3月16日、ローラ・リッチーさんはその日最後のInstacartの注文を届け、帰路についた――喉がいがらっぽい感じがしたが、数日安静にしていれば治る、フルタイムで働いている人と同じだけ稼ぐために掛け持ちしている単発の仕事に復帰できる、そう思っていた。だが5日後、目が覚めると呼吸が苦しく、すぐに助けが必要だった。
「地元のホットラインに電話しました。『すみません、どうすればいいでしょう、主治医はいません、職業柄、健康保険に入れていません、医師の診察が必要です』」とリッチーさん。小一時間ほど電話でやりとりをしてやっと、すぐに地元の救急処置室に向かって新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の検査を受けるよう指示されたそうだ。
「その日病院を出るとき、検査結果が出るまで『2~5日かかる』と言われました」とリッチーさんは続けた。「それですぐ、仕事していたアプリ全てに『検査してきました。隔離されています。これが病院の診断書です。退院証明書です。入院時のブレスレットの画像も送ります』と連絡しました」。
「Instacartからは、提出書類が不十分だと言われました。PDFで書類を送るので、それに記入してもらう必要がある、と」とリッチーさん。「でも私は自主隔離中で、外に出られないんです。今頃送られて来た用紙を持って、病院に戻って誰かのサインをもらって、メールで送り返せなんて、できるわけありません」
ここ数日、同社は得意げに、従業員に衛生用品を支給し、店内ショッパー――特定の店舗で働くパートタイムの従業員――には傷病手当の適用範囲を拡大し、ボーナスも出している、と自分たちのコロナウイルス対策をひけらかしている。だがリッチーさんのようなフルサービス・ショッパー、つまり複数の店舗を回るだけでなく、顧客の自宅へ宅配までする契約スタッフの場合、感染していると正式に診断されたか、政府または公衆衛生当局から隔離ないし検疫を命じられた場合のみ、2週間分の賃金が支給される。
リッチーさんの事例は、コロナウイルス・パンデミックによるInstacartのスタッフや、何千万人もの日雇い労働者の窮状を浮き彫りにしている。顧客からも会社からもかつてないほど必要とされ、国民の大半が感染予防のため自主隔離までしなくてはならないようなウイルスの脅威に常にさらされているのに、企業は彼らに、他の従業員には与えられている保護を未だ提供していない。
割りに合わない状況
パートタイムの従業員で、そのうち一部は今年2月、Instacartでは初めて労働組合に加盟した同社の店内ショッパーには傷病手当とCOVID-19ボーナスが支給される一方、フルサービス・ショッパーはInstacartのアルゴリズムの指示に従って、ごった返す食料品店からユーザーの家へ向かい、最低限の保障もないまま働いている。ウイルスにさらされ、周りにまき散らす可能性も大いに高く危険が多いが、見返りは少ないままだ。
フルサービス・ショッパーのマシュー・テレスさんは、アルゴリズムのせいでここ最近依頼が減っていると言う。
シカゴ郊外で働いているテレスさんは、最近では週70時間まで働くことにしているが、今はせいぜい270ドル程度しか稼げない――受けた注文の総額のうち数パーセントと、チップを加えた額が彼の取り分だ。
「これじゃ食料も買えません」と彼は嘆いた。
避けることのできない矛盾が起きている。InstacartのCEO兼創設者、アプールヴァ・メタ氏が最近Mediumの投稿で、引く手数多の自社のギグワーカーを「家庭のヒーロー軍団」と呼んだように、同社のような企業がスタッフを祭り上げれば上げるほど、当のスタッフ本人たちは、この悲惨な状況下で自分たちの待遇がどれほどひどいものか、ますます声を上げるようになっている。Instacartの一部のショッパー――実際に食料品を買い出し、玄関先まで届けてくれる人々――には、そうした誤魔化しは通用しない。先日彼らは会社に抗議するべく、仕事を放棄し集団ストライキを敢行した。「会社は文字通り、我々の命を犠牲にして膨大な利益を上げている。なのに、我々には効果的な保護、十分な給料、十分な保障を与えるのを拒んでいる」 とストライキを主催したGig Workers Collectiveが参加を呼びかけた。
「他のショッパーやお客様、気にかけてくれる人々や団体に大変支持していただいています」と言うのは、Give Workers Collectiveの主催者ロビン・ペイプ氏だ。
従業員たちの要求
彼らの要求は比較的シンプルだ。Instacartは基本的な安全予防対策の費用を負担すること。ショッパーに危険手当を支給すること。アプリのチップ率のデフォルトを10%以上とすること。持病を抱えているためCOVID-19感染の危険が高いことを証明できるショッパー、もしくは自主隔離が必要なショッパーに特別給与を適用すること。これら手当の受給申請の期日を、現在の4月8日から延長すること。
「Instacartはこの4週間、COVID-19の打撃を受けた従業員への特別手当をはじめ、15以上もの新機能、健康に関するガイドライン、ショッパーへのボーナス支給、傷病手当制度、衛生用品の支給を導入して来ました」と、同社は声明の中で述べている。「COVID-19を受け、我々のチームは揺るぎない決意の下従業員の安全確保に努めて参ります。また今後数週間、数カ月かけて、さらなる改正を行いつつ、大切なコミュニティーをさらに支援して行く所存です」
ペイプ氏に言わせれば、「遅すぎるし、不十分です」
「実際、彼らは何もしてくれてなんかいません」。 彼女によれば、ショッパーが散々要求してようやく会社側が支給を約束したアルコール消毒液も、発送は4月中旬以降――――コロナウイルスの感染ピーク予想時期以降になるそうだ。
「アルコール消毒液を約束しただけでは、実際にお客様に配達するときにアルコール消毒液を使えるようにはなりません」と、ペイプ氏は苦々しく指摘した。
「私は正式には感染していないと診断されたわけではありませんが、今日にでも買い出しに行って、配達できることになっています」とリッチーさん――未だCOVID-19の検査結果は出ていない。「私はそんなことする人間じゃない。絶対にするもんですか」
Instacart曰く、COVID-19の感染が確認されたショッパーは、完治したと証明できるまで一時的にアプリからブロックされるという。14日間分のCOVID-19特別手当が支給されるのも、公的診断書があるショッパーか、自治体や州や公衆衛生当局から隔離を命じられたショッパーに限られる。検査結果待ちのショッパーや、隔離が公式の命令によるものではないショッパーは、基本的に働ける状態だと見なされ、補償金を受け取れる可能性は絶望的だ。
「働かなくてはならないので、周りを感染させるしか他に選択肢がない。そういう状況に追い込まれている人が大勢います」とリッチーさんも言う。
経営者と現場との間のプロ意識の差
「僕は配達用に大きなワゴン車を運転していますが、仕事というのはプロとして、お客様の衛生や安全を配慮しなければいけません」と言うテレスさんも、Gig Workers Collectiveに参加している。「残念ながら、Instacartのビジネスモデルはそこまでのレベルのサービスを提供できるようにはできていません。今のような状況でこそ、そうあるべきなのに。でないと、多くの人々や家族を文字通り殺してしまいかねません」
一方Instacartはパンデミックを業績拡大のチャンスと捉え、高まる需要に対応するべく、さらに30万人の「フルサービス・ショッパー」を新規雇用すると公言した――こうした会社側の行動を「無謀だ」とテレスさんは言う。
「研修も受けず、身を守ることもできず、仕事に溢れて困っている30万人をショッパーとして投入するんですか? あまりに無謀です」と、テレスさんは語った。「しかも5万人をニューヨークへ、3万人をカリフォルニアへ派遣するですって? どちらもCOVID-19感染の中心地じゃないですか。僕も含め、我々1人1人がウイルスを媒介するかもしれない。無症状(感染者)かもしれないんです。可能性はあります。そんなことは許されません」
事実、そうした可能性が現実に一歩近づいた。ボストン郊外で働く1人のInstacartの従業員がシェアした会社からのメールには、地元の店舗でCOVID-19の感染者が出た、と書かれていた。これぞまさに、ギグエコノミーに身を投じた人々の多くが直面している極限状態だ。増大する需要に対応するべく働けば働くほど、結果として自分たちの健康や生活が危険にさらされる。そしてInstacartのような企業の経営体制上、契約スタッフは重宝されながらも、十把一絡げの消耗品のような扱いをされている。
「Kroger社やGiant Food社や他の企業はInstacartの従業員と同じようなサービスを提供している上に、InstacartやAmazonがやりすぎだと言っている保障もしています」と、アメリカ労働総同盟・産業別労働組合会議(AFL-CIO)の書記兼会計、リズ・シュラー氏が電話取材に応えた。「同業社はみんなしています」
労働環境を見直すチャンス
こうした状況を踏まえるとストや、世界で最も裕福な男ジェフ・ベゾスの下で働く従業員たちが起こした2件のスト――1つはコロナウイルスの陽性反応が出たAmazonのニューヨークの発送倉庫で、もう1つは全国のWhole Foods従業員が起こした――をはじめとするその他の同様のストも、アメリカの近代労働運動の転換期を告げているようだ。
「この危機を受けて今誰もが関心を向けているように、国全体が労働者の安全性に取り組んだことは今までありませんでした」と言ってシュラー氏は、労働安全衛生局に感染症基準を設けるというオバマ政権時の計画を、トランプ大統領率いるホワイトハウスが事実上握りつぶした点を指摘した。
「今回の危機は人々を結束させ、共に声を上げ、共に訴えていく必要性を示したのではないでしょうか」とシュラー氏は続け、労働運動は組合員だけでなく、あらゆる労働者の味方であると強調した。「Instacartの従業員は、労働者が然るべき賃金を払われるべきだという事実を示した最新の例です。労働者は保護され、自分や家族のために確かな未来を保証されるべきです」
今回のパンデミックが全米で突然引き起こした混乱は食品業、運輸業、地方報道局の労働者――他にも数え上げればきりがない――の存在が我々のいとも脆い日常生活にどれほど重要か、過去数十年に例を見ないほど痛感させた。瞬く間に世紀の大事件となったこの危機を乗り越えるにはまだ時間がかかるだろうが、労働が人々の今の生活をどう豊かにできるかだけでなく、どうすればそれを明日、さらにその先も継続していけるかを考える絶好のチャンスだろう。
「私、定職を辞めたんです。『これが私のやりたかったことじゃない?』と思ったから」とリッチーさんは言った。「やりたいことは何かって? こういう企業のために働くことです。買い物に行けなくて困っている人の代わりに、買い出しに行くことです。自分の仕事に誇りを持っていたんです」
自主隔離の期間が終了する4月5日以降、どうするつもりかと尋ねた。
「わかりません」とリッチーさん。「全く見当もつかないわ」