ジェンの娘は9歳。茶色い髪を肩まで伸ばし、怯えたようにキョロキョロ辺りを見回している。
心配性で引っ込み思案だからか、母親曰く、一緒に遊ぼうと誘われることもめったにない。知らない人と話すときは、まるで動物園に展示されているタランチュラを見て、撫でていいものかどうか迷うかのように十分に距離を置く。

すると、ジェンの娘は「鹿のEmily」に変身する。白いファーのたてがみと大きな漆黒の角が特徴的な、ゼブラ柄のピンク色の頭を装着すると、引っ込み思案な少女はたちまち陽気で社交的になる。「被り物をすると、外で他の子どもたちと一緒に遊ぶんですよ」と語るジェンの視線の先には、その他いろいろな森の生き物たちと楽しそうにおしゃべりする娘の姿があった。
Emilyとジェンは、主にティーンの間で大人気の口パク動画アプリTikTokで活動している、ファーリーのインフルエンサーたちとの交流会に参加したばかりだ。2人はシカゴ郊外の自宅から車で1時間、ファーリー・コミュニティに携る人々が集う年に1度のコンベンション、Midwest FurFestに行ってきた。ファーリーとは、擬人化した動物にアイデンティティを感じる人々のサブカルチャー。世間ではかなり誤解や偏見を受けていて、一般的には性的嗜好のひとつだと見られているが、一口にファーリーと言っても人によって様々だ。キャラクターの絵を描くのが好き、というファーリーもいれば、全身着ぐるみのファースーツに身を包むのを好んだり、オリジナルの動物キャラ「ファーソナ」を作るファーリーもいる。

ファーリーを取り巻く誤解や偏見にも関わらず、コミュニティに加わるZ世代の子供たちが増えている。EmilyもそんなZ世代ファーリーの1人だ(プライバシー上の理由から、本記事ではほぼ全員のファーリーをファーソナで呼ぶことにする)。
コンベンションに来場する未成年者の数も「着実に増えています」と言うのは、ピッツバーグ近辺で行われている同様のイベント、Anthroconで広報を担当するKPことジョン・コール氏だ。ローリングストーン誌が入手したデータによると、2019年のAnthrocon来場者の約16%は19歳未満だった。「見た目に魅かれる子たちもいますし、架空のキャラクターを創造するのが好きな子や、別の自分になれるのがいい、という子もいます」とコール氏。

たいていの流行りものと同じように、ファーリー人気の理由は主にデジタル文化にある。いわゆるオタク文化がメインストリーム化したことも、要因のひとつかもしれない。例えばアニメ愛好家とファーリー・コミュニティは一部かぶっていて、アニメのファンアートを探している時に偶然ファーリーを知った、というケースが多い。「この世にキャラクターがある限り、必ずファーリー・バージョンが存在します。仮に『ハリー・ポッター』のハーマイオニー・グレンジャーのファンアートを探していたとするでしょう。すると、『ハーマイオニーが変な動物になってる。もっと探してみよう』となるんです」と、交流会に参加していたキツネと猫のハイブリッドのPyxeは言う。

子供たちがTikTokでファーリーにハマる理由

ファーリーはTikTokでも大ブレイクしている。Pyxeや(フォロワー数19万5000人)Halfy(同11万9000人)、Barry Angel Dragon(同9万8000人)といったファーリーはカラフルな愛くるしいファーソナで、比較的短期間で大量のファンを獲得した。
「ファーリー対ゲーマー戦争」が再燃した舞台もやはりTikTokだった。2019年に入ってから登場したミームは、基本的にTikTokのデュエット機能を使って両サイドがしのぎを削るというものだ(ただPyxeが言うには、実際には両派は重複している。ファーリー兼ゲーマーもいれば、少しばかりファーリーに共感を覚えるゲーマーもいる)。

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テキサス州ヒューストン出身の23歳Pyxe曰く、彼のフォロワーは73%が13~18歳で、ファーリーのファン層全体は男性の方が多い中、彼のファンは大半が女の子だという。(男性が「飲み会ノリのアダルト系」寄りなのとは対照的に、ティーンの女の子たちは「カワイイ系」に魅かれる傾向にある)。

Z世代が動物の着ぐるみにハマるのは「自分らしくなれるから」

Pyxeの着ぐるみ装着時(左)と脱いだところ(右)(Photos courtesy @robbing_u)

「子供たちはみんなTikTokをやってます。若い(年齢層の)子たち向けだし、コンテンツも短い。子供の集中力はすごく短いですしね」と彼は言う。「多くの場合、子供たちはファーリーを見て、もっと知りたくなって、そうやって仲間に加わるんです」(まさしく9歳の鹿のEmilyも8歳の時にTikTokでファーリーを知った。我々が取材したときも、彼女は17万8000人のフォロワーを誇るイギリス出身のジャーマンシェパード、Tequila Shepherdを待っているところだった)。

多くの点で、ファーリーのTikTok動画は他のTikTokとさほど変わらない。様々な人気曲に合わせて踊ったり、面白動画を作成するだけだ。
だが時間の制約と特化型アルゴリズムのおかげで、例えばYouTubeほど自己アピール色は強くない。それがまたファーリーの間でTikTokが人気の理由だ。YouTubeだと、自分の素性がバレるのではと恐れているのだ。「子供はソーとかアイアンマンとかマーベルとか、そういうのが好きですよね。でも、演じている俳優が誰かは知りたがらない。キャラクターにしか興味がないんです」と言うのは21歳のTikTokファーリー、Doppio。「みんな自分の好きなものがよくわかっています」

TikTokのファーリー・コンテンツのクリエイターたちはみな、ファーリーの性的側面に懸念を抱く親もいるため、警戒される要素がないように配慮もしている。「TikTokが広まる以前は、親たちは子供をファーリーのコンベンションに連れて行くのに及び腰でした」と言うのは、黒と黄色のドラゴンをファーソナに持つ25歳の元アメリカ空軍現場技師、Barry。「今は親がTikTokを見て、『悪くないね』と言って他の親に教えるんですよ」

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子供たちやティーンのファーリー・コミュニティ参入は驚きに値する。従来ファーリー・コミュニティは年齢層がもう少し上だったということに加え(コール氏によれば、Antroconの来場者はほとんどが25~29歳)、『アントラージュ★オレたちのハリウッド』や『CSI:科学捜査班』といった番組で植え付けられた既成概念のせいで、ファーリーは性的なものだという偏見があるからだ。実際、ファーリーに足を踏み入れた子供の親はみな、我が子の興味の対象を知るやいなや、こうした偏見と葛藤しなくてはならなかった。「交流会に呼ばれると、『CSIで見たことあるわ、うちの子供がこんなのにはまったら大変』とか『ディーラーの巣穴(註:Midwest FurFestの物販エリア)に行ったら、あの手のいかがわしいものばかり売ってました』と言う親御さんが必ず1人はいます」とPyxeも言う。


成人のファーリーが未成年を標的にするケースも

実際に、性的理由でファーリー文化にのめりこむ人も確かにいるし、わずかながらも、成人のファーリーが未成年を標的にするケースもある。最も有名なのが、2017年、ペンシルベニア州バックス郡で摘発された小児性愛者グループだ。だが大多数のファーリーも言うように、擬人化した動物を性的対象とする人々はごくわずかで、ファーリー・コミュニティは非常に多様で、そうした一部のサブグループで一括りにすることはできない。「ファーリーについては前よりいろんなことが知られるようになりました。単に性的妄想だけじゃないことが知られつつあります」と、猫がファーソナの16歳、Crowflightも言う。「アーティストやダンサー、映画監督の中にも、様々な理由でファーリーに関心を持つ人がいますよ」(ちなみにコンベンションに限って言えば、未成年者向けプログラムと成人向けプログラムは厳格に分けられている。Midwest FurFestの広報担当主任マット・バーガー氏も言うように、通常コンベンションでは安全プレイ講座といった18禁プログラムは夜の時間帯に設定されているし、『会場でのラバースーツは暗くなるまで禁止』というルールを厳守させている)。

ファーリーに自分らしさを求める子供やティーンは(そして一般的なファーリーの多くも)社会全体から疎外されている。圧倒的に多くのファーリーが自分はLGBTQだと自覚しているという調査結果もある。Pyxeの話によると、子供たちはファーリーとしてのカミングアウトや、幸せそうな先輩LGBTQファーリーとの交流を、LGBTQだとカミングアウトする第一歩と考えているようだ。「ファーリー・コミュニティは非常にオープンなので、伝統的な家庭の中で暮らしているよりもずっと安心して自分探しができるんです」

中には障害を持つファーリーや、精神疾患に悩まされているファーリーもいる。例えばジェンの娘Emilyは不安障害の診断を受けている。
コンベンションの来場者の1人で、TikTokでプチブレイク中のオーストラリアン・キャトル・ドッグの17歳、Wyattもそうだ。「イベント中ずっと、みんなが自分に気づいてくれて、ハグさせてって言ってくれた。それがすごく嬉しかった。みんなが気にかけてくれるんだって感じがしたし、いちいち自分の行動を気にしなくていいって思えるから。単なる犬だからね」とWyatt。

Z世代が動物の着ぐるみにハマるのは「自分らしくなれるから」

Wyattと着ぐるみ(Photo courtesy @_foxchow)

親たちも、たとえ理解はできなくとも、直感的にその良さを認めている。Wyattの母親アンもこう言う。「娘には何度も言っているんです。さすがに私の歳ではこういうのは好きになれないけど、あなたのことは大好きよって」

もちろん、サブカルチャーが注目を集めているからというだけでメインストリームになるわけでは断じてない。いじめ対策や様々なアイデンティティが認められてきてはいるものの、Z世代の子供が中学や高校に堂々と犬や馬の格好をして行くことはまだ社会的に認められていない。

「メッセージの80%は『学校でいじめられてる、どうすればいい?』」とPyxeは言う。これに対する彼の答えは現実的だ。
「周りから変だと思われがちなファンダムの一員だと思うなら、誹謗中傷を一切気にしないと断言できない限り、秘密にした方がいいといつも教えています」

とは言え、Pyxeのようなクリエイターがさらに人気を集め、オタクな文化が全体的にさらにメインストリームになりつつあるのを見ると、ファーリーもかつて偏見の多かった他のサブカルチャーと同様に、永遠に影に隠れ続けなくてもよくなるかもしれない。例えば、ASMRというYouTubeで人気の謎の「囁き」動画も長らく性的嗜好として見られていたが、2018年2月にゾーイ・クラヴィッツが出演するミケロブ・ライトのCMがスーパーボウルで流れ、リトマス紙のようにメインストリームでの許容を測った。

ファーリーが同じような道を辿ることが全く想像できないわけではないが、たとえそうならなくても、ファーリーを愛好する子供たちの親は気にしていない。「学校で他の子たちがファーリーであることをバカにしたり、つらい思いをさせたりするけど、着ぐるみを着れば殻を破ることができるんです」とジェンは言い、TikTokで人気の犬や猫、狼、熊と兎のハイブリッドたちでいっぱいの部屋を歩き回るEmilyに視線を向ける。

声が喉につかえながら彼女は言った。「これのおかげであの子は本来の自分になれたんです」
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