「オシッコと馬の臭いがした」とアイリッシュはホテルについて振り返った。「でもね、本当にサイコーの場所を見つけたって感じ」。少し前まではブルーだった髪をグレーに染めたアイリッシュは、自分の生家と呼ぶバンガローの裏庭に座っている。アイリッシュの新曲は<ベッドの下に潜むモンスターの視点>から描かれている。「なんでもモンスターになれるんだよね。相手が好きすぎて自分の人生を見失うことだってそう。愛とか恐怖とか憎しみって全部同じものだと思うんだ」
インタビューの途中でもアイリッシュはこんな人生観をさらりと言ってのける。聴く人を心地よい眠りへと誘う甘い歌声、キャッチーなアコースティックのメロディ、エレクトロニカルなビート……これらの奥底には、ダークな想像力で膨らんだ彼女の脳みそがある。アイリッシュの両目から真っ黒な涙が流れたり、口からクモが這い出てきたりするミュージック・ビデオがそれを裏付けている。実際、アイリッシュのビデオは1億回もの閲覧回数を誇る。
新曲「Bury a Friend」についてアイリッシュはこんなことを言った。「自分が裸になってる姿を想像したの。
撮影は長期戦で、怪我をしてもおかしくないくらい肉体的にもキツいものだった。「たくさんの人の手が私をつかんだり、投げ飛ばしたり、窒息させようとしたりした。髪も引っ張られた。何十テイクも撮影して、その度に頭痛がした。誰かの指が目に入ってそのせいで見えなくなったこともあったし、ピアスが毎回外れるから糊で耳に貼り付けないといけなかった。でも最高だった。もみくちゃにされたり、傷つけられたり、振り回されたりするのは楽しかった。理由はよくわからないけど、気持ちよかったな
キッチンからアイリッシュの父が水の入ったグラスを持ってきてくれる。人懐っこい飼い犬のペッパー——アメリカンピットブルテリアの雑種——が数フィート先の芝生の上でフンをする。アイリッシュはその姿を指差して爆笑する。
無造作な滑稽さと対照的な暗さ——それがアイリッシュだ。アイリッシュの「変なクソ」へのこだわりはいかにもゴスっぽい愛着ではなく、アイリッシュの言う「クソがめちゃくちゃになった」ときへの極めて自然なリアクションを表している。自らの名前でアナログ盤1枚といくつかのシングルをリリースしたアイリッシュは、逆さまのディストピア的な現在へのリアクションを描いたと自ら表現するデビューアルバム『ホエン・ウィ・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?』の仕上げに取り掛かっている。「山が燃えてるっていう歌詞があるの。でもそれって今では当たり前のことだよね。ロサンゼルスの大半が燃えてるのに、どうすることもできないの。空は灰色とオレンジ色に塗りつぶされて……でもそれが自然なんだよね。いつもどこかの学校では銃乱射事件が起きてるし、それも普通のこと。それって最悪! これが私たちにとって正常な世界で、今までずっとそうだったから誰も変だなんて思わない。本当になにもかもが最悪。だから私はそれをアートにするしかないんだ」
家の中に入ると、アイリッシュがミュージシャンの兄フィニアス・オコンネルのベッドルームを見せてくれる。
「これが私の脳みそ。インスピレーションとかなんでも好きなように呼んでくれても構わない」と解説する。「私の部屋は洋服とか靴でいっぱいだけど、このカーテンをめくると、大きくて暗い汚物の穴が姿を現わすんだ。洋服を送りつけてくる人は私が貧乏な家で育って、お金持ちの人が持ってるような物をたくさん入れられるほど大きな家に住んでないって知らないんだよね」。

2018年12月にカリフォルニア州イングルウッドで開催されたラジオのイベントに登場したアイリッシュ。さらに大規模な全米ツアーが4月からはじまる。(Photo by Jeff Kravitz/FilmMagic)
ジャンルに縛られないリラックス感、全体を支配するエモーショナルな雰囲気、歌詞への文学的なアプローチをはじめ、新しいアルバムはこれまでの楽曲をなぞるものになるとアイリッシュは言う。「フィニアスと私は他の人の視点から物事を描くのが好きなの。