デルヴィー被告は重窃盗、重窃盗未遂、および利益窃盗の罪に問われている。ニューヨーク市内の銀行やホテルから25万ドル相当をだまし取ったほか、社交クラブ兼アートギャラリースペースの開業資金として数百万ドルの融資を申請するにあたり、シティ・ナショナル・バンクやフォートレス・インベスメント・グループといった銀行および投資銀行に偽造書類を提出した罪に問われている。デルヴィー被告は3500万ドルの信託資金を抱えるドイツの上流階級の令嬢に成りすまし、ニューヨーク市指折りのエリート組織に出入りしていた。
白いレースのショートドレスに身を包み、髪をポニーテールに結ったデルヴィー被告は静かに座って、被告側の弁護士トッド・スポデック氏の最終弁論に耳を傾けていた。スポデック弁護士は冒頭陳述の時と同じく、開口一番フランク・シナトラを引き合いに出した。最終弁論の中でスポデック弁護士は、デルヴィー被告をソーシャルメディア時代に自力で成功を手にした起業家になぞらえた。「シナトラはニューヨークで、裸一貫でスタートしました。ソロキンさん(デルヴィー被告の本名)も同じです。2人も自らの手でチャンスをこじ開けたのです」
そのあと彼は、フォートレス・インベストメント・グループをはじめとする金融機関に対して行った2200万ドルの融資申請にふれ、申請の理由はひとえに、デルヴィー被告がマンハッタン・ロウアーミッドタウンのパークアヴェニューサウス281番地に建設を計画していたアートギャラリースペースの開業資金だったと述べた。「ソロキンさんは野心的で、粘り強く、固い意志でビジネスを実現させようとしました」と言ってスポデック弁護士は、被告が自分の夢だったプロジェクトを本気で実現させるつもりだった証拠として、建築家のガブリエル・カラトラバ氏やホテル王アンドレ・バラージュ氏など、様々なタイミングでプロジェクトに関心を寄せた「著名人」の名前を列挙した。「もしこうした著名人が現れて一緒に組もうと言ってきたら、実現すると思うのは間違いでしょうか? 自分とビジネスをする気があるのだと考えるのは間違いでしょうか?」とスポデック弁護士。
デルヴィー被告はドイツの令嬢を騙ることで、そうでもしなければ入り込めなかった一流社交界に近づくことができたのだ、とスポデック弁護士は主張した。
最終弁論がいよいよ最高潮に達し、スポデック弁護士は元ヴァニティ・フェア誌のフォトエディターで、デルヴィー被告との関係を手記にしたレイチェル・デローチ・ウィリアムズ氏を、欲深い日和見主義者として描き出そうとした。先週デローチ・ウィリアムズ氏は目に涙を浮かべながら、被告が支払うと約束していたモロッコ旅行の旅費として6万ドル以上を騙しとられた経緯を法廷で語った。「ソロキンさんはしかるべき場所に、しかるべき知り合いがいました。そしてウィリアムズさんは、ソロキンさんの人生に加わりたかった……それからほどなく、ウィリアムズさんはソロキンさんの金で華々しい生活を謳歌しました」
スポデック弁護士はデローチ・ウィリアムズ氏の涙の証言を「オスカーもののパフォーマンス」と表現し、ウィリアムズ氏が被告との関係についての暴露本の出版契約をSimon & Schuster社と結んだこと、かつヴァニティ・フェア誌に掲載した手記の二次使用権をHBOに売ったことを挙げ、あらゆる機会を利用して友情を食い物にしている何よりの証拠だと述べた。「彼女は作家になりたがっていました。そしてびっくり仰天、何が起きたと思います? 処女作がヴァニティ・フェア誌に掲載されたのです」と言ってスポデック弁護士は、彼女が「目の前のあらゆる機会を利用した」ことを指摘した。
公判を通じてスポデック氏の弁護方針は、デルヴィー被告がシティ・ナショナル・バンクやフォートレス・インベストメント・グループから融資を受けるところまで至らなかったのだから、窃盗未遂では無罪だという事実を主なよりどころとしていた。「未遂の原則にしたがうなら、アナは犯罪すれすれの行動に出なくてはなりません」と、彼は先日ローリングストーン誌との取材で語った。「私の見解では、彼女がどんな行動をとったにせよ、罪を犯すところまでは至りませんでした。手続きの過程で次々と問題が生じたからです」
だが、検察側の最終弁論でキャサリン・マッキー検事はこうした弁論に反論し、デルヴィー被告が融資申請で提出した偽造書類こそが「あらゆる手段を講じて罪を犯そうとしていた」証拠だと指摘した。
マッキー検事は陪審員に全体をまとめたパワーポイントのプレゼンテーションを見せ、偽造パスポート、偽造免許書、偽造銀行残高証明書、偽造取引明細書など、デルヴィー被告融資申請の際に残した文書を順に説明していった。マッキー検事は、必死になったデルヴィー被告が融資申請の過程を早めようと送ったメールにもふれ、こう言った。「もし彼女がこの融資を受けるのは無理だと思ったなら、なぜ何度も何度もトライしたのでしょう?」
またマッキー検事は、銀行員とのメールのスレッドにもしばしば登場する「会計士」用に、デルヴィー被告が偽造メールドレスを作成しようとした際のGoogle検索の結果を陪審に見せた。架空の会計士「ベティナ・ワーグナー」のメールアドレスを作成しようとしたデルヴィー被告は、「追跡不能な偽造メールを送る」「実在しないメールが返送されないようにする」といった検索ワードでGoogleを検索していた。さらに被告はHushedというアプリを使って、偽の番号からフォートレス・インベストメント・グループに「会計士」のふりをして電話をかけたとみられる。「被告は考えたのでしょう――本気で信じていたんでしょうね――こうした手順を積み重ねていけば、難関を突破して融資を得られ、まんまと犯罪をやり遂げることができるだろうと」とマッキー検事。
検事はデルヴィー被告が計画中だったという建設プロジェクト「アナ・デルヴィー財団」についてもふれ、「初めから最後まで作り話だった」とし、被告が銀行からの融資をビル開発に使うつもりは毛頭なかったと述べた。「シティ・ナショナルに融資申請をするころには、本人もビル建設が実現しないことはわかっていました」とマッキー検事は主張し、パークアヴェニューサウスの問題の物件にはすでに借主が見つかっていた事実を挙げた。マッキー検事は被告が銀行融資を最初から私用に使うつもりだったと主張。Wホテルで650ドル以上もミニバーを利用していた事実にふれ、彼女の浪費家ぶりを裏付けた。「ずいぶんな量のM&Mですね」という検事の発言に、陪審員から笑いが漏れた。
デルヴィー被告は検察側の最終弁論の間ほとんどスフィンクスのように腰かけ、時々弁護士のほうへ身を乗り出して何かを相談していた。
デルヴィー被告が身分を偽って、被害者から金やサービスを得ていたことは「言い逃れできない」とマッキー検事。「彼女が被害者たちと交流する中で、嘘に嘘を重ねていた事実は、どんな言い逃れもできません」
スポデック弁護士はデルヴィー被告の詐欺を「目的達成のための方便」と見せようとしたが、マッキー検事は、事態はもっと深刻だと言い切った。「ガールフレンドに向かって、ジーンズ姿でもお尻は大きく見えないよ、と言うのが方便です」とマッキー検事が言うと、陪審員からまたもや笑いが起こった。
「偽の銀行書類、偽のメールアカウント……これらは方便ではありません」