「私、普段は女子といることが多いんですよ。男嫌いなので(笑)」

そう言って物憂げに微笑みながら、ゆっくりとタバコに火をつけた。
鈴木涼美。彼女ほど特異な経歴を持つ人物も、そうそういないだろう。高校時代は「ブルセラ」で下着を売って小遣いを稼ぎ、慶応大学時代と東京大学大学院時代にはAVに出演。その後、5年間は日本経済新聞社に勤務し、政治局として霞が関に通っていた。現在はフリーランスの作家として、男性週刊誌をはじめ様々な媒体に寄稿しながら、『身体を売ったらサヨウナラ』『愛と子宮に花束を』などの著書を出版。女性の生きづらさや孤独に焦点を当てつつ、男性の弱さや身勝手さに鋭く切り込むその語り口は、男女年齢問わず多くの読者を魅了してきた。中でも2017年に出版した『オンナの値段』は、彼女がこれまで出会ってきたキャバ嬢やソープ嬢、AV女優ら「オンナ」を売る女性たちの懐事情について、徹底的にリサーチ。その知られざる世界を圧倒的な筆致で紹介し、一大センセーションを巻き起こした。が、何より衝撃だったのは、「夜」という非日常を生きる彼女たちの抱える葛藤や不安が、「令和」という先の見えない時代に突入した今、身につまされるほどリアルに響いたということだ。

「夜系のものをこのところずっと書いていたのですけど、それは自分の人生の中で、一番輝いていた時代というか。思い出には明るいものも暗いものもあるじゃないですか。その中で、一番異様な光を放っていたのは夜系の業界にいた時なんですよね。
ただ、それが何故かと言われると、自分でもよく分からない。横浜のキャバクラで働いて、そのあと毎晩飲みに行き、朝方帰ってきて倒れるように寝るっていう日々はすごく楽しかったし(笑)、魅力的だと今でも思えるけど、でも私はすごくお酒が好きなわけでもなければ、強いわけでもない。クラブが大好きかというとそうでもないし、ホストクラブも言うほど好きじゃない。接客業なんてどちらかといえば嫌いだったのに、なぜあの時期が楽しかったのか……まだ解明されてない魅力があるんですよ。私はいっとき新聞記者をしていて、あの世界から完全に離れていたのですけど、そうするとかなり恋しくなってる(笑)。実際、風俗やキャバクラで働いていた子たちは、辞めてもまたすぐ戻ってくる子が多いんです。それってお金だけの問題じゃないと思うのですよね。そんな、ちょっと危険なあの場所の『正体』を突き止めることは、私にとってライフワークなのかもしれない」

「男性は変化に弱くて、手に入れたものを無くした時のダメージがとにかく大きい」

仕事柄、家にこもって原稿を書くことが多いという彼女。以前はずっと、紙巻きのタバコをくわえながらパソコンの前に座っていたのだが、最近は加熱式タバコを愛用するようになった。

「最近、タバコを吸う若い女子が増えてますけど、でもやっぱり妊娠していたり、子供連れだったりすることも多いので、彼女たちを家に招くのにタバコ臭いのはイヤじゃないですか。だから、家の中では半分くらいを加熱式タバコにしてますね。これだとタバコが苦手な人とも一緒にいられる」

そんな彼女の新刊『女がそんなことで喜ぶと思うなよ』は、恋愛や結婚、不倫、ハラスメント、フェミニズムなど、男女を取り巻く「あれこれ」について、30代に突入した鈴木が舌鋒鋭く切り込んだコラム集。
タイトルは、「30代の女ならチョロイでしょ、というスタンスで口説いてくるおじさんに遭遇して、ポロッとどこかに書いた一言」(あとがきより)だという。

「『男がムカつく』という話を書きました(笑)。おじさんだけじゃなくて、若い男もそう。自分にしか興味がなくて、女を抱くフリしてみんな自分を抱いているでしょう? しかも褒めてあげないとヘコむし、『ハッキリ言っていいよ?』って言われたからハッキリ言えば落ち込むし、メンドくせえなって(笑)。変化に弱くて、手に入れたものを無くした時のダメージがとにかく大きい。『いつまで引きずっているんだろう、この人』って思うんですよね。お金にしろ女にしろ、もうなくなっちゃったものはしょうがないじゃん。なのに、そういうのを受け入れられない人が多いと思いませんか?」

確かに。男の方が女性よりも「こうあるべき」が強く、そこから外れた生き方を「負け組」などと切り捨てる価値観にとらわれ、そこで苦しんでいる人が多い気がする。中年男性の自殺率がぐっと増えるのも、そうした傾向と無関係ではないはずだ。

「女の人って割と相手にちゃんと興味を持つと思うんですけど、男の人って『自分が何者なのか知りたい』という感じがすごく滲んでいますよね。ついつい『自分が思っているほど大した男じゃないよ?』って言いたくなっちゃう。
だから私、男に嫌われるし私も嫌い(笑)。そういう男たちと私で、女友達を取り合っているんです」

そう言って笑う。ただ、本当に心がすり減るくらい好きになるのは、やはり男性だという。いつも原稿で、清々しいくらい男をコテンパンにのしている彼女が、珍しく自身の恋愛観についても語ってくれた。

「恋愛感情って破壊力がすごいじゃないですか。女の人に対してはそんな気持ちにならないから、一緒にいてラクなのかも。私はそこそこ恋愛体質なので、なんか、自分が好きっていう一線を超えてしまうと、私は盲目になっちゃう。半年くらいは何も見えないメガネをかけている感じです。その間の私の、すごく客観性のない彼への分析や、合理性を欠いた行動には目をつぶっていただきたいですね(笑)。ただし半年くらい経つと、いきなり全てが見えるようになっちゃうんです。そうすると『あ、逃げなきゃ』って(笑)。だから男の人、続かないんですよね。
半年間は死ぬほど愛してあげてるので、30年かけてちょっとずつ愛してあげる女の子の愛と、同じくらいはあげている気はしますけど。そんなだから、男の人にすごく恨まれますよ。元カレで連絡取れるくらいの関係の人、道で偶然会っても殴りかかってこないくらいの関係の人は、1人か2人くらい(笑)。あとは全員が私を『出来れば殺したいリスト』に載せていると思う。男の人の魅力って、野菜と同じくらい賞味期限が短いんですよね……」

鈴木涼美が感じる、男と女をめぐる違和感の正体

Photo by Shuya Nakano

「私の戦い方がもしあるとしたら、彼らの滑稽さを私の作品として昇華したい」

プライベートはともかく、夜の仕事では「男のダメな部分」を散々見てきた彼女。『女がそんなことで喜ぶと思うなよ』の中でも触れていたが、昨今はフェミニズム、MeToo運動について違和感を覚えることが多いという。

「私は男性をいろいろ見てきたけど、今のフェミニズムやMeTooやKuToo運動が前提としている『強くて怖くて、世の中の旨みを吸っていて、女を搾取し潰す』みたいな力、本当に男が持っているのかなって。例えばAV業界にいる男は、秘書が巨乳を押し付けてきたり、ナースが下の口にお注射とか言ってきたりするようなことを、本気で妄想している馬鹿な人たちなんですよ(笑)。その人たちと、そんな本気でファイティングポーズを取る必要、本当にあるのか疑問に感じてしまう。きっと、男性に対して怒っているフェミニストよりも、全く男性に期待していない私の方が冷たいのかもしれない。彼女たちが想定されている男像と、私の知っている情けない男たちの実像がかけ離れすぎてて、ちょっと滑稽なんですよね。コンデンスミルクと卵の白身を使って、いかに精子っぽく見えるかどうか試行錯誤をしている男たちが、女性にとって脅威とはどうしても思えない。
もちろん、どの社会でも同じように悪い奴は一部いるんですけど、それを仮想敵にしちゃうと、その人たちは倒せても、もっと大きな力や社会のシステムみたいなところが見落とされがちじゃないかなって。私の戦い方がもしあるとしたら、彼らの滑稽さを私の作品として昇華したいんですよね」

そんな彼女が今、テーマに据えているのはズバリ女性だという。

「今、女の子を否定するのが難しくなっているじゃないですか。男性が『こういう女は嫌いだ』みたいなことを口にしたら、政治家なら一発退場ですよね。なので、何を言ってもあまり炎上しない私が代わりに言ってあげようと思って(笑)。じゃないと私の中でバランスが取れないというか、フェアじゃないなって感じがしてきたんです。去年はいろんな男が吊るし上げられ、退場させられたじゃないですか。でも、クソ女もたくさんいるので、それをちゃんと吊るし上げないとなって。自分で自分の首を絞めるような作業ですが、粛々とやっているところです(笑)」

鈴木涼美が感じる、男と女をめぐる違和感の正体

鈴木涼美
1983年東京都生まれ。作家、社会学者。慶應義塾大学環境情報学部を卒業後、東京大学大学院学際情報学府の修士課程修了。大学在学中からキャバクラ嬢として働きだし、20歳でAVデビュー、出演作は80本以上に及ぶ。
2009年から日本経済新聞社に勤め、記者となるが、2014年に自主退職。女性、恋愛、セックスに関するエッセイやコラムを多数執筆。最新刊は『女がそんなことで喜ぶと思うなよ ~ 愚男愚女愛憎世間今昔絵巻』(集英社)。
https://twitter.com/Suzumixxx

鈴木涼美が感じる、男と女をめぐる違和感の正体

『女がそんなことで喜ぶと思うなよ ~ 愚男愚女愛憎世間今昔絵巻』
鈴木涼美
集英社 発売中
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