マイノリティとして生き抜いてきたリナは、社会をよりよい方向へ導くポップスターとして、個人の人格とは関係のない部分で人が人を判断する行為を、この世から一切取っ払おうとしてくれている。国籍、性別、性的指向、年齢、肩書きなど、個人をなにかのアイデンティティに押し込んで話すことを、彼女はよしとしない。そんなリナ・サワヤマが音楽を通して体現する、社会の歪んだ通例を切り崩すメッセージが今、世界中のマイノリティたちを肯定し、なおかつマジョリティたちの目を覚まさせているのだ。
ロンドンはすでに都市封鎖され、日本ではまだ少し呑気な空気が残っていた3月下旬、リナは電話での英語インタビューに応じてくれた。
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日本国内に向けたイントロダクション動画「Who is RINA?」
「え、英語で歌ってるんだ?(その見た目なのに)」「日本人って目が細いよね(目を引っ張る動作付きで)」「あなたを見ると映画『キル・ビル』のルーシー・リューを思い出すわ(ルーシー・リューのバックグラウンドは中国です)」――こういったヘンテコで理不尽な言葉が、白人男性から、悪意なく向けれられる。そんな100秒の映像からスタートするのが、リナ・サワヤマが5カ月ほど前に発表した「STFU!」のミュージックビデオである。レーベルメイトとなったThe 1975のマシュー・ヒーリーは、このMVが公開される数週間前に曲を絶賛するコメントをリナに送ったという。「STFU!」とは「Shut The Fuck Up!」(=黙れクソ野郎!)の頭文字であり、ここでリナは、これまでの人生で受けてきたマイクロアグレッションへの怒りを露わにしている。
「マイクロアグレッション」という言葉は、まだ日本で浸透しきっていないかもしれない。これは、悪意のない無意識的な差別発言や行動を指す。言った本人には「差別してる」という意識がなくとも、無自覚的にその発言の中には差別や偏見が含まれていて、言われた側は傷ついてしまう類のもの。
私がリナの音楽やメッセージに感動とエネルギーをもらう理由のひとつは、私自身も小学~中学時代にアメリカに住んでいた経験があり、当時数々のマイクロアグレッションに心をチクリチクリと刺されてきたからだ。そして日本に帰国してからも、「お箸は使えるの?」「帰国子女は個性的で気が強いよね」といった、愚かな言葉たちをぶつけられてはため息とともに聞き流してきた。まさに、この映像の冒頭のリナのように。
―まず、「STFU!」を書いた動機を聞かせてください。
リナ:「怒る」っていうのは大事なことだと思うんですよね。なので、怒りを曲で表現しようと思いました。サビではハッピーで優しい感じを醸し出しながらも、「Shut the fuck up!」と言っていて。そうやって、怒りながらも少しファニーにするのが、私にとって大事なことでもありました。
―リナは4歳半のときに日本からイギリスへ引っ越して、最初は日本人学校に通っていたものの、小学校の途中で現地校へ転校したそうですね。急に違う文化の学校に入って、戸惑いもあっただろうし、当時からマイクロアグレッションを受けていたのではないかと想像するのですが、いかがですか。
リナ:そう。最初は5年くらいで日本に戻る予定だったから、帰国したときに学校の授業についていけるよう日本人学校に通ってたんですけど、母が私とイギリスで生きていくことを決めて、ビザも取得できたときに現地校へ転校したんです。
―ケンブリッジ大学では苦労もあったと、他のインタビュー記事でも拝見しました。ロンドンのエリートや上層階級の生徒たちが多く、人のことを見下したり、マイノリティに対して差別的な行為をする人も、少なくなかったんだとか。
リナ:そうですね。きっと世界中のどこでも、エリート主義の教育現場ではそういうことがあると思うんですけど、当時はフラストレーションが溜まってました。今となれば「面白かったな」と思えるんですけどね。いろんなことに気づかせてくれたし、今の私の価値観はそこで形成されたと思うから。
差別に立ち向かう姿勢「ヘイトは建設的ではない」
―ロンドンに20年以上住んでいる中で、日本人・アジア人に対する偏見や差別は多少マシになったと感じますか? それともずっと変わらない?
リナ:確実によくはなってます。
―まさに、「intergenerational pain」=何世代も続いている痛み、というのはリナが今回のアルバムで取り上げているテーマのひとつですよね。壮大に始まる1曲目「Dynasty」では、何世代も続く痛みをここで一緒に止めない? と呼びかけていて、リナが新しい時代を牽引するアーティストであることを強く感じました。
リナ:ありがとう。ただ最近は本当にShitだよ、コロナの影響でね。アジア人に対する差別が後戻りしてしまったようにも感じます。
―「STFU!」を聴いたアジア人以外からは、どういったリアクションがありました?
リナ:「Oh my god、私もMVに出てくるあの白人男性みたいな振舞いをしてた」というコメントももらって、そう気づいてもらえたのはよかったなと思いました。それに、たとえば「非白人の国で、自分ひとりだけが白人だと、こういうふうに感じることがある」といったコメントももらって、いろんな種類のマイクロアグレッションが浮き彫りになりましたね。それもよかったことだと思います。
―人種や階級などが違う人同士のコミュニケーションにおいて、リナが大事だと思っていることはなんですか?
リナ:まず言えるのは、ヘイトは建設的ではない。もし相手があなたのことを受け入れなかったとしても、自分から心を開いてコミュニケーションをスタートすることが、なにより大事だと思っています。私はいつも、自分と他者の共通性を見つけるようにしているし、もし誰かが嫌なことをしてきても、その喧嘩を買うんじゃなくて、「きっとあの人にはなにか嫌なことがあったんだな。そういう態度を取らなきゃいけない感情になってるのは可哀想だな」って、その行動の背景を想像することから始めていますね。
「日本に対するステレオタイプ」から解放されるために
―リナから見た日本についても聞かせてください。アルバムに収録された「Tokyo Love Hotel」では、東京を訪れる観光客について書いていますよね。歌はリナのルーツにあるブリトニー・スピアーズや宇多田ヒカルを彷彿とさせながらも、ライナーノーツでは「新宿で叫んでる観光客を見て、東京をディズニーランドのように捉えているのかと思った――ここはファンタジーの世界で、人のことをキャラクターであるかのように見てる」と指摘されていたのが印象的でした。
リナ:この曲を書こうと思ったきっかけは、他国から日本へ旅行をする人たちに対して思うところがあったからだけど、それよりも、私は日本の文化を自分の作品やアートワークでなかなか使えないことに対するフラストレーションを露わにしたいと思ったんです。というのも、たとえば私が自分のアルバムジャケットに漢字を使ったとしても、それはとても「ベーシック」なものになってしまう。でも、日本人じゃないアーティストが、日本の文化を知らないのに、日本語の文字をカジュアルに使ってたりする。とても皮肉なのは、私がこの曲を書き上げた翌日に、白人のアーティストが「Tokyo Love Hotel」というまったく同じタイトルの曲をリリースしたんです。「まさに私がこの曲で言いたかったのはこういうことだよ!」って思いました。日本を好きになるのは全然いいんだけど、ちゃんと日本の「人」や「文化」を気にしてほしいし、知ってほしいと思うんですよね。ただ「アニメ」「原宿」とかだけではなくてね。それに、私自身の、「私はどこに属するのだろう?」「自分の文化とはなにを指すんだろう?」といった苛立ちもありました。
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―「日本=アニメ」みたいなイメージがあまりにも強く着きすぎている理由としては、日本のエンタメ業界が経済に走ってそれをプッシュした側面や、政府が「クールジャパン」と言ってそれを推したからなど、日本側が自ら作った要因もあるように思います。
リナ:そうですね。政府がイニシアティブを取った「クールジャパン」では、たとえば2016年のロンドンオリンピックでセレモニーをやったときもアニメやゲームをプレゼンテーションしていて、それらが政府としては押し出したいイメージなのだろうなと思ったし、実際にそれが今の日本の象徴になっていますよね。あと、「KAWAII」のカルチャーが流行ったときも、日本人の女性に投げかける言葉が「KAWAII~」しかなくなったような状況になっていたんです。
―KAWAIIとか、アニメとか、芸者とか、ある一部の文化だけを見て「日本の女性はこういう感じ」というイメージを抱かれるのもしんどいですよね。私がアメリカに住んでいたとき、「日本人の女性は今も毎日着物で過ごしているんでしょ?」って言われたこともありました。
リナ:欧米人が日本の女性に対して抱いているステレオタイプなイメージが、具体的にどういったところから生まれているのか、というのは実際私もすごく関心を持っていることなんですよね。正直、そういうイメージはもともと男性が勝手に生み出したものばかりだと思う。たとえば、私はゲームが大好きだけど、ゲームに出てくる女性像は、もう、大体本当に最悪。ゲームとか芸者とかから、日本の女性のイメージを強く持ってる人は多いと思うんですけど、「現実の女性に対する目線はどこいった?」って思いますよね。日本で毎日一生懸命働いてる女性とか、LGBT+の女性とか。ただステレオタイプで思考を止めるのではなく、日常を生きてる女性たちのことをちゃんと見てほしいなと思うんです。
家族とアイデンティティ、イギリスで育った日本人として
―今回リナがDazed BeautyのBen Dittoと共作したアルバムジャケットは、まさに日本人女性のステレオタイプからは大きく外れたものになっていますね。
リナ:今回のジャケットは、日本人であることを示しながらも、未来的なものを目指しました。「未来的」といっても、たとえば『マトリックス』みたいなものではなくてね。そういう表現はすでに他のアーティストたちがたくさんやってきているから。まったく新しいビジュアルで、人間的だけど、ちょっぴりエイリアンっぽい感じを作りたいと思いました。
―メイクアップも髪型も、とっても素敵です。
リナ:でしょ? 超クールだよね。メイクアップはAna Takahashi、ヘアーはYusuke Moriokaがやってくれました。どちらも素晴らしいアーティストで、UKで活動しています。ロンドンには、日本人のメイクアップアーティストやヘアーアーティストが多くて、成功してる人もたくさんいますよ。
―1st EPのタイトルは「Rina」で、今回のアルバムは「SAWAYAMA」ですが、日本の名前を背負いながらイギリスで生きてきたリナにとって、自分の名前というのはどういうものなのでしょう。
リナ:「Rina」は、欧米人としての私を表しているように思うんです。欧米人にとって「Sawayama」は発音しづらいけど、「Rina」は発音しやすいから。それに、今回のアルバムはファミリーについて書いたところが大きいから、自分の名字を使いたいと思ったんです。
―「Paradisin」では、リナがティーンネイジャーだったときのことを歌っていて、当時はお母さんとの関係が人生で一番最悪だったそうですね。お母さんがリナのMSN Messenger(当時のチャットツール)をハックして勝手にログインし、リナの友達にメッセージを送っていたことなどを、そのままリリックに綴っている。追いかける母親、逃げるリナの構図をゲームのようにたとえ、ゲーム音楽的なピコピコサウンドで当時の関係性を描いているのもすごく面白いです。
リナ:今思うと、私のことを守ろうとしてくれていたんだなってわかるんですけどね。私にバカなことをやってほしくないって思ってたんでしょうね、実際私がそんなこともしてたから(笑)。そこで人生を壊してほしくない、って。母は新潟で育ったので、私のロンドンでの生き方とは全然違ったんです。ティーンエイジャーの都会での過ごし方にびっくりしていた部分もあるんだと思います。
―今は、お母さんとの関係性はどうですか?
リナ:とってもいい関係性を築いてますよ。私もいろんなことを経験して大人になったから、いい関係を築けるようになりました。
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パンセクシュアルであること、自分自身を愛すること
―2年ほどの前のインタビュー記事では、リナがパンセクシュアルであることに対して、ご両親は完全に理解して受け入れてはいない、といったことをおっしゃっていましたよね。今はどうですか?
リナ:そのことについて父とはあまり話してないんですけど、母は確実に理解してくれていますね。母は、インテリアデザイナーという仕事柄、普段からクリエイティブ系のコミュニティにいて、周りにLGBT+の人たちもいるので、「LGBTってなに?」みたいな感じではなかったんです。ただ、「パンセクシュアル」についてはいろんな疑問があったみたい。なんにせよ、日本では家族と性について語ることってあまりしないから、もともと私のセクシュアリティについて話すことがほぼなかったんだと思います。少なくとも、私の経験としてはそうでした。でも、私がカミングアウトしてから、母はいろんなものを読んで自分で学んだみたいで、それはとても嬉しかったですね。
―あなたのお母さんは、とても美しい方のようですね。
リナ:うん、その通り。母のことはとてもリスペクトしています。
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―2018年9月にリリースした「Cherry」でパンセクシュアルであることをカミングアクトし、嘘や誤魔化しをせず自分を表現できるようになったことで、生きやすくなった部分もありますか?
リナ:うーん、曲をリリースする随分前からプライベートではカミングアウトしてたから、そこまで大きくは変わらなかったかな。ただ、あの曲を出したあとにもらったメッセージは、すごくスペシャルなものでした。あの曲を聴いたことで生きやすくなった人がいるんだ、って。誰かの心に触れることができたなら、あの曲を出したことは大きな成果だったと思えます。
―なぜ、アーティストとして世間にカミングアウトしようと決意できたのでしょう。
リナ:ストレートのソングライターが自分のストーリーを書いてラブソングを歌うのと同じように、私は私のストーリーを書いただけ。だから「Cherry」を書いて、カミングアウトしたのは、特別難しいことではなかったですよ。
―日本でもLGBT+に対する寛容性が広がり、カミングアウトするアーティストが増えれば、アートやポップミュージックはより豊かになるかもしれない。そんな可能性はあると思いますか。
リナ:アートにおける豊さとはなにかと言うと、正直さ、真正さ、多様性だと私は思っているんですね。だから、アーティストが自分に正直に、オープンになることは本当に大事だと思います。アーティストは自分のストーリーを伝える責任があるし、もし正直に語れてないのであれば、それは誠実ではないと思う。だから私は自分のストーリーを正直に書こうと思ったんです。日本もそういった表現が増えると、文化における多様性が生まれるかもしれないですよね。ただ私自身はとても幸運だと思っていて。というのも、道端とか公共交通機関で、通りすがりの人からゲイの見た目をイジられて暴行を受けた友達もたくさんいるんです。私はそういう危険にはさらされていないからこそ、自分のことを正直に表現できているんだ、ということもわかってます。
―アルバムには「Chosen Family」という曲もあります。「Chosen Family」とはなにか、リナの口から教えてもらえますか。
リナ:私が学んだなりに話すと、「Chosen Family」とは……クィアカルチャーの中で、家族にカミングアウトをすると家から追い出される人もいて。実際、私の友達にも、まだ若いときに家族にカミングアウトしてホームレスになった子がいます。「Family=家族」というのは支えであるという考え方もあるし、失うとタフな状況に陥ることもありますよね。だから「Chosen Family」は、そういった人たちをサポートし、無条件に愛を与え、その人が自分自身を素直に表現できる場を作るためのコミュニティです。私にも「Chosen Family」がいて、とても愛してるから、純粋に曲を贈りたいと思ったんです。それに、家庭に問題があっても大丈夫だよ、ってことをリスナーに伝えたかった。他にサポートしてくれるコミュニティやフレンドシップがきっと見つかるから、って。
―最後に、リナはなぜ自分のことを愛せるようになったのか? 自分を愛せてない人たちにはなにを伝えたいか? 教えてもらえますか。
リナ:まずは自分を知ること。そしていろんなことに対して心を開くこと。他者、本、メディア、なにからでも「学ぶ」という行為は、自分の視野を広げてくれます。あと、セラピーは私にとって大きかったし、このアルバムを作ったことも私にとってセラピーのようでもありました。というのも、自分の感情に言葉をつけること、感情を表現するのに適切な言葉を見つけることで、自分を理解できるところがあると思うから。なので、もしなにか自分の人生でしんどいことがあったら、まずはセラピーから始めることをおすすめします。だって、まずは自分のことを知らなきゃ、自分を愛すことはできないですからね。
あ、自分のためにブランド物とか高い車とかを買ってお金を浪費することは、「自分を愛する」とは違うから気をつけてね。それはただの資本主義者だから(笑)。「自分を愛せる人」というのは、部屋にひとりでいられる人のことを言うんだとも思う。退屈だからってすぐSNSを見たり、なにかの情報に邪魔されたりするのではなくてね。外出禁止の今はまさに、それが試されている時期でしょうね。
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『SAWAYAMA』
2020年4月17日配信リリース
※日本版CDパッケージ発売は延期
視聴リンク:https://avex.lnk.to/rina_SAWAYAMAWE
日本公式サイト:https://avex.jp/rinasawayama/