30年以上にわたって全国ラジオで活動してきたリンボーは、無礼な考えをまき散らし、しばしばフェミニストを「フェミナチ」と呼んだ。エイズを「ロック・ハドソン病」と言い続け、NFLを「武器を持たないギャングの抗争のようだ」と表現したこともあった。がんの診断を受けた後、同氏はトランプ前大統領から「祖国へのたゆまぬ献身」を認められ、2020年の一般教書で大統領自由勲章を受勲した。
1950年代にミズーリ州で生まれ育ったリンボーは、16歳の時にラスティ・シャープ名義で初のラジオ番組を担当。1980年代初期からは本名で出演するようになり、カリフォルニア州サクラメントのラジオ局で世間を騒がせて人気を博し、彼のトレードマークとなる辛辣な語り口に磨きをかけた。レーガン時代に公平性の原則――公共放送は、物議を呼ぶ話題に関して公平な意見を伝えなければならないとする政府の方針――が撤回されたことで、リンボーはここぞとばかりに右派リスナーを開拓し、彼らに格好の材料を提供して孤立化化を促した。こうしたリスナーは無条件でリンボーの思想に心酔したことから、「鵜呑み野郎(dittohead)」と呼ばれた。リンボー本人は、自らの思想やコミュニケーションスタイルを確立できたのは右派新聞ナショナル・レビュー紙の創業者ウィリアム・F・バックレー氏のおかげだと語っている。「私の信念を形成し、簡潔かつ分かりやすい言葉で表現する術を学べたのは、ひとえに彼のおかげです」
1988年にリンボーはニューヨークシティへ拠点を移し、のちに彼のホームグラウンドとなるWABCで活動を始め、自らのラジオ帝国を築き上げていった。彼は根っからのラジオ人間だったが、テレビ界にも進出。1992年から1996年にはFOXニュースのパイオニア、ロジャー・エールスと組んで番組を受け持ったこともあり、当時10代そこそこだったチェルシー・クリントンを「ホワイトハウスの犬」と呼んだ。
全盛期の『ラッシュ・リンボー・ショウ』は全米600以上の系列局でオンエアされ、毎週2500万人のリスナーを獲得
女性やマイノリティに対する不快な物言いにもかかわらず、リンボーはESPNのアメフト解説者に抜擢された。これは大きな過ちだった。リンボーは「黒人クォーターバックがいい仕事をすることをメディアはずっと望んでいただろうに」と発言して、イーグルスのスタメン・クォーターバックだったドノヴァン・マクナブ選手を酷評し、番組開始からわずか数週間でクビになった。
ラジオ界でのリンボーの活躍は目覚ましかった。全盛期の『ラッシュ・リンボー・ショウ』は全米600以上の系列局でオンエアされ、毎週2500万人のリスナーを獲得。また彼は4億ドルで8年契約を結び、「世界一の稼ぎ頭のラジオ出演者」という称号をハワード・スターンと分ける形となった。
後年は彼の思考も陰謀論へ傾き、とんでもない嘘ばかり広めていた。2006年には、俳優のマイケル・J・フォックスが幹細胞研究の推進のためにパーキンソン病の症状を誇張している、という嘘の批判を展開した。2007年には、イラク戦争に否定的な退役軍人を「いんちき兵」呼ばわりした。2010年には、メキシコ湾原油流出事故は環境保護活動家が引き起こしたのではないか、と主張した。
「それが民主党のやり方だ」と彼は主張した後、別の陰謀論を展開した。「クリントンも同じだ。オクラホマシティ爆破事件のおかげで、起死回生した。民主党は危機を察知しては、それを利用する方法を探し、その一方で世間には問題解決に奔走していると思わせている」 昨年2月に大統領自由勲章を受勲した直後には、「諸君、コロナウイルスは普通の風邪だ」という危険な主張を展開――トランプ大統領を攻撃するために「兵器化された」ウイルスだとほのめかした。
リンボーは数々の病に悩まされていた。2000年初期にはほぼ完全に聴覚を失ったが、蝸牛刺激装置を移植して聴覚を取り戻すことに成功。またオピオイド中毒にも悩まされていた。2006年には「ドクターショッピング」――複数の医者を転々としてオキシコンティンを過剰に入手した容疑――で刑事起訴されたが、18カ月の裁判所観察措置で司法取引に応じた。2020年1月に肺がんと診断され、10月には末期状態であると公表した。
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from Rolling Stone US