に何かやってみるのも一つの生き方だよね。元渋谷の「ギャル」だった方が、ある地方都市の活性化で活躍しているっていう話も聞いたことがあるし。そうしたことって素敵だなと思いますよ。
モモコ:とにかく何かやってみるってことですね。
伊藤:失敗してもいいんです。失敗したら何が足りなかったんだろうと考えて、次に向けて動けばいい。サラリーマンもそうです。一つの筋をきちんと自分の中で立てていかないと、会社の中で生きていけないですから。ただ会社にぶら下がってることに安心を感じて、とりあえずオフィスに出勤しておけば行けばいいやぐらいなスタンスで仕事をすることほどつまらないことはないです。うちでバイトしてた若い子も「せっかく会社に入ったのに全然やりたいことをさせてもらえない」って言ったりしていた人もいましたが、それは当たり前ですよ。まだ何もできないんだから。小規模の会社だったら別ですけど、そこそこの規模の会社でやりたいことをやるためには、いろいろ知る必要がある。入社後の数年間はそれらを学ぶための時間なので、その中で努力をしなくちゃいけない。そもそも「本当にやりたいこと」って皆がやりたいことだから競争率は当然高いですからね。逆に会社を飛び出して靴のデザイナーになると言って独立して、この店で働きたいと自分から言ってきたバイトの子もいます。苦労してますが、本当に充実しているように見えますよ。そうした人にはできる限り力になってあげたいなと。
モモコ:経営者としての目線で考えた時、もっとお客さんを増やそうとか考えたりすることもあると思うんですけど、その際、サラリーマン時代に身につけた知識とかが活きたりしますか?
伊藤:ありますね。本社にいた時に広告代理店の方ともお付き合いがあったし、今もお客様で代理店の方は多いんですけど、やっぱりWEBで宣伝を打つのは一つの手ですよね。自分の中で「週に2~3組新規のお客様が来てくれる」というハードルを設けてた時期があって色々やってみました。逆にあえてやらないこともあります。それと、人は人につくということを、営業の仕事を通じて体感しましたよ。お店でも同じですね。あと外国の方が口コミですごくいい評価をしてくれて。それから観光客の方も増えましたね。
モモコ:海外の方も来られるんですね。
伊藤:しかもウチは「チャージがかかるよ」って店の外に看板をかけてるので、騒ぐのが好きな人たちというよりは、本当に紳士淑女なお客様が多いです。音楽とお酒を愛してくれて。この間、お礼の手紙がニューヨークから届きましたけど、そういうのがやっぱり一番うれしいですよね。ファンレターって貰った時ってこういう気持ちになるんだなと(笑)。
モモコ:(笑)私もBiSHにいるとファンの方からよく貰います。
伊藤:思わずファンレターを書きたくなるような、そういうお店になるといいなって。ちなみに僕と妻で今一番ハマってるのはフラ印のポテトチップスなんですけど、あまりにも美味くてファンレター書きたいですもん(笑)。

左からrecord bar 33 1/3rpmのマスター伊藤氏、モモコグミカンパニー(BiSH)(Photo by Takuro Ueno)
=あとがき=
自分の身体は常に一つ。自分の軸は常に一本。数えきれないほどの選択肢、画面の奥にはたくさんの情報がはびこる中で、一番信用できるのは自分の身体で感じたこと。口コミを見て満足しないで、自分の足で歩いてみることが大切、もっと自分の感性を信用しよう。伊藤さんのお話を聞いてこう思った。
歩くのをやめない限り、全ての経験は自分にとって無駄にならない。こう思っておけば何事も頑張れるし、強くなれる気がします。でも、がんばり過ぎたら少しゆっくりしましょうね。渋谷のレコードバーでゆっくり音楽と美味しいお酒に浸るのもありかもしれません。
Edited by Takuro Ueno(Rolling Stone Japan)

モモコグミカンパニー(BiSH)
https://twitter.com/gumi_bish
2015年3月、BiSHのメンバーとして活動を開始。2016年5月のシングル「DEADMAN」で早くもメジャーデビュー。2017年7月に幕張メッセイベントホールで行われたワンマンライブ「BiSH NEVERMiND TOUR RELOADED THE FiNAL ”REVOLUTiONS”」をSOLD OUT。12月には、結成からわずか3年で『ミュージックステーション』に出演し、”楽器を持たないパンクバンド”として強烈な個性を見せつける。その間、『KiLLER BiSH』と『THE GUERRiLLA BiSH』の2枚のフルアルバムを発表。2018年12月22日には幕張メッセ9・10・11ホールにて2万人規模となる単独ライブ「BRiNG iCiNG SHiT HORSE TOUR FiNAL "THE NUDE”」を開催した。2019年4月からは全国ツアー「LiFE is COMEDY TOUR」がスタートする。現在BiSHのメンバーはモモコグミカンパニーの他、アイナ・ジ・エンド、セントチヒロ・チッチ、ハシヤスメ・アツコ、リンリン、アユニ・Dの6人。
https://www.bish.tokyo/
record bar 33 1/3rpm(レコードバー33回転)
住所:東京都渋谷区道玄坂1丁目6−2
渋谷Five Bld. by COAST 地下1階
営業時間:月曜~土曜 18:00 ~ ご入店0:30
定休日:日曜・祝日
https://www.33-1-3rpm.com/