─kimさんは、ご自宅では韓国語、外では日本語を使って生活をされてきたそうですが、どうしてそのような使い分けをされるようになったんでしょう。
一概には言えないんですけど、韓国の人は愛国心が強い人が多いんです。ぼくは4歳の頃、父の仕事の都合で日本に来たんですけど、「あなたは韓国人なんだから韓国語は喋れるようにしなさい」という教育のもと、家の中だけ韓国のような環境で過ごしてきました。
─一歩外に出たら日本語を使わなければいけない環境の中、自分のアイデンティティに悩んだりすることはなかったですか。
ぼくの場合、それがなかったんですよね。例えば、帰国子女の人って、アメリカに行ったら日本人扱いされるし、日本に帰ってきたら帰国子女を扱いされて、自分の帰る場所がどこか分からないという悩みが結構あるみたいなんです。ぼくは正直、国籍だったり自分の持っている異質性によって排除された経験があまりなくて。そこは順応してこれたんですよね。国籍は韓国なんですけど、バックグラウンドとしては20年以上いる日本の方が強い。日本語も流暢だし、そういう意味では日本人とも言える。
─ネット上だと、韓国の人に対する罵詈雑言が酷いことがあるじゃないですか。あれを観ていて気が滅入ってくるし、なんでそこまで言えるんだろうって。kimさん自身、差別的なことを体験された記憶はありますか。
ぼくの父は日本語が流暢なんですけど、バックグラウンドは韓国文化なので、会社で同じ成果を上げていても平等に評価されないとは感じていたようです。それもあって「あなたたちは外国人なんだから、日本に住むなら他より努力しなさい」ってよく言われていました。父の言っていることもよく分かるんですけど、社会に出たことのない自分は今のところそういう局面になったことがなくて。時代や考え方の違いなのかなとも思うんですけど、多様性を認めていくことがメインストリームに近づいていっている感覚はあるしポジティブには考えています。でも、難しいですよね。
―難しい?
堅い話になっちゃうんですけど、ぼくが浪人して現代史の勉強をしていた時、戦争がきっかけで国籍ができたということを学んで。要は、国としての団結力を強めるために「私たちはアメリカ人だ」「私たちは日本人だ」「戦うぞ」みたいな流れができたらしいんですよ。それって、すごくしょうもないなと思って。
─kimさんのそういう枠に囚われない考え方は、どこで培われたんでしょう。
大学2年生のとき、1ヶ月ぐらい1人でヨーロッパを周ったんですよ。そのとき死にかけたり、精神的にもやばい経験をしたり(笑)。世間で言われている美しいヨーロッパとは真逆の風景を見たりして。物事にはいろいろな側面があって、実際に体験してみないと分からないし、多角的に物事を見るという必要性を感じたんです。極端な話ですけど、イスラム国って多くの国から見たら悪ですけど、彼らから見たらそれが正義なわけじゃないですか。
─海外に行こうと思った理由、きっかけみたいなものは何だったんですか?
子どもの時、お年玉を親に全部没収されていて。あのお金はどこへ行ったんだって尋ねたら、ここに貯まっているよって見せてくれて。ぼくは国際連合/国際連盟のファンだったので、そのお金を使って旧本部のあるスイスを起点にフランス、イタリアと渡り歩いたんです。それがきっかけで、海外に行くことになって、あ、いいじゃんっていうふうに思ったんですね。あと、大学1年生の頃友達がいなくて、とりあえず勉強しかすることがなかったんです。凄まじく成績は良かったんですが、2年生に上がるとともに途端に勉強へのモチベーションが下がってしまって。
─きっかけはなんであれ、海外に行ったことによって、物事を多角的に見るところに結びついたのはいいことですね。
たしかに海外に行ったことによって自分も変わったと思うんですけど、海外に行って”世界が180度変わったわー”って人がすごく嫌いなんですよ(笑)。日本で20年間生活していた人が、1年間アメリカに行って世界が180度変わったとして、あなたが生きてきた20年間はその1年間に負けるものだったんだ? ってぼくは思っちゃう。もうちょっと自分の生きてきたバックグラウンドに自信を持ってほしいって思うんですよ。20年もいたらその生活には飽きるし、目新しいものを1年間目にしたら新鮮に感じる気持ちは分かるんですけど、結局あなたを構成しているものって日本での20年間だからって。だから自分にとって、イギリスに行って何も変わらなかったというのはいいことだったと思っています。環境が変わったとき、軸がどう残るのかという考え方をしないと、自分という軸がぐにゃんぐにゃんになっちゃう。あくびされがちな話なんですけどね、友だちに話すと(笑)。
─海外に行ったから何かが変わるわけではないということがわかった後、kimさんはどういう進路を選んだんでしょう。
海外から帰ってきたのが大学4年生の夏前で。
─プロフィールだと、音楽も2019年から開始って書いてなかったでしたっけ?
今のスタイル(ループマシンを用いたエレキギター弾き語り)でやり始めたのが2019年辺りで。その前はアコギ弾き語りスタイルでの活動をしていて。留学から帰ってきて、今のスタイルで本格的に始めたんです。
─大学院ではマーケティングを勉強しているんですよね。すごく単純化して言えば、クリエイティブとマーケティングって水と油のような気もして。だからこそ分業になっているところもあると思うんですけど、kimさんはそれを1人で両方やっているわけで。それには何か理由はあるんですか?
きっかけとしては単純にマーケティングしてくれる人がいなかったからってだけなんです(笑)。あとは自分がマーケティングに関心があったから。
─両方できて悪いことはないですもんね。ただ、学問として学ぶのと、実際にお客さんを増やしていくというのは別物かなとは思います。
全然違いますね、本当に。
─ミュージシャンの道を選んだ動機はどこにあるんでしょう。
好きなもので食っていくということが人生の上で1番素晴らしいことだと思っていて。正直、ぼくが優先させたいのは、自分の中のクリエイティブとしての音楽なんですよ。それが売れたら素晴らしいし、食っていけたら素晴らしい。そういうモチベーションはすごくある。でも、どっちかって言うと、クリエイティブなことをするってことに意味があると思っていて。売れるってことはあくまでもその結果だと思っていて。正直売れなかったり、別の仕事をしたとしても音楽は作り続けると思います、自分の中の欲求を満たすための行動だと思っているので。そういう意味で、単純に夢っちゃ夢ですよね、好きなもので食っていくというのは。それに対して全力でやっていくというマインドではいます。
─作詞作曲だけでなく、演奏とレコーディング、ミックスやマスタリングまでご自身でやられているんですか?
ミックス、マスタリングはエンジニアの友人にやってもらっています。なので、作詞作曲、演奏、レコーディングまでは自分でやってという感じですね。
─(目の前に置いてある)このPCで作っている?
DELLのPCなんですけど、使っているDAWはフリーのものです。音源などの素材だけはちゃんと買っているんですけど、ありもので作ることが多いです。。正直技術がある人が見たら、大したことはやっていないんですよね(笑)。ただ自分が気に入ったことをやっているってだけなんです。
─日々の鬱憤をクリエイティブに転換するタイプのアーティストもいると思います。kimさんの創作意欲の原点は何になるんでしょう。
ぼくの楽曲は、聴き馴染みという意味でメロディに自信を持っていて。ぱっと聴き、大したことを言っていないようなくだらない歌詞とかが多いんですけど、よくよく聴いたら社会風刺であったり、シニカルな内容で合ったり、自分の気に食わないことをマイルドにして歌詞に入れています。そう考えたら、ぼくも日々の鬱憤とかを歌詞にしているのかもしれないですね。例えば、”頭の中が空っぽな大学生がすごくキライ”っていうバッドな感情を歌詞にしたりもするので、自分が気づいてないだけで日々の生活の鬱憤であったり何かしらの感情がそのまま歌に紐付いているのかなって気もします。感覚としては、思いつきでこんな曲を書きたいなぁ、みたいな。その方が表現としては正しいのかもしれないですね。
─ちなみに配信シングルの『ASTRO BOY』の最初の歌詞は韓国語ですか?
はい、韓国語で歌っています。
─どういう意味のことを歌っているんですか?
ぼくたちの頭の中はぼくたちのことしかないし、君の頭の中は君のことしかないよねみたいなことを歌っていて。これも社会風刺というか、空っぽな頭のやつらに対して歌っている。サビはキャッチーだけど、Aメロが社会風刺とかのことが多いんです。自分勝手なものの考え方とか、自分本位な物の考え方、例えば、親が「これはあなたのため」と言って怒ってくれるのは、本当はぼくのためじゃなくて親のためだったりとか。そんなことを言ったって本当は自分のことしか考えてない、みたいなことから歌詞にしたと思います。
─それを韓国語で歌おうと思ったのはどうしてだったんですか?
2019年末ぐらいに作っていた曲なんですけど、ぼくは韓国出身だけど、日本のバックグラウンドもあるし、自分を出していく上でどっちも使えるなってことに気がついたんですよ。薄々は気がついていたんですけど、今年は5作連続リリースを控えているので、それを通してぼくの本質をみんなに知ってもらえたら、と考えました。自分を全部出すという意味で、自分は韓国語も扱えるから歌ってみようって。そしたらクールでいい感じになった。なんて歌っているか分からないって言う人もいると思うんですけど、それはメロの気持ちよさとか、そっちを聴いて欲しいですね。
─サウンドに関していうと、ネオソウルとかディスコ色を感じたり、シティ・ポップ的なものもあると思いました。ルーツはどこにあるんでしょう。
これは声を大にして言いたいんですけど、ぼくのルーツは”嵐”なんです。留学の話と同じなんですけど、日本に住んでいるぼく世代の音楽が好きな人って少なくとも高校生、中学生ぐらいまでORANGE RANGEとか、嵐とか、SMAPを聴いていて、そこから洋楽を掘って聴いたりしていくと思うんですよ。ぼくは幼少期に馴染んだものが自分を形成していると思っていて。みんなかっこつけて横文字のルーツを並べたがるけど、ぼくらの本質にあるものってJ-POPだと思うんですよね。もちろん大学とか高校の時から聴き始めた洋楽もルーツと呼べると思うんですけど、本当のルーツとして扱うのであれば混ぜた方が本質に近づくと思うんです。サウンドとしては確かにディスコとか、アシッドジャズとか、ネオソウルみたいな雰囲気はあるんですけど、やっぱりポップに昇華したい。という思いがあるので、ルーツとしては根本が”嵐”で上物に洋楽のルーツを混ぜているイメージなんですよね。今年はとりあえず5作出す予定なので、本当に無限大に組み合わせられると思っていて、そういう意味でぼくらしいポップさをいろいろな方法で表現できたらと思っています。
─話していて、頭脳は明晰でありつつ寛容性は大切にされているんだなという印象を受けます。あと、面と向かって話すとけっこうゆるいですよね(笑)。
ゆるさって自分を表現するすごくいい言葉だと思っていて。曖昧な逃げの言葉でもあるんですけど、正直ごっちゃになっていることによって何をやっているか分からないカオスな状態にもなっているなって。だけど、ぱっと聴いた時にゆるいなとか、kimっぽいなって思ってくれれば大正解だと思っていて。もちろん中身を掘った時に○○っぽいってなってくるのもすごくありがたいんですけど、もっとシンプルにkimっぽさに惹かれてほしいですね、ぼくが単純にこどもなので光るもの大好きだったり、恐竜好きだったりとか(笑)。
─以前、Twitterに載せていたこのコラージュの画像もかっこいいですよね。

これはフォトショ初心者のぼくが自分の好きなものを適当に組み合わせて作っただけなんです(笑)。ちょっと話がそれちゃうかもしれないんですけど、ぼくはこども心ってすごい大切だと思っていて。有名な例をあげると、ピカソとかバスキアとかの絵が評価される理由って単純に大人が描けないからだと思っていて(個人的な意見です)。大人になるにつれて、技術とか正解を身につけて染まっていってしまうからこどもが描いたような絵は描けなくなっちゃう。そう考えると、こどもが1番正しいのかもしれないって。国籍の話もそうなんですけど、小さい頃は国籍関係なく遊んでいても、大人になったら世の中の基準によって格付けが始まるわけじゃないですか。だからこそ、こどもが持っている無邪気さ、純粋さはこの世を生きる上でも多角的に物事を捉える上でも大事だと思っています。そういう意味で、自分のこどもっぽさっていうのも、すごくアピールしたくて。何回もガキっぽいって言われて、女の子にフラれたこととかもあります(笑)。もっとシンプルに、踊りたい時に踊って、歌いたい時も歌ってっていうこどもっぽさも裏テーマまではいかないですけど、ゆるさとして表現できたらなと思っています。
―4月リリースの「DALILLA」はどんな楽曲なんでしょう?
まさに、kim taehoonっぽいゆるさが全面に出ている楽曲です。どっぷり影響を受けたファンク・ディスコの要素をふんだんに散りばめながらも結局ポップに昇華しています。浮遊感漂う韓国語のメロディと力強いスキャットのギャップや、日本語と韓国語パートの混在は一見ゴチャゴチャに見えるんですが、3ヶ国語を扱える身として「言語」に対しての一貫したメッセージを込めています。へんてこな歌詞や一つ一つのサウンドにもしっかり意味があり、それらが複合的に合わさっているので、紐解いていってほしいです。正直、楽しさを最優先で作ったのでおふざけ要素がかなり前に出ているとは思うんですが、そんなこと抜きにしてもめちゃめちゃファンキーで踊り疲れてしまわないか心配なほどのノリノリチューンです。このインタビューを改めて見返して思ったんですけど、こんな赤裸々にバックグラウンド語ったら簡単に紐解かれちゃいそうですね(笑)。そういう答え合わせするものすごく楽しそう。ぼくはバレないように試行錯誤するし、これを読んでるみんなは是非ぼくの鼻を明かしてください!
<リリース情報>
kim taehoon
配信シングル「DALILLA」
2020年4月24日リリース
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