まずは、昨年のフジロック・フェスティバル出演時と同じく茶色のスーツで揃えたバック・バンドが登場。そして彼らが作り出すサイケデリックで幻想的な空間に誘い込まれるように主役のケイシーが現れると、オーディエンスからはアイドルを待っていたかのように熱を帯びた歓声が起こった。『ゴールデン・アワー』のオープニングを飾る「スロウ・バーン」でスタートし、序盤はアルバム収録のミドルテンポなナンバーが続いたのだが、シングル・カットされていない曲でさえ大合唱が何度も起こるなど、リリックを何度も読み込んでいた筆者でさえ、ファンのリアクションの温かさに思わず驚いた。


Photo by @_24young_
この日のライブは、我々がケイシーに熱狂せずにはいられない理由を露わにしてくれたと思う。《私は大丈夫、ゆっくり燃えていけば/私のペースで世界を変えていくの》――「スロウ・バーン」でそう歌うケイシーは終始笑顔を絶やさなかったし、MCでは突然「隣の人とハイ・ファイヴしちゃって!」とオーディエンスに呼びかけるなど、とにかくマイペースだ。その「我が道を行こう」というモットーが歌にも現れた終盤の2曲は、セットリストの中でも特に象徴的だった。
まずは元祖ディスコ・クイーンとして知られるグロリア・ゲイナーが歌い、1978年に大ヒットしたLGBTアンセム「恋のサバイバル」のカバー。ディスコ・ソングといえばケイシーには「ハイ・ホース」があるが、"LGBTアイコン"としての顔も持つケイシーによるこのカバーは、彼女がルーツとするオーガニックなカントリー・ミュージックとの繋がりも感じさせる瞬間だった。
その"LGBTアイコン"となったきっかけの代表曲「フォロー・ユア・アロウ」では、《たくさんの男の子にキスするか/たくさんの女の子にキスするの/それがあなたの夢中になれることなら》というコーラスのラインを観客に歌わせ、会場は自由で解放的なムードでいっぱいになる。アウトサイダーたちをそっと優しく包み込むかのようなケイシーの透き通った歌声と、一語一語を噛みしめるように歌うオーディエンス。その関係性を見ていると、今のケイシーもまた、ビリー・アイリッシュやアリアナ・グランデのように「ファンダム」に寄り添いながら前に進む、大文字の"ポップスター"なのだと確信させられる。
また、この日は「カントリー・ミュージックの伝道師」としてのケイシーの演出にも圧倒された。中盤にはスライド・ギターとペダル・スティールがゆったりと心地いい「ウエスタン・ジャム」と題されたセッションを挟み、続けて披露された『ページェント・マテリアル』(2015年)収録の「ハイ・タイム」では、会場中に美しくこだまする口笛の音色も加わって、アメリカ南部の牧歌的な光景が思い浮かんでしまった。さらに、バラード曲「マザー」からはバック・バンドのメンバーが楽器を持ち替えて彼女の周りに集まり、アコースティック・ギター、バンジョー、ペダル・スティール、バイオリン、コントラバスといった複数の弦楽器を用いたブルー・グラス風スタイルで4曲を披露。しかも、「ヴェルヴェット・エルヴィス」を歌い始める前にはカントリーやカウボーイでお馴染みの「イーハー(Yeehaw)」シャウトをコール&レスポンス。当のケイシーは「カントリーってこんなにハッピーで楽しいんだよ」と言わんばかりの笑顔を浮かべていたが、ここまでディープにカントリー・ミュージックの世界に浸れたのは嬉しい誤算である。
ちなみに「イーハー」といえば、いまアメリカの音楽シーン/ファッション業界ではカーディBからソランジュ、ミツキ、そして最新全米No.1ヒットのリル・ナズ・X「オールド・タウン・ロード」に至るまで、カウボーイ・カルチャーを引用する「イーハー・アジェンダ」なるムーブメントが起きている。その潮流にいち早くリアクションしていたのがケイシーで、とあるファンの「ヤバい! 私カントリー・ミュージックは嫌いなのに、ケイシー・マスグレイヴスはマジ最高!」というツイートにユーモラスに反応したり、ド派手なカウボーイ・ファッションを纏ってみせたり、「イーハー・アジェンダ」を熱烈に歓迎。そんな彼女の飾らないキャラクターがあったからこそ、この日も私たちに「南部の白人たちの音楽」「保守的」といったステレオタイプの向こう側にある、カントリー・ミュージックの喜びに溢れた「エンターテインメント性」を体験できるステージになったのだろう。
そして、アンコールで披露された『ゴールデン・アワー』随一のディスコ・ナンバー「ハイ・ホース」では、「フジロック」の時と同じく2人の舞妓さんが登場。ケイシーは扇子を仰ぎながら舞い踊っていたが、"テキサス・ミーツ・東京"とも言える日本公演ならではの演出で、リキッドルームをきらびやかなディスコ空間へと変えてみせた。

ケイシー・マスグレイヴスのTwitterより
この日のフロアには、まだ10代の少年少女や外国人のグループもいれば、テンガロンハットを被った生粋のカントリー・ラヴァーや、何度もハグし合う素敵なゲイ・カップルも多く見られた。それは、オーガニックなカントリーと幻想的なサイケデリア、そして都会のディスコが自然に溶け合うケイシーの音楽のように、一切の壁を感じさせない光景だ。
Kacey Musgraves oh, what a world: tour II
日程:2019年5月20日(月)
会場:東京 恵比寿LIQUIDROOM
=SET LIST=
1. スロウ・バーン
2. ワンダー・ウーマン
3. バタフライズ
4. ラヴリー・ウィークエンド
5. ハッピー&サッド
6. メリー
7. ウェスタン・ジャム~ハイ・タイム(メドレー)
8. ゴールデン・アワー
9. ダイ・ファン
10. マザー
11. オー、ホワット・ア・ワールド
12. ファミリー
13. ラヴ・イズ・ア・ワイルド・シング
14. ヴェルヴェット・エルヴィス
15. 恋のサバイバル(カバー)
16. スペース・カウボーイ
17. アロウ
18. レインボー
19. ハイ・ホース