音楽学校教師で産業カウンセラーの手島将彦が、世界の音楽業界を中心にメンタルヘルスや世の中への捉え方を一考する連載「世界の方が狂っている ~アーティストを通して考える社会とメンタルヘルス~」。第36回は、身の周りの人々を"自殺"から救うために必要なことを、産業カウンセラーの視点から伝える。


昨今、悲劇的なニュースが絶えません。社会に変化が生じれば、間違いなく誰しもがメンタルに影響を受けます。これは、誰かの問題ではなく、みんなの問題でもあるのです。海外の音楽業界では、メンタルヘルスに対しての具体的な動きが活発になっています。LAUVはマイクロソフトとのコラボレーションでメンタルヘルスの非営利団体「ブルーボーイ基金」を設立しました。

BTSの所属するビッグ・ヒット・エンターテインメントは、早い段階からのメンタルヘルス・ケアが重要と感じ、BTSに関して、彼らが人気を得る前の新人の頃からメンバーのメンタルヘルス・ケアに気を使っていました。マック・デマルコ擁するカナダのインディ・レーベル「ロイヤル・マウンテン・レコード」は、所属ミュージシャン全員にメンタルヘルスにかかる費用を1500ドル(約15万円)まで支給するプランを発表しています。

デュア・リパは、「音楽は人を幸せにする力を持っているのに、ミュージシャンが対照的にメンタルヘルスの問題に苦しむのは皮肉だ」と、クリエイティブ業界でのメンタルヘルス・ケアの向上を訴えています。特に、女性のアーティストはソーシャル・メディアに対する大きな不安に苦しんでいること、芸術を仕事にしている女性たちの自殺する割合が一般的な割合よりも約70%も高いことを指摘し、音楽業界もそれに対応すべきだと主張しています。そして、彼女が所属するマネージメント会社のタップ・ミュージックは、メンタルヘルスの周知活動や自殺防止の支援を行なっている団体に10万ポンド(約1400万円)の寄付を計画していることを発表しました。

アメリカでは「ミュージケアーズ」、イギリスにはミュージシャン専門の24時間相談窓口「ミュージック・マインズ・マター」、オーストラリアでも音楽業界人を対象とした24時間無料電話相談窓口「ウェルビーイング・ヘルプライン」が開設されています。アヴィーチーはメンタルに問題を抱えて自殺してしまいましたが、死後彼の父親は、業界のメンタルヘルスの改善に取り組む財団「ティム・バークリング・ファウンデーション」を創設しました。
他にも、ビリー・アイリッシュら、いわゆる「Z世代」達からもメンタルヘルス の大切さに関する発信が多くなされています。日本の音楽・エンターテイメント業界もこうした動きに学ぶ時期にあるのではないでしょうか。

また、自殺については、よくある誤解があります。世界保健機関(WHO)編の「自殺対策を推進するために~映画製作者と舞台・映像関係者に知ってもらいたい基礎知識」の「自殺に関する迷信と事実」から引用します。

迷信:自殺を考えている人と自殺について語ることは望ましくない。自殺を助長するものと捉えられてしまう可能性がある。
事実:世間に広く存在する自殺への偏見により、自殺を考えている人は誰にそのことを話せばいいのか分からない場合が多い。隠し立てせずに自殺について語り合 うことは、自殺関連行動を助長するのではなく、その人に自殺以外の選択肢や 考え直す時間を与えることができる。その結果、自殺の防止につながる。

迷信:自殺について語る人が自ら命を絶つことはない。
事実:自殺について語る人は外に向けて助けや支援を求めているのかもしれない。自殺を考えている人のきわめて多くが不安、うつ、絶望を感じており、自殺 以外に選択肢がないと考えている可能性がある。


迷信:自殺を考えている人は死を決意している。
事実:自殺を考えている人は「生きたい」気持ちと「死にたい」気持ちの間で揺れ動いていることが多い。衝動的に毒物を服用してしまい、本当は生きたかったと思っても数日後に亡くなることもある。正しいタイミングで情緒的支援にアクセスできれば、自殺を防止できる。

迷信:自殺の多くは何の前兆もなしに突然起きる。
事実:自殺のほとんどの事例では、言葉か行動に周囲の人が気づくような兆候が示された。そのため、自殺の兆候とはどのようなものであるかを理解し、注意を払うことが大切である。もちろん兆候がなく自殺が起きる場合もあるが、だからこそ、自殺対策について一般の人々に理解してもらうために情報発信することが非常に重要なのである。

迷信:一度自殺を考えた人は、その後もずっと自殺したいと思い続ける。
事実:自殺リスクが高まるのは一時的であり、その時の状況に依存する場合が多い。自殺念慮が繰り返し起きることはあるかもしれないが、生涯継続するものではなく、過去に自殺念慮や自殺未遂があった人でも、その後の人生を長く生きることは可能である。

迷信:精神疾患のある人だけが自殺を考える。

事実:自殺関連行動は深い悲しみや不幸の表れだが、必ずしも精神疾患があることを示すものではない。精神疾患がある人の多くは自殺関連行動を起こさず、また自ら命を絶つ人すべてに精神疾患があるというわけでもない。

迷信:自殺関連行動は容易に説明することができる。
事実:人を自殺に追い込む要因は多様かつ複雑である場合が多く、単純化して伝えるべきではない。自殺関連行動を理解するには、保健、精神保健、ストレスを感じるような人生の出来事、社会的・文化的要因を考慮する必要がある。衝動性も大きな要因である。

迷信:自殺は困難な問題に対処するための適した手段である。
事実:自殺は問題対処の建設的または適切な手段でもなければ、深刻なうつ状態への対応や苦しい生活状況に対処する唯一の方法でもない。自殺念慮を抱きながらも苦しい生活状況に上手く対処できた人の体験談は、現在自殺関連行動を考えている可能性のある人に対して、実行できる他の選択肢を示すことにつながる。

また、自殺対策に関して「ゲートキーパー(Gatekeeper)」という言葉があります。これは「地域や職場、教育、その他様々な分野において、身近な人の自殺のサインに気づき、その人の話を受け止め、必要に応じて専門相談機関につなぐなどの役割が期待される人」のことで、キーワードは「気づき、受け止め、つなぐ」です。東京都福祉保健局のホームページでは、以下のような自殺のサインについて紹介しています。


・感情が不安定になる。突然、涙ぐんだり、落ち着かなくなり、不機嫌で、怒りやイライラを爆発させる。
・これまでの抑うつ的な態度とはうって変わって、不自然なほど明るく振る舞う。
・性格が急に変わったように見える。
・投げやりな態度が目立つ。
・身なりに構わなくなる。
・仕事の業績が急に落ちる。職場を休みがちになる。

これらのサインに気がついたら、その人に声をかけてください。やっとの思いで相談しようと決意した方もいますので「死にたい」と打ち明けられたときに、話をそらしたり、批判的な態度をとったり、常識を押しつけたり、すぐ何らかの助言を与えようとしたり、安易に励ましたりしてはなりません。まずは、ひたすら誠実に相手の言葉に耳を傾け、感情を理解するように務めることが大切です。もし相手が沈黙してしまったら、無理に話をせず、じっくりと待ちます。
そして相談機関や医療機関の力も借りましょう。

そして、個人が誰かに助けを求めるということはとても大切なことであると同時に、「助けて」と言えない理由が存在する場合があります。それを乗り越えるためには「助けて」と言えるような、できれば「助けて」と言わなくても自然と助けてもらっているような社会や環境であるべきです。

また、男女それぞれの「生きづらさ」もあります。2018年CDC米国立衛生統計センター(NCHS)は、成人女性の10人に1人がうつ病であり、有病率は男性の2倍であるとしています。女性の場合は妊娠・出産・更年期などで心身に影響を受けやすいということもありますが、女性が置かれている状況にも問題があります。日本のジェンダーギャップ指数(世界男女格差指数)は、世界で153カ国中121位(2020年)です。そうした社会構造下では女性は様々なストレスにさらされています。

一方で自殺死亡率ということになると男性の方が高く、その比率は概ね2:1~3:1になります。男性の方がうつ病等の症状が重篤にならないと精神科を受診しない傾向にあることもその一因ですが、それには「弱音を吐いてはいけない」などに代表されるような、社会から受ける「男らしさ」というプレッシャーが背景にあります。

いずれにせよ、「社会のあり方」が影響して、過度なストレスが生じているとも言えます。本来、人はそれぞれ存在することに何らかクリアしなければならない条件などありません。
そのままの自分で存在していて大丈夫なのです。私たちは、もう少し違う社会のあり方というものを考えてみる時期に来ているように思います。

【参照】
自殺対策を推進するために映画制作者と舞台・映像関係者に知ってもらいたい基礎知識(厚生労働省)
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/jisatsu/who_tebiki_film.html

ゲートキーパーについて
東京都福祉保健局
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/iryo/tokyokaigi/gatekeeper.html

<書籍情報>
周囲の人を救うために今できることは? 世界規模で増えるメンタルヘルスへのアクション


手島将彦
『なぜアーティストは壊れやすいのか? 音楽業界から学ぶカウンセリング入門』

発売元:SW
発売日:2019年9月20日(金)
224ページ ソフトカバー並製
本体定価:1500円(税抜)
https://www.amazon.co.jp/dp/4909877029

本田秀夫(精神科医)コメント
個性的であることが評価される一方で、産業として成立することも求められるアーティストたち。すぐれた作品を出す一方で、私生活ではさまざまな苦悩を経験する人も多い。この本は、個性を生かしながら生活上の問題の解決をはかるためのカウンセリングについて書かれている。アーティスト/音楽学校教師/産業カウンセラーの顔をもつ手島将彦氏による、説得力のある論考である。

手島将彦
ミュージシャンとしてデビュー後、音楽系専門学校で新人開発を担当。2000年代には年間100本以上のライブを観て、自らマンスリー・ライヴ・イベントを主催し、数々のアーティストを育成・輩出する。また、2016年には『なぜアーティストは生きづらいのか~個性的すぎる才能の活かし方』(リットーミュージック)を精神科医の本田秀夫氏と共著で出版。Amazonの音楽一般分野で1位を獲得するなど、大きな反響を得る。保育士資格保持者であり、産業カウンセラーでもある。

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https://teshimamasahiko.com/
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