2019年2月20日、17歳のビリー・アイリッシュはロサンゼルスのローラースケート場で過ごした。そしてその翌日には「どこにでもありそうなホテル」を舞台としたニューシングル「Bury a Friend」のミュージック・ビデオ撮影に本腰を入れて取りかかった。


「オシッコと馬の臭いがした」とアイリッシュはホテルについて振り返った。「でもね、本当にサイコーの場所を見つけたって感じ」。少し前まではブルーだった髪をグレーに染めたアイリッシュは、自分の生家と呼ぶバンガローの裏庭に座っている。アイリッシュの新曲は<ベッドの下に潜むモンスターの視点>から描かれている。「なんでもモンスターになれるんだよね。相手が好きすぎて自分の人生を見失うことだってそう。愛とか恐怖とか憎しみって全部同じものだと思うんだ」

インタビューの途中でもアイリッシュはこんな人生観をさらりと言ってのける。聴く人を心地よい眠りへと誘う甘い歌声、キャッチーなアコースティックのメロディ、エレクトロニカルなビート……これらの奥底には、ダークな想像力で膨らんだ彼女の脳みそがある。アイリッシュの両目から真っ黒な涙が流れたり、口からクモが這い出てきたりするミュージック・ビデオがそれを裏付けている。実際、アイリッシュのビデオは1億回もの閲覧回数を誇る。

新曲「Bury a Friend」についてアイリッシュはこんなことを言った。「自分が裸になってる姿を想像したの。
誘拐されたみたいに、自分ではコントロールが効かなくなった、無力な身体のイメージね。誰かが腕とか首に注射器を刺す。針がものすごく怖い人ってけっこう多いじゃない? 私はね、最近は人間の恐怖に注目してるんだ」

撮影は長期戦で、怪我をしてもおかしくないくらい肉体的にもキツいものだった。「たくさんの人の手が私をつかんだり、投げ飛ばしたり、窒息させようとしたりした。髪も引っ張られた。何十テイクも撮影して、その度に頭痛がした。誰かの指が目に入ってそのせいで見えなくなったこともあったし、ピアスが毎回外れるから糊で耳に貼り付けないといけなかった。でも最高だった。もみくちゃにされたり、傷つけられたり、振り回されたりするのは楽しかった。理由はよくわからないけど、気持ちよかったな

キッチンからアイリッシュの父が水の入ったグラスを持ってきてくれる。人懐っこい飼い犬のペッパー——アメリカンピットブルテリアの雑種——が数フィート先の芝生の上でフンをする。アイリッシュはその姿を指差して爆笑する。
「犬のアレって最悪!」と肩をすくめながら自分のマゾヒズムを分析しながら「なんか変なクソだなー」と言う。

無造作な滑稽さと対照的な暗さ——それがアイリッシュだ。アイリッシュの「変なクソ」へのこだわりはいかにもゴスっぽい愛着ではなく、アイリッシュの言う「クソがめちゃくちゃになった」ときへの極めて自然なリアクションを表している。自らの名前でアナログ盤1枚といくつかのシングルをリリースしたアイリッシュは、逆さまのディストピア的な現在へのリアクションを描いたと自ら表現するデビューアルバム『ホエン・ウィ・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?』の仕上げに取り掛かっている。「山が燃えてるっていう歌詞があるの。でもそれって今では当たり前のことだよね。ロサンゼルスの大半が燃えてるのに、どうすることもできないの。空は灰色とオレンジ色に塗りつぶされて……でもそれが自然なんだよね。いつもどこかの学校では銃乱射事件が起きてるし、それも普通のこと。それって最悪! これが私たちにとって正常な世界で、今までずっとそうだったから誰も変だなんて思わない。本当になにもかもが最悪。だから私はそれをアートにするしかないんだ」

家の中に入ると、アイリッシュがミュージシャンの兄フィニアス・オコンネルのベッドルームを見せてくれる。
アイリッシュの音楽はすべてこの部屋で兄との共同作業によって生まれたのだ。2016年に兄妹は「Ocean Eyes」というムード満載のエレクトロニックなラブソングをSoundcloudに投稿した。ふたりの驚きとともに楽曲は爆発的な人気を博し、最終的にはメジャーなレコード会社との契約まで交わした。アイリッシュは自分のベッドルームのほうを向いた。そこは1330万人ものフォロワーを抱えるInstagramのアカウントでアイリッシュが着てくれることを期待して贈られたいくつもの高価なデザイナーものの洋服であふれかえっている。アイリッシュはベッドの上に飛び乗ると、壁にかかったカーテンをめくって歌詞やとりとめのない空想が黒いマーカーでびっしりと書かれた壁を見せてくれる。そこにはこんな言葉もあった。<私はからっぽ、無の権化。酸を飲み、クソを食らう>

「これが私の脳みそ。インスピレーションとかなんでも好きなように呼んでくれても構わない」と解説する。「私の部屋は洋服とか靴でいっぱいだけど、このカーテンをめくると、大きくて暗い汚物の穴が姿を現わすんだ。洋服を送りつけてくる人は私が貧乏な家で育って、お金持ちの人が持ってるような物をたくさん入れられるほど大きな家に住んでないって知らないんだよね」。
両親は自分たちの洋服をアイリッシュのクローゼットにしまっている。というのも、ベッドルームはアイリッシュと兄のふたつだけで、両親はリビングルームに布団を敷いて寝ているのだ。両親はどちらも俳優で、犯罪ドラマの脇役やコマーシャルのナレーションなどをしている。「『パパとママは映画スターなのよ!』って感じじゃなかった」とロサンゼルスでの幼少期を振り返る。「もっとちゃんとした仕事をしてほしいって思ってた。どちらかと言うと労働者みたいな俳優ね。有名になってほしかった。だから自分が有名になったの。別にそれだけが理由じゃないけど」

ビリー・アイリッシュが語る10代の真実「若い子たちにとって私の曲はハグなの」

2018年12月にカリフォルニア州イングルウッドで開催されたラジオのイベントに登場したアイリッシュ。さらに大規模な全米ツアーが4月からはじまる。(Photo by Jeff Kravitz/FilmMagic)

ジャンルに縛られないリラックス感、全体を支配するエモーショナルな雰囲気、歌詞への文学的なアプローチをはじめ、新しいアルバムはこれまでの楽曲をなぞるものになるとアイリッシュは言う。「フィニアスと私は他の人の視点から物事を描くのが好きなの。
(アルバムの)曲の半分はフィクションで、残りは私が経験したリアルなこと。でも聴いた人にはどっちがどっちだなんて絶対わからない」。架空と現実のあいまいな境界線とは関係なく、楽曲はファンの胸を打つ、とアイリッシュは強調する。「若い子たちにとって私の曲はハグなの。落ち込んだり、死にたいって思ったり、自分のすべてが嫌になったりするのは悪いことだって言う大人もいる。でも、自分と同じくらいサイテーの気分の人がいるってわかるだけでも慰められると思うんだ。癒されるんだよね」。アイリッシュは自分の脳みそである大きくて暗い汚物の穴をカーテンでそっと覆う。「一緒に絶叫できる仲間なんだ」
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