他のどの世代と比較しても、Z世代はラジオへの関心が低い。がしかし、Appleは、古めかしいラジオという媒体をクールなものに生まれ変わらせようとと奮闘している。


Appleと聞いてラジオステーション「Beats 1」を即座に思い浮かべる人はあまりいないだろう。「Beats 1」という名前には、それがIT大手Appleの公式ブランドの一部とみなされるだけの価値がないような、まるで独立したもののような響きがある(それに「ビート」という言葉はいまではカントリー、インディーズ、ロックではなく、ポップスやヒップホップといったジャンルを想起させるため、「Beats 1」という名前そのものには以前から違和感があった)。

米カリフォルニア州クパチーノに本社を構えるAppleの幹部たちは、ラジオというサービスに新たな命を吹き込むことでこうした状況を変えようとしている。米現地時間8月18日、同社はラジオステーション「Beats 1」の名称を「Apple Music 1」に改称すると発表した。これにより、「Apple Music 1」はApple Musicのラジオとしてリニューアルされるサービスの一部となる。さらに同社は80年代とそれ以降のヒット曲を専門とする「Apple Music Hits」と「Apple Music Country」という2つの新しいラジオステーションのローンチも発表した。

18日の朝に行われたバーチャルブリーフィングの際、Apple Musicのトップを務めるオリバー・シュッサー氏には次のような単刀直入な質問が向けられた。Appleはなぜラジオ生放送にフォーカスするのか? シュッサー氏は、今後ラジオが重要な存在になると考えているのか? シンプルだが、じつに良い質問だ。とりわけAM/FMラジオにますます無関心になっているZ世代のことを考えると、尋ねずにはいられない。

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市場リサーチを行う米Edison Researchが発表した調査報告書「2020 Share of Ear」によると、米国のZ世代(13~24歳)がAM/FMラジオを聴く時間が50パーセント減少したのに対し、ミレニアル世代(25歳以上)にいたっては10パーセント増。その一方、Z世代が音楽ストリーミングに使った時間が58パーセント増加したのに対し、ミレニアル世代は12パーセント減となった。それなのに、現在そして未来の音楽業界のリーダーたちは、なぜ過去の媒体であるラジオに膨大な時間とエネルギーを注いでいるのだろう? Edison Researchのデータは地上波ラジオの弱点を浮き彫りにする一方、チャンスがあることも教えてくれる。
しかるべき方法でやれば、Appleのような現代を象徴する音楽企業はこのギャップを埋められるかもしれない。

ラジオ生放送というヒューマンな要素を最優先し、そこにアルゴリズムにもとづいたプレイリストやチャートをミックスすることで音楽プラットフォームとしてのラジオの存在感を強化できるとAppleは考えているようだ。たしかに、これは間違いではない。リサーチやコンサルティングを行う米Jacobs Media Strategiesが2017年に発表した調査報告書によると、音楽愛と無料という要素を除いて視聴者がAM/FMラジオを聴く最大の理由は、パーソナリティを通じて感じる「地元のDJとホスト、そして番組の力」と深く関わっていることが判明した。Instagram Liveによる配信やTikTokがファンとアーティストの距離感を一気に縮められるこの時代に、Appleは人々が好きなのはコンテンツだと気づいたのだ。

パンクバンド、ブリンク182のメンバーのマーク・ホッパスは、Apple Musicでローンチされる自身の新番組で「過去30年のあらゆるオルタナティブロック」をオンエアしたいと声明を発表した。「パンクロック、グランジ、エモ、スカ、全部だ。こういう音楽を聴くのは俺が反抗期だからじゃねぇって昔お袋さんとケンカしたことがある奴、これはまさにそういった奴らにうってつけの番組だ」。

ホッパス、ビリー・アイリッシュ、ザ・ウィークエンドといったアーティストにオリジナル番組を担当するチャンスを与えることで、いつの日か、彼らは私たちと通勤をともにしてくれる人気ラジオパーソナリティになるかもしれない(著名人による冠ラジオ番組は戦略としては目新しいものではないし、プログラムを支えるコアな番組というよりはおまけ的な要素とされることが多い)。18日のブリーフィングでAppleは、まだ知名度の低い新興アーティストの番組に力を入れることを明らかにした。このような戦略は斬新で、ラジオという媒体にクールな要素を添えるだろう。なぜなら、時代遅れのレッテルを貼られた地上波ラジオは、いままで発掘よりもすでに流行っているものをフィーチャーしてきたのだから。


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Appleは、グローバル化というコンセプトに執着している。かつてないほどグローバルになった音楽ストリーミング主導ビジネス向けのプレイリストを手がける際、これはまったく理にかなったことだ。グローバル化は、ラジオ主体のサービスラインナップへとAppleユーザーを導くうえでの助けにはならないかもしれないが、ラジオが徹底的に地元に特化し、家庭という場所に対するノスタルジックな考えを浸透させるにつれてラジオは盛り上がりを見せるかもしれない。こうしたことを踏まえると、これはAppleが思い描く新時代の始まりにすぎず、同社はラジオという亡霊をいますぐ放棄するはずはない。18日の声明でシュッサー氏はAppleが「ラジオに投資し続ける」と語り、ラジオへのコミットメントを明らかにした。記者会見の場でゼイン・ロウはシュッサー氏の発言に想いを重ね、音楽ファンの飽くことないニーズに応えるため、音楽業界のリーダーは可能な限りスピーディに行動しなければならないと強調した。
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