人気ゲーム「マインクラフト」の世界で実施された国際大学卒業式。大学の名前はクオレンティーン(Quaranteen)。
自宅待機(quarantine)を強いられた若者(teen)という意味の造語である。卒業式で卒業生たちはバーチャル角棒とガウンを着て、バーチャルジントニックを飲み、オンラインの世界で壇上に登った。しかし準備は実際の卒業式と同じぐらい大変だったという。

クオレンティーン大学卒業式企画チームの計算によると、2020年度卒業生の全員が壇上を横切るのに30秒かかるとすれば、式典は5時間かかる。5月22日、前例のない実験的な式典には500人以上の卒業生が参加する予定だった。エジプト・カイロ、ニュージーランド・オークランド、イングランド・オックスフォード、インド・ニューデリー、カナダ・オンタリオ、ニューヨーク・イサカ、そして私が卒業するオバーリン大学のあるオハイオ――クオレンティーン大学へ参加希望の声は世界各地から寄せられた。

看護や歯学から航空機械工学まで、卒業生にはあらゆる学位や専攻の卒業証書が授与される。多くの学生の卒業式が延期、あるいは中止されてしまったため、クオレンティーン大学は様々な工夫を凝らした。学生主催の企画にもかかわらず、クオレンティーン大学の卒業式の開催告知は私の大学の事前収録された40分間の式辞のものより詳細でわかりやすかった。3月にFacebookのミームページで告知を見て、私はすぐにマインクラフト内で登壇する申請を出した。322人目の卒業生だった。

マインクラフトは今世界で最も売れているゲーム。
2009年の発売開始から累計販売本数が2億本を超え、数千万人のプレイヤーが毎月ゲームの世界へ飛び込んでいる。バーチャル版レゴのようなゲームでプレイヤーは一人で、あるいは友達一緒に広大な世界で数百種類のブロックを積み上げ、複雑な形をした建造物などを造ることが出来る。

卒業式をマインクラフトで開催して話題になった日本の小学校を見て、ボストン大学の4年生ルディ・ラヴィーンドランとウォーレン・パートリッジは2020年度卒業生のためにゲーム内で卒業式を企画しようと思い立った。11歳の頃からマインクラフトで遊んでいる学生たちにとって、同ゲームは思春期や大学時代の大きな一部となっている。そして今回、彼らは社会性やデザインを学んだマインクラフトで大人への第一歩を踏み出す。

学生たちの力だけで作り上げた卒業式

しかしバーチャルな空間でもイベントの企画は容易ではない。式を1週間後に控えたクオレンティーン大学は様々な問題を抱えていた。全米各地から遠隔で作業していた企画者たちは式辞を述べる来賓を見つけられていなかった。MOD制作リーダーのテイラー・バーグはまだマインクラフトをバーチャル卒業式会場にするMODのコードの書き上げと動作確認が出来ていなかった。クオレンティーン大学のあるサーバーは今まで30人以上が同時に接続したことがなく、当日まで負荷テストをする方法がなかった。建物を建てていた人たちは、細部のデザインに悩まされていた。

「毎日作業が山積みでした」とラヴィーンドランはサーバーの建物の完成と卒業生名簿の整理に追われる中、準備期間の最終週に語ってくれた。
もう何日も外に出ていない。「あまり長期間できるものではありません」と彼は言う。パートリッジはゲーム内で学位を渡す515人の卒業生の名前を正しく読み上げ、録音するために何時間もかけていた。バーグは式の準備やプログラミングに約30時間費やしていた。「これを仕事としている人を本当に尊敬します」とラヴィーンドラン。

ボランティアたちは2カ月かけて式が行われる島を開拓した。ブロックの列を複製出来るMODを駆使し、壁や席を設置するために島を飛び回った。今、島はホグワーツとハーバードを合わせたような外観になっているが、ホワイト・キャッスル(ハンバーガーチェーン店)、記念撮影スポット、そして2人のバーテンダーがジントニックや炭酸水、ミネラルウォーターを出すバーも併設されている。式を目前に控えた数週間の間に建物が完成していく中、企画者たちは式辞を依頼する来賓を探し始めた。Microsoftに頼むべきか? オンライン学習サイト、Khan Academy? それともマインクラフト開発元のMojang? 企画者たちは数十件のメールを送ったが、全て返信がないか、都合がつかずに終わってしまった。結局、パートリッジが自らスピーチをすることになった。「出番が来た時、まるで自分のコミュニティーの仲間に話すような感覚で、とても自然でした」と彼は言う。


【画像】「マインクラフト版」卒業証書ほか(写真)

惜しみない努力の結晶

予算も大学からの支援もないクオレンティーン大学は卒業式を成功させるために、様々な工夫をしなければならなかった。クオレンティーン大学のサーバー管理者ジスヴァン・アリヤラトネはストレステストを行うのは難しいと考えていたものの、クラッシュしてスケジュールが押してしまう心配はしていなかった。アリヤラトネとバーグは最近マインクラフトで行われたBlock by Blockwestという音楽フェスで、サーバーの収容人数が足りなくなってしまう事態を招いた原因を研究したことで、式をスムーズに進行出来るよう調整した。最後の仕上げにアリヤラトネはマインクラフトに登場する鎧をビロードのガウンのようなデザインに変え、バーグはマインクラフトのアカウントを持っていない卒業生でもbotを使って壇上に上がれるようMODを開発した。彼らは必死になって式が始まる10分前までデバッグ作業を続けていた。

東部時間午前5時、クオレンティーン大学学位授与式が始まった。世界各国から集まった30人の卒業生が帽子を投げたのを見て、ラヴィーンドランはやっと安堵の息をつけた。「2カ月かけて準備して、問題なく進行出来ました」と彼は最後の数名が歩くのを見て言った。あとは大規模な第2部で主にアメリカの大学からの卒業生485人を見届けるだけだった。

午後2時、第2部が始まるや否やスケジュールに遅れが出た。「威風堂々」がループで流れる中、裏で企画者たちはパートリッジが卒業生たちと同じ4年生として大変だったことや、新型コロナウイルスに感染したことについて語った式辞の動画の書き出しを急いでいた。「.mov?いや.mp4だ!」。
従来の式と違い、クオレンティーン大学の卒業生や出席者たちはサーバーに10分ほど入り、数人が卒業するのを見届け、退出することが出来る――長時間居続ける人が減り、サーバーがアクセス過多で落ちる可能性も減る。それでも数名の卒業生が登壇すると固まることが数回あったが、企画者たちがすぐに対処した。

技術と人情が導いた成功

私が一番感動したのは技術的な問題への対応ではなく、サーバーにいた人たちの優しさだ。障害が発生しても企画者たちを急かしたり、文句を言ったりする人は誰もいなかった。代わりに彼らは互いの卒業を祝い、帽子を投げ、卒業アルバムのコメントを読み笑い合っていた。モンゴルへ留学したとき以来に再会したアーサイナス大学3年の友人、マーサ・カーベルから赤い花束をもらい、一緒に踊ってくれた。この状況下で出来る最高の卒業式がこれなら私は満足だ。

260人の卒業生が学位記を授与されると、オバーリン大学からの4人が一人ずつステージに向かう時が来た。自分の番が来ると、私は「/robes red(ガウン 赤)」と打ち込み、それを身に纏った。そして右クリックでジントニックを飲み干し、壇上で飛び回った。

MODで地図に私の名前と専攻を書き込んで作られた学位記はクオレンティーン大学のスクールカラーである、Zoomと同じ青の線で美しく彩られていた。オバーリン大学の卒業式を終えて数日が経った今でも手元にある学位記はマインクラフトでのものだけだ。
この独創性と、MODで書き換えられたマインクラフトの地図であるという事実は自分にとってとても重要で、実際の大学からもらう学位よりも嬉しかった。

パンデミックで失業者が続出し、環境問題も悪化し続ける中で社会に出るのは非常に不安だが、2020年度卒業生は大きな壁を共に乗り越えることが出来るとクオレンティーン大学が教えてくれた。何十人ものボランティアが旅立ちと祝福のために協力して島を開拓し、マインクラフトのプログラムも書き換えられるのなら、「現実の世界」では――それが何であるかはさておき――互いのためにさらに力を合わせられると自信を持って言える。地図に描かれた卒業証書には「これで航路を見つけよう。眼前に広がる未知の世界で互いを見失いはしない」という意味が込められているように思える。我々は突き進む。
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